ガウスからの贈り物
湿地帯から町へ戻ると、空は少しずつ夕焼け色に染まり始めていた。
ハルは迷わず足を向ける。目指すは、町の外れにある頑丈な建物。鉄と木の匂いが漂う、あの場所——精錬屋。
「こんにちは!」
入り口の扉を開けると、奥から低いうなり声と、金属を打つ音が返ってきた。
「……ん? ……おお、誰かと思えば……久しぶりだな」
奥の炉の前から現れたのは、がっしりとした体格の中年の男——ガウスだった。革の手袋を外しながら、わずかに目を細めて、ハルを見下ろす。
「……おまえ、今日も拾い物か? 売る素材があるなら、そこに広げて見ろ。見てやるぞ」
いつもハルが素材を持ち込む時に使う、あの査定テーブル。
ガウスは無言のままそこを片付けながら、いつもの調子で話し始めた。
「えっと……依頼の納品に来ました!」
そう言って、ハルはポシェットから丁寧に包んだ青磁茸を取り出して差し出す。
ガウスの目が、ほんの一瞬だけ見開かれた。
「……これ、おまえが?」
「はい!素材採取の依頼を見て、依頼主の名前がガウスさんだったので、思わず受けちゃいました」
ガウスは黙ったまま、青磁茸をひとつずつ手に取り、湿度や弾力を確かめていく。大きな手で慎重に、まるで宝石でも扱うように。
「…悪くねぇ。つーか、上等だな。どこで仕入れた?」
「……あ、あの、採取です。ちゃんと湿気を保つ苔と布で包んで、傷まないようにして……」
ガウスの視線がふと、ハルの格好へと移った。冒険者の訓練装備。簡易の防具に、軽装のマント。見慣れたハルの服装とはまるで違う。
「……そうか。おまえ、本当に冒険者になったんだな」
しみじみとした声だった。驚きと、どこか誇らしげな響きを含んだその声に、ハルは少し背筋を伸ばした。
「へぇ……やるじゃねぇか、小僧」
ぽん、とガウスはハルの頭に手を置いた。
「拾いもんしかできなかったガキが、今じゃ依頼こなして納品かよ……ったく、成長したな」
少し照れながらも、ハルは誇らしげに笑った。
「ありがとうございます!」
「……そういや、おまえの父親のカイルも素材を扱うときだけは、やたら丁寧だったな。おまえ、似てきたよ」
その言葉に、ハルの胸の奥がじんと温かくなる。
「……ふん、調子に乗るなよ。だが……今日は、褒めてやる」
ガウスの口元が、わずかに緩んだように見えた。
「で、危ねぇことしてねぇよな?湿地帯は場所によっちゃ魔物が出る時もある。
おまえみたいなちっこいのが無茶してたって知れたらよ……いつかカイルが帰ってきた時、俺がどやされるんだぞ」
「だ、大丈夫です!ちゃんと安全区域で、最小限の戦闘だけで済ませました!」
ハルが慌てて答えると、ガウスはふんと鼻を鳴らしながら依頼書を手に取る。
「まあいい。ちゃんと納品された分、確認した。品質も申し分ねぇ。……追加報酬、つけておいてやるよ」
ガウスは重厚なペンを取り出し、依頼書の受取欄に力強くサインを書く。
「これで正式に納品完了だ。もう冒険者だな、小僧」
「はいっ!ありがとうございます!」
ハルは、胸を張って深々と頭を下げた。
サインを受け取ったあと、ハルは、ポシェットをそっと開いた。
「……あの、依頼の分とは別に、ちょっと多めに採れた分なんですけど、もしよかったら……ガウスさんのところで使ってください。お土産、というか……その……いつもお世話になってるので」
おずおずと、小さな包みを差し出した。
ガウスは一瞬だけ目を細めて、それから鼻を鳴らす。
「……ふん。誰がそんな気の利いたこと教えた」
ぶつぶつ言いながらも、受け取った包みをそっと手元に置く。
その仕草は、どこか丁寧で、大事なものに触れる時のようだった。
「……そうだ、おまえに渡すもんがある」
そう言ってガウスは、作業台の奥に置いてあった木箱を無造作に取り上げ、ハルの前に置いた。
中に入っていたのは、銀と黒の混ざったような鈍い光沢を放つ小刀だった。刃渡りは掌より少し長いくらいで、柄にはしっかりとした革が巻かれ、所々に精緻な彫り込みがある。
「……これ、ガウスさんが?」
ハルが目を見開いて問いかけると、ガウスはそっぽを向いたまま、ぽつりとつぶやく。
「おまえが“冒険者になる”なんて言い出した時からな。……いつか必要になると思って、個人的に打っといた」
「っ……」
「刃は“繊細な魔力加工”に向けてある。素材に余計な魔力を通さねぇようにな。——で、柄の中には、帰還石の欠片を埋め込んである。一度きりだが、どうしようもなくなったら、そいつが命を守る」
ガウスの目はハルを見ない。だが、その手は確かに、ほんの少しだけ震えていた。
「……無茶だけはすんな。素材がいくら欲しいもんでも、おまえが潰れたら意味ねぇんだからな」
ハルは目を見開いたまま、それをそっと受け取った。
「でな、発動させるには“言葉”が要る。……魔力を込め『僕の帰る場所へ』って言えば、魔力が反応して拠点に跳ぶ」
ガウスは視線を外しながら、ぽつりと付け加える。
「……その言葉、オレが勝手に決めた。文句あんなら変えていい。ただ……おまえがどこにいても、“帰れる場所”があるって、忘れんな」
「……ありがとう、ガウスさん。大事にします。絶対に、無駄にしません」
ハルが小刀を両手でしっかりと受け取り、胸に抱いたのを見て、ガウスはふうと息をついた。
「……それとな。困った時は、いつだってここを頼れ」
ハルが目を見開いて、顔を上げる。
「別に、毎回何か持ってこいとは言わねぇ。ただ、何もなくても……定期的に、顔くらいは出せ」
その声音は、ぶっきらぼうだけど、どこか寂しさを隠せていなかった。
「……うん。絶対、また来るよ。ちゃんと、顔出すから!」
「……おう」
それっきり、ガウスは背を向けていつものように炉の方へ戻っていったけれど、その背中はどこか、いつもよりも優しく見えた。
精錬屋を後にしたハルは、夕暮れのカムニアの町を通り抜け、実家へと立ち寄る。
「ただいま。ちゃんと無事に戻ったよ」
短いその言葉に、母ミナは目を細めて頷き、いつものようにやさしく送り出してくれた。
その後、ハルは町の駅から魔導列車に乗り、ゆっくりと揺れる車内で小刀の入ったポシェットにそっと手を添える。
(“僕の帰る場所へ”。……ほんとに、帰る場所があるって、すごいことだな)
やがて街が灯に包まれた頃、ハルはPOTENハウスへと帰り着いた。
柔らかな布団に包まれて、静かに眠りについたハルの手元には、小さくて頼もしい三つ目の宝物、小刀のぬくもりがそっと残っていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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