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選択の門に立つ声

 「……あの、アザルさん」


 ハルが唇を引き結びながら、声を絞り出す。

 言葉が震えているのは、恐怖ではなく——意志のせいだ。


 「先ほど、攻撃をした場合には反撃がある、とおっしゃっていましたよね。その点について……確認させていただきたくて」


 アザルは、ふと目を細めた。


 「ふむ?」


 「……その“反撃”に、時間的な制限はあるのでしょうか? たとえば“何分間”など……一定時間を過ぎたら終わる、といったルールは」


 その瞬間、アザルの顔がぱっと明るくなる。

 まるで、思いがけず面白い玩具を渡された子どものように。


 「ほう……?」


 わずかに身を乗り出し、愉快そうに目を細める。


 「それはつまり……“反撃”を、一回限りの報復ではなく、“継続的な攻撃”として解釈したうえでの問い、というわけか。いやはや、頭が回るね、君は」


 手を叩かんばかりの調子で、アザルは笑みを深めた。


 「では、仮に“攻撃されたら、その後は私が延々と反撃し続ける”と定めたとして……それは“公平”ではない、と?」


 ハルは、小さくうなずいた。


 「……はい。そうなってしまうと、僕たちが“攻撃を止めたあと”も、ずっと反撃を受け続けることになります。選択肢がある、という前提を崩してしまうように思うんです」


 言葉を選びながら、それでも真正面からぶつける。


 「それに……アザルさんは、僕たちを“殺したくはない”っておっしゃいました。だったら、一方的に痛めつけ続けるなんて、つまらなくないですか?」


 空気が、一瞬止まった。


 リュカが、思わず目を見開く。ロザは目を細めて微笑み、アオミネは口元を押さえたまま、少しだけ眉を上げた。


 クロがぽつりと呟く。「……まこと、肝が据わってきたでござるな」


 アザルはしばし沈黙し、やがて肩をすくめるように言った。


 「君は、かわいいね。論理は未熟だし、ツッコミどころは満載だが……まあ、いい」


 くすりと笑う。


 「君はまだ子どもだ。許容しよう。“サービス”というやつだよ。さて、ならば——聞こうか」


 ふいにその声が、真っ直ぐに投げられる。


 「——君は、“何分間”の反撃が妥当だと思う?」


 息を呑むような静寂が落ちた。


 「チャンスは、一度だけ。君が出した“数字”が、私の美学にかなえば採用する。——それだけの話だよ?」


 ハルは、一瞬、頭の中が真っ白になった。


 (……きた)


 視線を落とす。アークノートの端に描かれたメモの記憶が脳裏に浮かぶ。

 (確か……僕たちの《守りのイヤーカフ》、ツムギお姉ちゃんの魔導具……)


 (バリアは、発動から最大10分間。3回分まで使える。僕とリュカ、それぞれに)


 (だったら——10分なら、僕の分で3度はしのげる)


 けれど、アザルの性格を思い返す。

 (……でも、10分じゃ“公平”とは思ってくれない……)


 (30分。きっとそのくらいがギリギリ……でも、長すぎると、今度は僕たちのバリアがなくなり危ない)


 リュカの顔が脳裏に浮かぶ。

 《彼の分のバリアは、最後の保険にとっておきたい……》


 拳をぎゅっと握る。


 (賭けるしかない……)


 ——ハルの胸に、静かに一つの数字が浮かんだ。


 「……30分」


  その数字が静かに場に置かれた瞬間、空気がぴんと張り詰めた。


 アザル=デルは目を細め、小さく口角を上げた。


 「なるほど……思ったより長い時間を指定してきたね」


 手を胸元で組みながら、ゆっくりと歩を進める。

 その声音は、どこか“期待以上だった”ことを愉しんでいるようでもあった。


 「30分……ふふ、君たちが私の攻撃に30分も耐えられるとは思えないけど……」


 そこで、ふと足を止める。


 「……何か、“奥の手”でもあるのかな?」


 ——ドクン。


 ハルの胸が、ひときわ大きく跳ねた。


 (……やば)


 心臓が一瞬、止まりそうになる。


 (ばれた? いや、そんな……でも……)


 手のひらにじっとりと汗がにじむ。

 体温が一気に下がったような錯覚に襲われる。


 (もしかして……もっと短くてもよかったのかもしれない。5分、いや……バリアがなければ、僕たちはほんとに……)


 思考がぐるぐると回り始める。焦りと後悔が混ざり合い、冷たい汗が背筋を伝う。


 (しまった……ちゃんと、考えるべきだった。これじゃ、僕の中の“何か”を見透かされたみたいだ……!)


 そのとき——アザルの視線が、まるで射抜くようにハルを見据える。

 表情は崩れない。ただ、その目だけが、ぞわりと“内側”をなぞるように動いた。


 ——ジィー……


 だが、次の瞬間、アザルはふっと肩をすくめるようにして、口元に緩んだ笑みを浮かべた。


 「まあ、いい。30分か……私の許容範囲だったから、許そう」


 それは一見、寛容に見える言葉だった。


 けれど、その声音はどこまでもねっとりと甘く、湿った泥のようだった。


 「ふふ……戦いで命を奪うのは、私の“美学”にも反するからね。——私は子供には、甘いんだよ」


 その言葉に、リュカが一歩だけ、そっとハルのそばに寄った。

 肩が触れ合うほどの距離で、黙って彼を支えるように立つ。


 ロザは静かに目を細め、まるでアザルの言葉の裏を読むように、視線を鋭く動かしていた。


 アオミネは腕を組んだまま、「チッ」と小さく舌打ちするような顔をする。


 クロが囁く。「……“甘さ”とは、時に最も鋭き毒でござるな」


 だが——その中心にいたハルは、何も言わなかった。


 ただ、小さく呼吸を整えながら、再びアザルを見上げる。


 (……もう、見透かされたって構わない)


 (僕は、この舞台に立った)


 その眼差しに、さっきまでの怯えとは違う、確かな決意が宿っていた。

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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