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幼き決意、知恵と共に

 「——ちょっと、整理しましょう」

 ロザが軽く手を上げ、皆に視線を巡らせる。

 鋭さの中に、かすかな安堵を滲ませた声。その響きに、緊張が少しだけ緩む。


 全員が彼女のもとに集まり、自然と小さな輪ができた。


 「ふぅ……なんとか、“最悪の事態”は逃れられそうね」

 ロザがホッとしたように微笑み、髪をかきあげながら呟く。

 その言葉に、誰もがわずかに肩の力を抜いた。


 「ええ」

 サイルが静かに頷き、眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。

 「やはり、アザルには“言葉”による制約があるようですね。慎重に言葉を選びながらも、回答そのものは拒まなかった」


 「つまり……自分で定めたルールから、そう簡単には外れられないってことか」

 アオミネが腕を組んで、やや苦い顔をしながら言う。「あいつでも、やっぱり抜け出せない枠があるわけだな」


 「ふむ……そしてそれと同じように」

 サイルが小さく間を置いてから、言葉を続ける。

 「私たちにも、似たような制約が生まれている可能性があります。交渉の対価として、アザルは“言質”を重く見るようですから」


 「つまり……約束したことは、絶対守らないといけない……みたいな?」

 リュカがやや難しい顔でサイルを見る。


 「可能性のひとつです。あの悪魔が“契約”に従うのであれば、私たちもまた、口にした言葉が拘束力を持つことになる」


 「うぅ、こわいでござるな……」

 クロが体をぴくりと揺らして、しゅるりとアオミネの肩に登る。

 「下手なこと、うっかり言えぬではないか……」


 「逆に言えば……言葉の選び方次第で、アザルの“立ち位置”を縛ることもできるってことかもしれないよね」

 ハルが少し緊張の抜けた声で言う。

 先ほどのやり取りが、彼に確かな自信をもたらしていた。


 「ええ。その通り」

 ロザが柔らかく頷いた。「交渉っていうのはね……“駆け引き”なの。信頼ではなく、構造で支える知恵よ」


 静かな空気の中で、彼らは再び向き合った。


 決して焦らず、慎重に、確実に。

 その一歩一歩の対話が、彼らの“選択”の未来を形作っていく。


 そんな空気の中で、ひときわ真剣な表情で、ハルがそっと口を開いた。


 「……僕は、十分に作戦を練った上でなら……一度、“攻撃”を仕掛けてみるのも、ありだと思うんです」


 一瞬、場の空気がぴんと張り詰める。


 「ほう?」

 最初に声を上げたのはクロだった。体がぴくりと動き、丸い瞳にわずかな警戒が浮かぶ。

 「それは……さすがに、早計ではござらんか?」


 「俺も、正直あんまり賛成できねぇな」

 アオミネが腕を組み直し、やや険しい顔でハルを見た。

 「やつの“力”は本物だ。ルールに縛られてるとはいえ、反撃は30分。……その間に、誰かがやられたらどうする?」


 「そうでござる。選択を下せる状態が崩れれば、それこそ“ゲームオーバー”でござるぞ」

 クロも小さく跳ねながら、言葉に重みを乗せる。


 それでも、ハルは静かに、でもしっかりと首を振った。


 「……わかってます。もちろん、無謀な勝負はしたくありません。でも、僕には手があります」


 そう言って、耳からそっと取りはずしたのは、ツムギの手によって作られた《護りの魔回路式イヤーカフ》。


 「ツムギお姉ちゃんが作ってくれた、この“お守り”には……バリア機能があるんです」

 ハルの声に、皆の目が動いた。


 「10分間、攻撃を防ぐバリア。それが、3回分……つまり、30分。僕の分で30分。リュカの分は、残してそっちは予備に」


 リュカが「おう」と軽く顎を引く。


 「アデルの話し方だと、攻撃した者のみ反撃されるのだと思うんです。だから、まず僕ひとりでアザルに接近してみて、直接ダメージを与えるつもりじゃなくても……弱点や、反応、なにか“情報”が得られれば、それだけで価値があると思うんです」


 言葉の端々に、慎重さと、それ以上の“覚悟”が滲んでいた。


 「一度で倒そうとは思っていません。でも……今のままじゃ、ずっと待ちの姿勢のままです。少しでもアザルの“中身”を知るために、動いた方がいいと、僕は思います」


 静かな言葉だったが、誰よりも熱があった。

 少年の瞳に宿るのは、恐れではなく、“何かを変えたい”という決意の色。


 クロがアオミネの肩の上でぴたりと動きを止める。

 アオミネは視線を宙に泳がせ、しばし黙考する。


 「……情報を取るための攻撃、か」

 サイルが静かに呟いた。「確かに、“交渉”とは別軸で、やれるべき準備のひとつかもしれません」


 そこまで言ってから、彼はゆっくりとハルを見やった。

 その視線はやさしく、しかし明確な意志を孕んでいた。


 「……でも、ハルくんが攻撃する必要は、ないのでは?」


 ハルが目を見開く。


 「あなたは、すでに十分、勇気を示しました。これ以上、前に出る理由はありません。もし攻撃をするなら、私たちの誰かが行いましょう。ハルくんはその場にいて、バリアを張ってください。それが、一番安全な役割です」


 穏やかな言葉だったが、その響きには“守る側”としての断固たる意志があった。

 アオミネもちらりと目をやり、クロは何も言わずに小さく頷いた。


 だが——


 「……いえ」

 ハルは、きっぱりと首を横に振った。


 「僕に、試してみたい魔法があるんです。……大木を倒した時の、“アレ”を」


 一瞬、アオミネとクロの目に、わずかに驚きが走る。


 「“アレ”?」

 アオミネが問い返すと、ハルはほんの少し唇を噛んでから続けた。


 「……あの時、僕は、水の魔法で……あの木から“水分”を抜き取りました。直接、体の中から」


 サイルが静かに目を細める。

 ハルの指先が、そっと自分の胸元を押さえる。


 「アザルは悪魔だから、体の構造がどこまで人間に近いかわかりません。でも……もし、“血”や“水分”のようなものがあるなら——吸い取れるんじゃないかと思ってるんです」


 その言葉に、場がわずかに揺れた。


 「つまり、“水分操作による内部干渉”……?」

 サイルが低く呟いた。まるで魔導の応用理論でも語るような真剣さだった。


 「正面から殴り合うつもりはありません。でも、少しでも“効く”かどうかを確かめておくことは、きっと後々に大きな差になると思うんです」


 ハルの声は震えていなかった。

 幼い姿の奥にある、確かな思考と、意志。


 その表情を見て、リュカがぽつりと漏らす。


 「……ほんと、強くなったよな、お前」


 ハルは目を丸くして振り返るが、リュカはもう視線を逸らしていた。

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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