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選択の穴を探せ

 「だいじょうぶ、大丈夫よ……」

 ロザが小さくつぶやきながら立ち上がった。誰に向けてともなく口にしたその言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるようでもあった。


 「……ちょっと、一旦、集まりましょう」

 振り返って、皆に向けて声をかける。張り詰めた空気の中で、その言葉だけが柔らかく響いた。


 ハルとリュカは、それぞれ少し離れた場所に立ち尽くしていた。

 ハルは唇を噛み、両手を胸元で強く握りしめていた。リュカもまた、普段の元気は消え、目の奥に光を失ったような表情で、ただ地面を見つめていた。


 サイルは額に手を当て、深く目を閉じて考えを巡らせている。アオミネは腕を組みながら、奥歯を噛みしめるようにして唇を引き結び、クロはいつになく沈黙していた。体を縮めるようにしながらも、視線は鋭く周囲を見据えていた。


 全員がロザの元に集まると、彼女は静かに息を吸って言った。

 「いい? まずは落ち着くの。こういう時ほど、冷静さが大事。焦りは判断を誤らせるわ」


 その声は、どこかに揺らぎを孕みながらも、しっかりと芯が通っていた。


 「幸い……彼、アザル=デルは、彼なりの“ルール”に従って動いているように見える。少なくとも今のところ、こちらが手を出さなければ、即座に命を奪われることはないはずよ」


 サイルが小さく頷いた。

 「私もそう思います。彼の言動には、ある種の法則と合理性が見受けられる。今は、その枠の中で対応策を模索するべきでしょう」


 「……一日一日が、勝負になるでござるな」

 クロが低くつぶやいた。

 その言葉に、皆の心に張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ緩む気配があった。


 そのわずかな余白を逃さず、ロザが声を落ち着けて告げる。


 「……まずは、情報を整理しましょう」

 そして、穏やかな目でハルを見やる。

 「ハル? ノートに書き出せるかしら?」


 ハルは、ぴくりと肩を揺らしたあと、小さく頷いた。

 そして、ふぅっと息を吐いて深呼吸をひとつ。


 「……やります!」

 震える指先でポシェットから《アークノート》を取り出し、膝の上にそっと広げる。


 まだ、足が少し震えている。手もぴたりと止まってしまう。けれど——

 (書き出すくらいなら、できる……!)


 ハルは意を決して、ペンを走らせ始めた。


 「まずは……アザル=デルに提示された“選択”について、順番に整理します」


 ノートの上に、くっきりとした文字が並んでいく。



▼アザル=デルから提示された選択肢


1.一人の命を救う代わりに、四人の“記憶”を差し出す。

→ 記憶を喰われた者は、仲間も自分も全てを忘れ、階層ボスとして働かされる。

→ 助かる一人は、外の世界へ返される。


2.二人の命を救う代わりに、残り三人の命を差し出す。

→ 命を奪うのは、“助かる側の二人”。


3.選ばなかった場合、全員の命を奪われる


4.選択が嫌ならアザル=デルを倒すしかない。

→ ただし、攻撃すれば反撃される。

→ “なるべく殺さないようにするが、保証はない”とのこと。


5.期限は“五日間”。攻撃しない限り、アザルからの攻撃はない。

→ ただし、気まぐれで殺される可能性は否定されていない。



 「……とりあえず、こんな感じ……です」

 ハルがそっと顔を上げると、皆がそのノートをじっと見つめていた。


 「よくやった」

 アオミネがぽつりと呟いた。


 「わかりやすい……」

 リュカが手を握りしめながら言う。彼の声はまだ少し震えていたが、その目はハルをしっかりと見ていた。


 「見やすいでござるな」

 クロが静かに頷くと、サイルも小さく「ありがとう」と呟いた。


 この時、ようやく“現実”を見つめるための足場が、少しずつ皆の間に築かれ始めていた。


 ロザが深く息を吸い、前を向いた。

 「——じゃあ、ここから“穴”を探していくわよ」

 言葉のトーンはあくまで冷静。でも、その瞳は鋭く、どこか探るような光を宿していた。


 その瞬間——


 「……あっ!」


 ハルが、小さく息を飲んだ。思いつめていた表情が、ぱっと切り替わる。


 「そうだ、ツムギお姉ちゃんのお守り……!」


 急いでイヤーカフに手を伸ばす。必死すぎてすっかり忘れていた——あのイヤーカフ型の魔導具。


 「確か、感情を安定させる効果があったはず……! 今こそ、頭を冷やして、考えうる可能性を全部洗い出すべき時だ!」


 指先で軽くお守りに触れると、淡い緑の光が耳元に広がり、ふわりと胸の奥のざわつきが静かになっていく。


 「リュカ!」

 振り返りざま、ハルが叫んだ。

 「ツムギお姉ちゃんのお守り、感情を安定させてもらおう!」


 「……それって、あれか、あのツムギさんのやつ!」


 リュカも慌てて耳元のイヤーカフに触れる。微かな光がリュカにも宿り、彼の表情から少し緊張が抜けていくのが見えた。


 その様子を見ていた大人チームは、一瞬きょとんとした顔になった。


 「……なんだそれ?」

 アオミネが小さく眉を上げる。


 「魔導具か……あのPOTEN創舎製……」

 サイルが眼鏡を押し上げ、興味深げに呟いた。


 「ふふ。まぁいいわ。今は突っ込まないでおく。後でたっぷり聞かせてもらうとして——」

 ロザはくすりと笑いながら言い、再び目を引き締める。


  「——さあ、始めるわよ」


 その一言が、沈みかけていた空気を引き上げる。


 ハルの耳には、かすかに風が通り抜けるような音が聞こえていた。ツムギのお守りから広がる魔力が、頭の中のもやを少しずつ晴らしていく。胸の奥のざわつきが静まり、恐怖と絶望で縮こまっていた思考が、すうっと伸びていく感覚——。


 (……視野が、広がっていく……)


 ロザさんの声が響く。

 穏やかで、強くて、まっすぐな声が。


 (大丈夫。時間はまだある。彼は自分のルールを守る。なら、きっとどこかに“抜け道”があるはず——)


 「……!」


 ハルの目に、ぱっと光が宿る。ひとつの可能性。ひとつの疑問。それが脳裏に浮かんだ瞬間、胸の中の焦燥が整理された思考に置き換わっていく。


 「まずは……」

 ゆっくりと口を開いたハルの声は、先ほどまでの不安を含んだものとは違っていた。確かに、前を向こうとする芯のある声だった。


 「アザルに、これを確認しないといけないと思うんです」


 その言葉に、皆が一斉に彼を見た。


 次の一手が、いま動き出そうとしていた。

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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