静かなる探り手
(……どういうことだ)
心の奥で呟くように、思考が走り出す。
(全く手応えもない。まるで、実体がなかったみたいに、風が——ただすり抜けていった)
彼の頭の中で、いくつもの可能性が浮かび、そして次々と却下されていく。
(たぶん、水分がないんだ。体の中にも、表面にも。乾ききってるとかじゃなくて……そもそも、“最初から存在していない”みたいな感触だった)
(実体がないってことは……物理攻撃は通らない。きっと、魔法だって……)
唇を噛む。
頭の中で、仲間たちの顔が浮かんでは消える。
(じゃあ、通常の攻撃手段が全部効かないってこと? 倒すには、“選択”の穴を突くしかない……?)
握りしめた拳に、少しだけ汗が滲む。
(でも——そもそも、みんなで無事に“帰る”ためには、倒すという選択肢しかないんだ!)
言葉にこそしないが、心が叫んでいた。
その叫びは、揺らぎながらも折れずに、彼の中で膨らんでいく。
(やっぱり、これじゃ……“天秤”が傾きすぎてる。
無敵なんて、本当にそんな状態だとしたら——それはもう、“勝ち目のない戦い”ってことになる)
(きっかけだけでもいい、何か見つけたい……考えろ、考えるんだ……!)
目を閉じ、頭の中に過ぎるのは、あの夜にツムギが渡してくれた守りのイヤーカフの温もり。
(ツムギお姉ちゃんの——集中力を高めるお守り……もう、今日は使ってしまった。だから、もう使えない……
あぁー……!ピンチの時30分じゃ短すぎるよね…今度なおしてもらおう。せめて60分バージョンでお願いしよう……いや、今度なんて——あるのか?)
その思考の果てに、一瞬だけ、背筋が冷たくなった。
でも。
(……どっちにしても、今は考えてる時間がもったいない。やれることをやるしかない!)
ハルは、顔を上げた。
揺れることなく、次の一手を探す——そんな目をしていた。
(アザルは……何に、固執してた?)
心の中で問いかける。
(“選択”……“ルール”……あの人が繰り返し口にしてたのは、そこだ)
だけど、それを動かしてるのは何だろう。
(何が、アザルを“生かして”る? 体は空っぽだった……魔力? それとも別の……)
そこでふと、あの風のように通り抜けていった実態のない感覚を思い出す。
(いくらなんでも、魔力は持っているはずだ。もしも“魔力”が核なんだとしたら、あれを吸いきれば……)
(でも……無理だ。僕一人じゃ絶対に、全部なんて無理だ)
ぎゅっと手を握る。
(……アオミネさん。重力魔法で“圧”をかけることができるなら……)
(……もしかして、吸い出す方向に力をかけてもらえたら……?)
ハルの目が、ほんのわずかに光を宿す。
小さな希望の種火——まだ微かなものだけれど、確かにそこにあった。
(……とにかく、まずは“吸える”ものを探すんだ)
ハルは、心の中で静かに整理を始める。
(“魔力”。これは、吸えそうだ。
でも、“ルール”や“選択”は……違う。概念だ。吸い上げられるようなものじゃない)
ほんのわずかに眉が動く。
(それに……“吸うこと”が正解とも限らない)
(要は、アザルに“ダメージ”が入るかどうか。それが目的だ。吸うのは、その手段に過ぎない)
だったら――
アザルは、「攻撃が一度でも入るまでは反撃しない」ってルールを作った。きっと、それは絶対だ。
……うん、なら、いろいろ試してみるのもアリかも。
まずは……魔力、吸ってみよう。
少しの間を置いて、ハルは顔を上げる。
「もう少し……チャレンジしてみます」
そう、アザルに静かに伝える。
「いいよー?」
アザルは、にこりと笑った。
「約束したもんね? 一度でも攻撃が当たるまでは、何してもいいって。どんどん試してごらん?」
口調は穏やかで、声音にもとげはない。
――けれど、貼りついたその笑顔は、氷のように冷たい。
見つめ返すだけで、体の奥がじわりと冷えていくような、そんな気配をまとっていた。
「……でも、」
アザルのまぶたがわずかに伏せられ、声が少しだけ低くなる。
「ほんの少しでも、攻撃が“当たったら”――そのときは、分かってるよね?」
にこりと、もう一度。
まるで「楽しみにしてるよ」とでも言うような、底の見えない笑顔だった。
ハルは、アザルの不気味さに呑まれることなく、そっとその前に出る。
そして、静かに両手のひらをかざした。
その手がアザルの身体に触れた瞬間、ハルの中の“吸い上げる”感覚が研ぎ澄まされていく。
――魔力を、意識する。
内側に伸ばした感覚を通じて、ゆっくりと、慎重に、力を探る。
……けれど。
(……同じだ)
あのときと――“血液”を吸おうとした時と、まったく同じだ。
魔力は、そこにあるはずなのに。確かに存在しているはずなのに――
触れている感覚が、まるで空っぽの器をなぞるようで、何もつかめない。
風が吹いたような感覚が、ハルの内をすり抜けていく。
つかんだはずの力が、するりと抜け落ちていくような虚無。
「……ふふっ」
アザルの笑い声が、耳元で揺れた。
その顔は、とても嬉しそうだった。
まるで、心の底から楽しんでいるかのように
――子どもが宝物を見つけたときのように、無邪気だった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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