悪魔の盤上、知恵の一手
場に静かな緊張が走る中で、ハルは少しだけ視線を下げ、それでも確かに言葉を紡ぎ出す。
「……選択の悪魔って、自分で言ってましたよね。自分から“選択を迫る”って……つまり、きっと言葉に——契約みたいな、何かしらの制約があると思うんです」
サイルがわずかに眉を上げる。「……“悪魔との契約”は、古い魔導文献にもいくつか記述があります。たしかに、言葉には厳格なルールがつくことがある」
「たとえば、約束したことは絶対に守らなくちゃいけないとか……」
ハルの声が、少しずつ芯を帯びていく。
「あるいは、“選択”っていう形を取る以上、どちらにも選べる余地があるとか。ルールが“自分にも適用される”っていう前提があるんじゃないかって」
「……つまり」
アオミネが腕を組みながらうなるように言う。
「アザル自身が、自分で決めたルールを、破れない可能性があるってことか」
「はい」ハルは強くうなずいた。
「だから……まずは、それを聞いてみたらどうでしょう。アザルが定めたルールは、アザル自身にも適用されるのかって」
「なるほど……」ロザが膝に指を組み、静かに頷いた。「……面白いわ。悪魔を相手に情報戦を仕掛けるなんて、普通は考えつかないわ。でも、確かに可能性はある」
「うん……やっぱ、頭冴えてきてるな、ハル。ツムギさんのお守り、効果テキメンだな……」
リュカがにかっと笑いながら、背中をぽんと軽く叩く。
「ふふ……」クロが少し目を細めて呟く。「悪魔に“ルール”で立ち向かう。実に、我ららしい戦いでござるな」
その言葉に、ハルは小さくうなずいたあと、ぽつりと続ける。
「……もし、アザルにもその“ルール”が適用されるなら、僕たちに“選択”を迫る以上、きっと何かしらの“公平性”とか“対等性”があると思うんです」
ロザが目を細める。「選ばせる以上、こちらにも選ぶ力がなければ、それは“選択”じゃなくて“強制”。それじゃ、成り立たないってわけね」
「はい」
ハルは膝の上のアークノートを軽く押さえながら、言葉を繋ぐ。
「僕たちの誰かが“確実に助かる”っていう余地を、あえて残しているのも……その“ルール”に従っているからかもしれません。もしそのルールを突き止められたら——僕たちにも、勝機はあると思うんです」
「ふむ……なるほどな」
アオミネが腕を組み、顎を軽く撫でた。「“交渉の余地”が、そこに生まれるってわけか。確かに……奴はルール違反には敏感そうだった」
「そうです。だから、まず確認すべきは——アザル自身が定めたルールに縛られているのかどうか。それが確かになったら、選択肢を整理して、“道筋”みたいに整理していけたらいいなって思ってて」
「道筋か……」
リュカがぽりぽりと頭をかきながら、「難しそうだけど、わかりやすくなるなら、やってみようぜ」と軽く笑う。
「私たちなら、きっとできると思うわ」
ロザがにっこりと微笑みながら言った。「あなたが見つけた“突破口”よ。皆で形にしていきましょう」
「はい!」
ハルの返事は、さっきよりも力強かった。
たったひとつの問いから、光が差す。
その微かな可能性を、彼らは見逃さなかった。
それから、ハルたちは思考の糸を丁寧にたぐり寄せるように、想定される回答と、その先の質問をひとつひとつ洗い出していった。
「……もし“アザル自身もルールに縛られる”なら、言質を取れば大きな武器になるかもしれない」
サイルがそう言いながら、手元のノートに幾つかの文言を書き出す。
「……だとしても、定めすぎれば、逆手に取られる可能性もあるわね」
ロザが冷静に頷く。「こちらの選択肢を狭めないよう、あえて曖昧にすべきところもあるわ」
「なるほど……つまり、有利になりそうなルールそのものを増やして、“抜け道”を見つけたいってことですね?」
ハルがペンを走らせながら言う。目にはまだ不安が残っていたが、視線はすでに前を向いていた。
「うむ。それはまるで、仕掛けられた罠の設計図を、逆手に取って利用するがごとき……」
クロが渋く言いながら、ぴょん、と体を跳ねさせてアオミネの肩に飛び乗る。
「……悪魔の遊戯、その盤面の裏をかくが勝利の鍵と見たり」
「なるほどな……理屈っぽい話は得意じゃねーけど、オレたちでも一つくらい、突っ込めそうなとこ見つかんねーかな」
アオミネが頭をかきながら呟いた。
そんな中、リュカは腕を組んだまま、難しい顔で黙り込んでいる。いつもの彼らしくない、静かな集中。
(リュカ……何を考えてるんだろうか)
ハルはそう思ったが、口には出さなかった
今はそれぞれが、自分の持ち場で思考を尽くすときだ。
「アザルの“選択”が、ルールに基づいたものであるならば……公平性はある程度保証されるべきだと主張して、条件を下げてもらえるかもしれませんね。」
サイルが再び口を開く。
「ええ。アザル自身にもルールが適用されているならば、私たちには5日間の猶予と、攻撃を仕掛けない限り、攻撃されない権利がある。だからこそ、暴力に訴えられずに、条件交渉できるはずよ」
ロザは目を細め、頷いた。
「……大体の準備は、できたわね」
ロザが、立ち上がる。澄んだ瞳がひとりひとりを見渡す。
「みんな、心の準備はいい? そろそろ——質問を始めるわよ」
言葉は穏やかだったが、その奥には確かな意志が宿っていた。それぞれが、己の立ち位置を再確認するようにうなずき合う。
これは“選ばされた”ものではなく、自分たちが選んだ——“対話”の第一歩だった。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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