選び取る覚悟、託す未来
「拙者、テイムはされておらぬ」
静かに放たれた言葉。その語尾に、どこか得意げな響きが混ざる。
クロはぴょんとアオミネの肩から飛び降りると、すっと振り返って彼を見上げる。
「むしろ——もし拙者がテイムされておるというのであれば、アオミネもまた、拙者に“テイムされておる”と言えような」
その瞬間、アオミネとクロは、互いに顔を見合わせて——にやり。
言葉にしなくても通じ合っている、長年の相棒らしい視線のやりとりだった。
ロザは、目元だけでそっと笑いを浮かべた。サイルも、眼鏡の奥の瞳を細めて小さく頷いている。
ハルも、以前アオミネから“共鳴型テイム”という特殊な絆について話を聞かされていたことを思い出し、納得したようにうんうんと頷いている。
——ただひとり、リュカだけがぽかんとした顔で、頭の上に疑問符が浮かんでいた。
「え、なにそれ……え、テイムされてるの?されてないの?クロ師匠って、アオミネの……え???」
あまりの混乱ぶりに、サイルが少し吹き出しそうになりながらも顔を背けた。
そんなリュカの様子に、アオミネは苦笑いしながら腕をまくると、自分の二の腕にある淡く光る痕を指差した。
「クロにも“契約印”らしきものがあるだろ? 同じやつ、俺にもあるんだよな」
「えっ……!」
リュカの目がさらに丸くなる。
「つまりさ。俺とクロは、精神的には“つながってる”ってわけ。けどな、こいつはこいつの意思で動いてる。俺が命令してるわけじゃねぇし、そもそも命令したところで言うことなんて聞かねぇよ」
「まこと、その通りでござるな」
クロがふふんと胸を張って言うと、リュカはぽりぽりと頭をかきながら、
「……なんか、よくわからないけど……すごく二人っぽい気がする……」
と、妙に納得したような、してないような顔で呟いた。
その横で、アオミネがふうっと小さく息を吐いた。
そして皆に聞こえるよう、ゆっくりと口を開く。
「だからな。——俺たちの作戦、こういう形にしてはどうだ?」
その声には、迷いのない重みがあった。
「四人分の記憶と自由を差し出すことで、一人を外に出す。これで自由になるのはリュカだ」
静かに頷くサイル。ロザも黙って聞き入っている。
「そしてもう一人。外に出られるかどうかは曖昧な立場だが、“いま自由である”という条件は保たれている。
だからこそ、選択の前に脱出することで、外に出られない可能性と、もう一度選択を迫られる可能性——その両方を、ここで断ち切るんだ」
ハルは息を飲んだ。
「帰還の小刀を使えるのはお前一人だ。どちらにせよ。お前にしか使えない切り札なんだよ」
「……っ!」
リュカがハルの方をちらりと見た。
「お前の命をかけた挑戦が、もし成功しなかったとしても——
ハル、お前は外に出るんだ! 俺たちが、必ずリュカを外に出すって、ここで誓う」
アオミネの言葉に、一瞬、空気が固まる。
けれど、それは静かな決意の瞬間だった。
「これは、俺たち全員で賭ける最初で最後のチャンスだ。どうだ?」
問いかけるようなその視線が、仲間一人ひとりへと注がれていく。
「……それしかないわね」
ロザが小さく頷く。張り詰めた空気の中でも、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。
「そうですね。現時点では、最も確実な案です」
サイルも眼鏡の奥の瞳に静かな光を宿しながら答える。
「うむ、それが勝ち筋でござるな」
クロも短く言いながら、ふわりと宙に浮かぶように頷いた。
だがその中で、ハルとリュカの顔にはまだ迷いが浮かんでいた。
二人は視線を合わせると、何かを言いかけては、言葉にならずに口をつぐむ。
そんな様子を見て、ロザがふと微笑を浮かべた。
「……少し前に約束したわよね、ハルくん。
私が“引け”と言ったら、引きなさいって」
ハルははっとして顔を上げた。ロザの瞳は、まっすぐで、優しくて、強かった。
すると、クロが小さく体を揺らしながら口を開いた。
「拙者、アオミネ殿と離れるなんて考えられぬ。……一緒にいさせてくれないか?」
「おいおい、俺の無い頭で必死に捻った作戦だ。滅多にないことなんだから、俺の顔を立ててくれよ」
アオミネが冗談めかして肩をすくめるが、その声には確かな想いが込められていた。
「……逃げ出すんじゃないですよ」
サイルがくすりと笑いながら言った。
「いつか、アザルを片手でひねれるくらいに強くなって——その時に、戻ってきてください。
私たちはその間、ダンジョンで楽しく過ごしておきますから」
その声は冗談交じりだったが、眼差しは真剣だった。
ハルとリュカは、その言葉に押し黙ったまま、それぞれの仲間の顔を見渡した。
その目には、少しずつ、迷いとは違う何かが灯り始めていた。
ロザはその変化を見逃さなかった。
ふっと優しく笑って、手を腰に当てながら声を上げる。
「——それじゃあ、これで決定ね!」
ぱん、と両手を打ち鳴らす音が、静寂を断ち切った。
「最後まで、諦めずにいくわよ!私たちの選択は、まだ終わってないんだから!」
「ふっ……でござるな」
クロが頷き、ふわりと宙を舞う。
「行きましょう。これからが本番です」
サイルが眼鏡の奥から鋭い光を放つ。
風が、空気の流れを変えたように、ふっと吹き抜けていく。
それぞれが選んだ道を、今まさに歩み出そうとしていた——。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/