ダンジョンについての授業
朝の光がPOTENハウスの窓辺に差し込み、小鳥たちのさえずりが穏やかに響いていた。
ハルは目を覚まし、目をこすりながら、布団の中で小さく伸びをする。柔らかな毛布の中、胸元には昨夜もらったばかりの小刀が、ひんやりとした存在感を放っていた。
ハルはそっとそれをポーチに収め、制服に袖を通す。
「いってきまーす!」
朝のPOTENハウスはまだ静かだったが、いつものように、バルドが朝食を用意してくれ、少し昨日の話をした後、ぽてに小さく「(いってらっしゃーい)」と手を振られながら、POTENハウスを後にした。
***
町の通学路を歩いていると、すぐに元気な声が後ろから聞こえてきた。
「おーい、ハルー!おはよ!」
振り返ると、いつものようにリュカが笑顔で駆け寄ってくる。肩にかけた剣の訓練用ケースが、カラカラと音を立てていた。
「おはよう、リュカ!昨日の護衛付き依頼、どうだった?」
「いやー、マジで楽しかったぞ!ダンジョンの空気、ちょっとだけだけど味わえたし!護衛のおっちゃんに『いい動きしてた』って言われたんだぜ!」
「すごいじゃん。……僕もね、ガウスさんにちゃんと納品できて、褒めてもらえたんだ」
「マジか!それもすげえな!拾い物から、ちゃんとした依頼ってなると、やっぱ違うな〜!」
二人で小さく笑いながら、坂を登っていく。その足取りは、少しだけ誇らしげだった。
そんなたわいのない雑談をしていると、学院のチャイムが鳴った。
そのチャイムを合図に、自分の席に着いたハルは、少し背筋を伸ばして黒板を見つめた。
教室に入ってきた先生が、カツカツと靴音を鳴らし歩きながら話し始める。
「さて。今日は、迷宮という場所について、基本から教える。君たちの中にも、もうすでに興味を持っている者もいるだろう?」
リュカがハルの方を振り返り、ニヤリと笑う。
ハルも、こくんと頷いた。
(……うん。行ってみたい。いつか、ちゃんと、自分の力で)
教壇に立った教師が、黒板に大きくこう書く。
『ダンジョン基礎講座:迷宮の仕組みと役割』
「まず最初に覚えてほしいのは、ダンジョンはただの冒険の場ではないということだ。素材の供給源であり、国やギルドにとっても大切な“資源”の一つなんだ」
先生の声が教室に響くと、チョークが黒板の上を走り始めた。
———
【ダンジョン基礎講義】
・成り立ち:自然発生。発生の理由や法則は未解明で、同じ場所に再出現することはほとんどない。
・種類:階層型、森林型、都市型、異空間型、水系、鉱山型、炎熱地帯型など、多種多様。内部構造や属性傾向も異なるため、入るまで正確な判別は難しい。
・危険度ランク:ダンジョンにもランクがあり、冒険者ランクによって入場制限が設けられている。
※一部はモンスターが出現しない“観光型”として利用されている。
・特殊構造例:
- 時間の流れが異なる型
- 回復や魔力再生が著しく低下する型
- 一度入ると外部との接触が遮断される封鎖型
- クリア後に崩壊・構造が変化する変容型 など
・ドロップ/採取可能な素材:
- 様々な種類の鉱石
- 魔道具に使われる魔力源やエネルギー魔石
- ダンジョン特有の植物や魔物素材
- 一部では、古代文明の遺物や装備、設計書のような“アイテム”も出現することがある
・管理と報告義務:
- 発見者は冒険者ギルドへ報告する義務があり、報告されたダンジョンはギルドまたは王国によって管理される。
- 素材やアイテムのドロップ品は原則として発見者の所有物である。また、未報告のダンジョンを独占している例もあり、公式記録とのズレは存在する。
———
先生は教壇の前に立ち、黒板に「《特筆されるダンジョン》」と記しながら、ゆったりと語り始めた。
「さて。ここまでが、ダンジョンに関する基礎的な知識だ。これから紹介するのは、現在確認されている中でも特に特徴的なダンジョンだよ」
先生はチョークを走らせながら、まず一つ目の名前を書いた。
「《深層遺跡グラバリエ》。……この名を聞いたことのある者もいるだろう」
教室が少しざわつく。先生はそれをやさしく制して、話を続けた。
「このダンジョンは、現在確認されているだけでも200階層以上の構造を持つとされている、超巨大な迷宮だ。階層が深くなるにつれて、環境の過酷さも増し、同時に得られる素材や魔道具の希少性も跳ね上がる」
「国家規模の探索が行われているが、未だ全容は掴めていない。いわば“未知”そのもの。深層に挑んだ者の多くは消息を絶っており、それでもなお、多くの冒険者が夢を追って挑戦を続けている——そんな場所だ」
黒板に並んだ二つ目の文字が現れる。
「そしてこちらが《夜明けの繭》。これは“観光型”と呼ばれる特殊なダンジョンだ」
教室の一角から「観光地……!?」と驚きの声が漏れる。先生はにこやかにうなずいた。
「ああ、確かに観光地だ。モンスターの出現が極端に少なく、内部には人々が暮らす“恒久的な街”まで存在している。階層によって景観が大きく異なり——」
先生は指を折りながら語る。
「星空が広がる層。幻想的な温泉の層。まるで水中都市のような海の層……それぞれがまるでひとつの世界のように成り立っていて、学術研究や療養にも使われているんだ」
「ちなみに、実際に《夜明けの繭》に行ったことのある学者は、『あそこに足を踏み入れた瞬間、現実を忘れそうになった』と語っていたそうだ」
そして先生は、黒板に「その他:一般型ダンジョン」と一言だけ添えてから、クルリと生徒たちの方を向いた。
「もちろん、こうした特異なダンジョンだけではない。もっと身近な小規模ダンジョンも、王国各地に多数存在している。素材採取や訓練目的のダンジョンも含めて、君たちが最初に関わることになるのは、きっとそういった“普通の”ダンジョンだろう」
そこで、先生は少しだけ声のトーンを落とした。
「……だが、“普通”の中にも危険は潜んでいる。油断せず、必ず下調べと準備を怠らないこと。それがダンジョンを生き抜く基本だ」
先生の言葉が終わると同時に、教室のあちこちでざわめきが起きた。
「200階層って……住めるくらい大きいってこと!?」
「星空の階層、行ってみたーい!綺麗だろうなー!」
「水の中の層って、どうやって呼吸してるんだろ?」
皆それぞれに興味津々の様子で話し合っている。ハルの隣では、リュカが目を輝かせていた。
「なあハル!《グラバリエ》だってよ!俺、いつか行ってみたいなあ!200階層の奥で、伝説の剣とか見つけるんだ!」
「……リュカはきっと、いつか行く気がするよ!……その時は、僕もついて行くからね!」
あまりの興奮ぶりに苦笑しながらも、ハルはその想像に心が躍るのを感じていた。
——リュカは、前の人生でも本当に《グラバリエ》に挑戦していた。たしか、十五の頃にはもうA級冒険者になっていて……すごく強かったな……
「一緒に行こうぜ!」と何度も誘ってくれた。でも、あの頃の僕の風魔法じゃ、足を引っ張るだけだと思ってて、とても隣には立てる気がしなかった。
それでも、いつもリュカは、僕を気にかけてくれた。お金に困ってる僕を、よくダンジョンの採取依頼に誘ってくれて……ほんとお人好しで、いいやつなんだよね。
リュカが《グラバリエ》で消息を絶ったと聞いてしばらくして、僕は前の人生を終えた。
だからこそ——今度こそ。リュカが《グラバリエ》に行くときは絶対に一緒に行って、ちゃんと隣で戦ってきっちり帰ってきてやる!
そう強く、静かに、心の奥で誓う。
そんなことを考えつつ、黒板に書かれた内容をノートに写しながら、ハルはふと、ある一文に目を留めた。
——【特殊構造例:時間の流れが異なる型】——
(へぇ……そんなダンジョンもあるんだ……)
何気なく読み流しながらも、その言葉が胸のどこかにひっかかるような感覚が残る。
けれど、すぐにリュカの「星空の階層って、ロマンがあるよな!」という言葉に引き戻されて、ハルはくすっと笑った。
(……うん、今は授業に集中しないと)
そう心の中で切り替えて、ハルはまたノートに視線を戻した。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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