それぞれの思惑
その時、静かに前に出てきたのは——リュカだった。
「……わかった、ハル!」
力強く、でもどこか切なさを滲ませながら、リュカは言葉を継いだ。
「俺はその意見を尊重する。お前が考え抜いて出した答えなら、信じるよ」
ハルがわずかに目を見開く。そのまま言葉を飲み込もうとした瞬間——リュカの声が続いた。
「だけど、一つだけ約束してくれ」
その声音は、冗談を言う時の軽さとはまるで違っていた。澄んだ目が、真っ直ぐにハルを射抜く。
「その攻撃でアザルを倒せなかったら……ハル、お前はこのダンジョンから出るんだ」
「……え?」
思わず、ハルの声が漏れる。
「ガウスさんから、“帰還の小刀”もらってただろ?あれを使って、出ろ。そしてツムギさんたちと相談して、何か……何か打つ手を探してくれ」
リュカは拳を握り締めた。
「でも、もし何も対策がなければ——その時は、もう戻ってくるな」
「っ……!」
ハルの心が大きく揺れる。喉がつまって、うまく言葉が出ない。それでも、必死に声を振り絞った。
「な、何言ってるんだよ! 僕がダンジョンを出たら、選択の時に間に合わない! その時点で“選択をしていない”ってみなされて、みんなが……死ぬことになるんだぞ!」
ロザが小さく目を伏せ、クロがぎゅっと唇を噛む。空気が、張り詰めた糸のように沈む中——
「だからさ」
リュカが、そっと言葉を重ねた。
「ハルは、ダンジョンを出る前に、アザルにこう言うんだ。“リュカの選択に従うことを選択する”って」
その場に、驚きが走った。
サイルが、ぽつりとつぶやく。
「……悪魔に対して“委任”という選択を行使する、か。理屈としては成立しているな」
「俺はこの作戦に自信がある。選択さえすればいいんだ。アザルは5日後に選択しろとは言ってない。いつでも選択していいんだ。これで、ハルは生き残れるはずだ」
リュカの目は、どこまでも真剣だった。
そしてハルは、その視線をまっすぐに受け止めながら、小さく唇を引き結んだ。
「……でも、俺だけ帰るのは……なんか、嫌だ!」
声を上げた瞬間、空気がわずかに揺れた。決して冗談ではなく、けれどどこか子どもらしい、真正面からのわがまま。
リュカは一瞬きょとんとしたあと、むっとしたように言い返す。
「じゃあ俺だって、ハルだけ攻撃するの、嫌だ!」
思わず、お互いに顔をしかめ合う二人。
真剣な空気の中で、なんだか駄々っ子みたいなやりとりが始まってしまった。
「だって、置いてかれる方がつらいじゃん!」
「こっちだって、お前が危ない目にあってるの、見てらんねーよ!」
少しずつ声が大きくなる。
言っていることは筋が通っているのに、なぜか傍から見ればただの兄弟喧嘩のようで——
「はいはい、じゃあさ——」
その空気を割って、アオミネが肩をすくめながら口を挟んだ。
「二人とも助かるなら、文句ないんだな?」
「……え?」
「え?」
同時にぴたりと動きを止めたハルとリュカが、きょとんとした顔でアオミネを見上げる。
まるで、急にお菓子を差し出された子どものように。
アオミネは苦笑しながら、ぽんぽんと二人の頭を軽く叩いた。
「なんだよ、そういう話だろ?結局さ。二人とも、お互いが無事でいて欲しいだけなんだろ」
クロは鼻を鳴らして、まったくでござるな、とでも言いたげに頷いた。
アオミネは軽く息をつき、表情を引き締めた。
「……万が一の場合、ダンジョンに残るのは、ロザとサイル。そして俺と——クロ。これは、決定事項だ」
その言葉に、ロザは微笑んだまま、すっと頷く。
サイルもまた静かに目を閉じ、眼鏡の奥の瞳に冷静な光を宿した。
クロは、ぴょんとアオミネの肩に飛び乗り、ふわりと笑う。
「承知でござる。我ら、すでに腹は決まっておる」
四人の目が、短く交わされる。それは、すでに話し合われていた“覚悟”の確認だった。
すると、リュカが小さく首をかしげながら言った。
「でもさ……クロ師匠って、人数に数えられてないんじゃなかったっけ?」
二人の少年が顔を見合わせる。
リュカは困惑まじりに眉を下げ、ハルも同じようにきょとんとした目でクロを見た。
クロは、ぴたりと動きを止めたあと、なぜか少し誇らしげに胸を張った。
そして、ぴょん、とアオミネの肩から地面へと軽やかに跳び降りる。
「拙者、記憶を持つ者でござる」
唐突な宣言に、周囲が一瞬だけ静まり返る。だが、クロは真剣な面持ちで続けた。
「アザル殿は、この場にいる“記憶を持つ者”が選択の対象となると、そう申しておった。
そして、魔物は対象外だなどとは、一度も言わなんだ」
その瞳は小さいながらも、鋭く冷静な光を湛えていた。
「ということは——記憶を有し、この場に存在している拙者も、選択の枠に数えてしかるべきであろう。拙者の誇りにかけて、等しく“仲間”であることに、何の隔たりもないでござるよ」
ロザが目を細め、静かに頷いた。サイルは眼鏡の奥でじっとクロを見つめ、言葉を飲み込むように沈黙したままだった。
だが——
「……でも、クロ師匠……」
リュカが言いにくそうに声を絞り出す。
「テイムされてる魔物って……その、立場としては“個人”じゃなくて、アオミネさんの所有物って扱いになるんじゃないかな……」
言い終えたリュカの声は、どこか申し訳なさそうだった。
その瞬間——
「……あっ!」
ハルが小さく声をあげた。思わず口を手で覆うようにしながら、目を見開く。
「クロさん……それって……!」
(なら、もしかして——)
ハルが視線をクロに向けると、クロは、ふむ……と鼻を鳴らしながら腕を組むようにして、静かに目を伏せていた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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