親子の作戦会議
——トントン、トン。
扉越しに響く、軽やかで力強いノックの音。
「ハルー? 昼飯持ってきたぞー」
その声に、ハルの瞼が静かに揺れる。
聞き慣れた、どこまでも心地よい、父の声だった。
「……父さん……」
寝ぼけまなこのまま、ゆっくりとベッドから身を起こし、扉の鍵を外す。
ギィ、と開け放った先に立っていたカイルは、大きな包みを片手に、いつものように気楽な笑みを浮かべていた。
「お、起きたか。飯、冷める前に食おうぜ」
そう言って、テーブルの上に手早く包みを広げていく。
湯気の立つパンとスープ、焼き野菜、そして煮込み料理。どれもハルのよく知る味だった。
「ミナがな。知り合いが来てるって言ったら、張り切って作ってくれた。……久々の“母さんの味”だな」
ハルはその言葉に、思わず一度だけまばたきをして、それから席に着いた。
(……母さんのごはんだ……)
スプーンを手に取る。一口食べるたび、舌に広がる味が、記憶の中とまったく同じで、胸の奥がじんと温かくなった。
「……おいしい……」
小さくつぶやくハルを見て、カイルは満足そうに腕を組む。
「そうか、それはよかった」
少しのあいだ、二人は黙って食事を続けた。あたたかい湯気と、ふわりと漂うパンの香り。どれもが、遠くなっていたはずの日常だった。
ふと、カイルがスプーンを止めて、ぽつりと口を開いた。
「なあ、ハル」
「ん?」
「……父さんもさ。あとから色々思い返してみて、ちょっと思ったんだ」
カイルの横顔が、いつになく真剣なものに変わる。
「もしかして——三年前、父さんが“誰かを助けに行く”って言って出ていったのは、
お前と一緒に、“ロザたちの救出”に、俺が行ったってことなんじゃないかと思ってな」
その言葉に、ハルの目がぱっと見開かれた。
「……僕も! 僕もそう思ったんだ!」
前のめりになるようにして、ハルは声を上げた。その表情には、ようやく自分の想像と現実が結びついた安堵がにじんでいた。
カイルは少しだけうなずき、視線を落とす。腕を組み、しばし黙考したあと、ぽつりと呟く。
「どう考えても、よっぽどのことがない限り、俺が……ハルや母さんを置いて、三年も帰らないなんて、考えられないんだよな」
それは、どこか自嘲にも似た響きを含んでいた。だがその奥には、家族を想う誠実な心が透けていた。
「だから、よっぽどの事が起きたってことだ。……たとえば、ハルやロザたちを助けるために、俺は向かったってんなら……それなら、納得がいく」
静かに言いながら、カイルはまっすぐハルを見た。
「……ということは、だ。ハルにとって“過去の俺”は、なんらかの方法を見つけて、ちゃんと助けに行ったってことだよな」
そこには、“未来から来た息子”の言葉を信じた男の、まっすぐな覚悟があった。
「だったら——“今の俺”も、頑張らないとな。……負けてられない」
その声に、ハルは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。けれど、感情に浸っている時間は、もうあまり残されていない。
カイルはふっと表情を引き締め、低く、落ち着いた声で言った。
「まずは……お前がどうやって“未来から”来れたのか、そこを突き止めないとな」
その一言に、ハルも真剣な顔でうなずくと、背筋を伸ばした。
「帰ってきたとき……あの時は、ガウスさんの精錬工房の前だった。あそこに“帰還ポイント”が設定されてたから、そこに戻れたんだと思う」
カイルは腕を組みながら、静かにうなずく。真剣なまなざしが、ハルの顔をまっすぐに捉えていた。
「けど……三年前に戻ってこれた理由は、それだけじゃないと思う。きっと——」
そう言いながら、ハルは自分の腰に手を伸ばし、ポシェットをそっと撫でた。
「——このポシェットのおかげ、だと思うんだ」
懐かしくも不思議なあの声。死にかけたあの瞬間、転移の光とともに届いた“約束”の声。
そのことを思い出すたび、ポシェットから、かすかにあたたかな気配が伝わってくるような気がした。
「……ポシェット?」
カイルが眉をひそめ、興味深そうに問いかける。
「そうだよ! 父さんが作ってくれた、あのポシェット。これのおかげで……たぶん、ここに来られたんだと思う」
ハルはそう言って、膝の上に置いていた小さなポシェットをそっと撫でる。
カイルは目を細めながら、記憶を探るように顎を指でなぞった。
「俺が作ったポシェット……? ああ、そういえば最近、お前にと思って、母さんと一緒に作ってたな。ちょっと丈夫なやつにしようって。
でも、そんな“時を越える”みたいな機能は……入れてないはずなんだが」
「ううん、違うよ。これはね、創術屋さんで修繕してもらったから、ちょっと昔のとは形も違うんだけど……でも、初めから“守り石”が入ってたんだよ。父さんが描いてくれた魔法陣も刻まれてたよ」
そう言って、ハルはポシェットの中から守り石を出そうとした。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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