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アザルの弱点

 ——その声には怒りはなかった。だからこそ、凍えるほどに冷たかった。


 (……こわい)


 心臓の鼓動が、さっきまでよりも早く、そして小さく脈打っていた。ハルは口の中に残る鉄の味を噛みしめながら、わずかに震える唇で、かろうじて言葉を吐き出した。


 「……バリア」


 その声は、聞き取れるかどうかというほど弱々しかった。


 次の瞬間、ツムギの作ってくれたお守りが、淡い光をまとって砕け散る。

 きらめく破片が舞い、光の膜が彼の身体を包み込んだ。けれどそれは、か細く、いつ消えてもおかしくないほどに不安定な光だった。


 「飲めよ」


 リュカがそう言って、素早く小瓶を取り出す。魔力ポーションの栓を抜き、黙ってハルの口元へそっと運ぶ。


 「……ごめ、ん……」


 「黙ってろ。今は、飲むことだけ考えろ」


 声は淡々としていたが、その手つきには確かな優しさがあった。


 その様子を後方から見つめていたサイルが、一歩静かに前に出る。

 眼鏡越しの視線でハルをじっと見つめ、膝をつくと、掌に魔力を集めて彼の脈と魔力の流れを慎重に探る。


 「……やはり、身体には直接的な損傷は見当たりませんね。ただ、魔力がほとんど残っていない。精神的な消耗も著しいです。今ここで気を失わなかったのは……正直、驚くべきことです」


 最後の言葉だけが、ほんの僅かに柔らかかった。


「このまま動かず、まずは呼吸を整えてください。バリアが切れたら、すぐに張り直す。それで、残りの時間はしのげるはずですから」


 サイルの声は静かで、芯のある確信に満ちていた。


 その言葉に一度はうなずいたハルだったが、次の瞬間、ぐっと力を込めて上体を起こした。額には汗が滲み、視線はまだ揺れていたが、その瞳には、確かな決意が宿っていた。


 「……アザルの、弱点が……わかりました」


 その言葉に、リュカがはっと顔を上げ、ロザが小さく目を細める。


 「“記憶”です」


 言い切るようにして続けたハルの声は、弱くも澄んでいた。


 「魔力でも、物理でも、何も通じませんでした。でも……記憶。たぶん、アザルは記憶を“糧”にしてる。さっき、無意識に意識が記憶に向いた瞬間、何かが起きました。あの時だけ、手応えがあったんです」


 アオミネが腕を組み、低く唸った。「……つまり、アザルを倒すには、その記憶を何らかの形で抜き取るしかないってことか」


 ハルはうなずいた。「はい。記憶を……きっと、それが唯一の方法なんです」


 クロがぽん、と膝を打つように跳ねた。「なるほどでござるな。敵の核が記憶とは、なかなか拙者たちにとって相性の悪い相手……だが、道は見えた!」


 その場に、一瞬、静けさが戻った。


 ——だが、それはほんの束の間のこと。


 戦うべき“本質”が見えた今、次の一手が問われている。

 その場の空気が、ふたたび研ぎ澄まされていく気配があった。


  ハルは小さく息を吸い、震える声を押し殺すように、口を開いた。


 「……アザルの記憶を吸い出せることは、分かりました。でも……僕ひとりじゃ、吸い出しきれませんでした」


 唇をかみしめるようにして、言葉が続く。


 「それに……記憶って、“壊す”ってどうなるんでしょうか。切れるのか、焼き切れるのか、ひびが入るのか、砕けるのか……その辺りは確認できなくて……ごめんなさい、ちゃんと最後まで見極められなかったんです」


 俯いたハルの拳が、膝の上で小さく震えていた。けれど、目は伏せていても、どこかにまだあきらめていない光があった。


 「……でも、もし……もう一人、風使いがいたら……もしかしたら、吸い切れるかもしれないって、そう思って」


 その言葉に、静かな沈黙が落ちる。


 リュカが目を細めて、隣に立つハルをちらりと見た。

 アオミネは腕を組んだまま、低く「ふぅん……」と息を漏らすようにして、その言葉を反芻していた。


 「風、か……」


 ロザが小さく呟いた。

 サイルは黙って眼鏡を押し上げ、ハルの言葉の意味を思考の中に落とし込んでいた。


 クロは、ハルの肩に静かに寄り添ったまま、じっと様子を見守っていた。


  そのまま一拍。


 「……カイルさんが、いれば」

 ぽつりと、サイルが呟いた。


 「カイル殿……」

 クロも低く、まるで遠い記憶に触れるように呟く。


 「カイル、か……」

 アオミネの声には、少しだけ苦笑の響きが混じっていた。


 「……カイルさんね」

 ロザも小さく頷くようにして、その名を口にした。


 誰が言い出したわけでもない。けれど、まるで自然にそうなるかのように、四人の視線がふっと交差し、お互いに顔を見合わせる。


 そして、同時に肩をすくめて、全員が同じように、力の抜けた苦笑を漏らした。


 「……だよなあ」


 なんの合図もない、だけど確かに“わかってる”者同士の、静かな共感の輪がそこにあった。


 ぽかんとその様子を眺めていたハルとリュカは、口を開けたまま言葉を失っている。


 ロザが、ふっと表情を緩めた。


 「あなたのお父さんの風魔法……ハルの魔法と、そっくりなのよ。使い方も、流し方も、優しさの質まで」


 ハルが「えっ」と驚いた顔で見返す。


 「それにね、カイルは何か不測の事態があっても、いつも笑って、どうにかしてくれてたの。みんなが不安で足が止まりそうな時ほど、軽い調子で“任せとけ”ってね」


 ロザは少し遠くを見るようにして続ける。


 「だから……あなたたち二人なら、やれたかもって、つい思っちゃったのよ」


 その言葉には、切なさと、ほんの少しの希望が混じっていた。

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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