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絶望の砂時計

 次の瞬間、アザル=デルはまるでひとり芝居でも始めるかのように、首をかしげながら檻の中を覗き込んだ。


 「うふっ。うふふふ……思い出すなぁ、君たちの物語も。懐かしいよ、ほんとに」


 その笑顔は恍惚に歪んでいて、見ているだけで寒気を覚える。


 「彼——いや、“彼ら”と言った方がいいかな。かつてここにはね、四人の若者がいたんだ。彼らはダンジョンマスターとして、共にこのダンジョンを管理していた。友情に満ちていてねえ……それはもう、君たちとそっくりだった」


 言葉を区切りながら、アザル=デルの目はどこか遠くを見つめていた。まるで芝居がかったその語り口の奥に、ほんの少しの“真実味”が滲んでいる。


 「彼らは、元の世界に帰る方法をずっと探していた。ある時、ふふっ……“時空と選択の悪魔”に関する記述を、うっかり見つけてしまってね。私のことだよ」


 その指先が、ゆっくりと自分の胸元をなぞる。


 「彼らは迷わなかった。すぐに儀式を整え、私を召喚した。愚かだけど、純粋だったなあ……」


 リュカが息をのむのがわかった。檻の中の人物の姿が、ほんの少しだけ近く感じられた気がした。


 「私は、彼らに“選択”を与えた。三人を元の世界に還す代わりに、一人を私の“従者”として差し出すか。あるいは、一人を犠牲にして、私をこの世界から追放するか……まあ、力ずくで倒してもよかったけどね。ふふ、選ぶのは彼らだ、と」


 ハルの喉が、ごくりと鳴ったのが聞こえた。


 「結果は——見ての通りだよ」


 檻の中で膝を抱えた男は、もはや何も語らない。けれど、あの空っぽの目だけが、このダンジョンで何があったかを、確かに物語っていた。


  檻の中で膝を抱えた男は、もはや何も語らない。けれど、あの空っぽの目だけが、この階層に何があったかを、確かに物語っていた。


 「彼はね、自分で“犠牲になる”ことを選んだんだよ。……素晴らしいよね? あのときは、もう感動で震えたよ」


 アザル=デルの声には、まるで劇の名場面を語る観客のような陶酔が滲んでいた。


 「仲間たちも泣いていたな。『必ず迎えにくる』って言ってね。ああ、あの場面は本当に、涙、涙でね。……美しかったなあ」


 歪んだ笑顔がゆっくりと広がる。

 そして、恍惚とした瞳で檻の中の男を見つめながら、つぶやく。


 「彼もね、一人で随分と頑張っていたんだよ。最初は希望に満ちてた。でも、少しずつ、少しずつ、絶望に蝕まれていった。……その様子がまた、最高だった」


 言葉の余韻を残したまま、アザル=デルの表情が、音もなく冷たく切り替わる。

 目の奥が、ぞっとするほど凍てついた輝きを宿していた。


 「さあ——君たちは、どんなドラマを見せてくれるんだろうね?」


 その声は静かなのに、耳の奥を爪で引っかかれたような、底知れぬ不快感を残す。


 次の瞬間、空気が変わった。


 ハルの肩がびくりと震える。リュカも、手にしていた剣の柄をきつく握り直したまま、指先に力が入らない。

 ロザがひとつ息を呑み、サイルは静かに眼鏡を押し上げて、口を引き結んでいた。

 アオミネの視線はアザル=デルを外さずにいたが、いつもの軽口はどこにも見えなかった。


 クロが一歩前に出ようとして、誰よりも早く察知した気配に足を止める。


 ——これは、“敵”じゃない。


 目の前に立つのは、理不尽そのもの。

 ただ“強い”だけではなく、何かが決定的に、異質だった。


 恐怖。

 言葉にも、動きにもならない圧力が、じわじわと六人の体を縛りつけていた。


 誰もが、言葉を失っていた。

 ただ、その場に立ち尽くすことしか——できなかった。


 沈黙の中で、アザル=デルは頬に手を当て、くすくすと笑いながら、首を傾ける。


 「うーん……うーん……悩むなあ……どんな舞台にするべきか、どんな選択が……ゾクゾクする物語を生むのか……」


 薄く笑ったままのその顔は、心底楽しんでいるようだった。

 やがて、唐突に——


 「ポン!」


 乾いた音とともに両手を叩いたアザルは、目を輝かせて声を弾ませた。


 「よし、決めたよ。君たちには、いくつかの《選択肢》を与えよう」


 一歩、こちらに近づく。



「ひとつ目——

 五人のうち、一人の命を“確実に”助けたければ、四人分の“記憶”を差し出してもらおう。

 記憶を喰われた者は、仲間のことも、自分のことも、ぜーんぶ忘れる。人格も過去も、全部ね。

 そして残った四人には、“この階層のボス”として、冒険者と戦ってもらう。

 それはそれは、立派な“絶望”を演出してくれるはずだよ。もちろん、助かった一人はちゃんと外までお送りする。優しさって、忘れちゃいけないからね?」


 ハルが思わず目を見開く。リュカも息を詰め、拳を握りしめた。


 「二つ目。

 二人の命を助けたければ、残り三人の命を“差し出して”もらおう。

 ただし——命を奪うのは、助かると決めた二人の君たち自身。ね?いい趣向でしょ?」


 ロザが静かに眉をひそめる。アオミネは苦い笑みを浮かべ、すぐさま周囲に視線を巡らせた。

 サイルは表情を変えず、ただ淡々と聞いている——けれど、眼鏡の奥の瞳だけが、凍りつくように光っていた。


 「そして最後。

 どの選択肢も選ばなければ……君たち全員の命を、私がいただくよ。ああ、もちろん一瞬では終わらせない。じっくり味わわせてね?」


 ぞっとするほど静かな声だった。


 「この選択に、不満があるなら——いいよ。唯一の解決法は、私を倒すことだ」


 その瞬間、場の空気が変わった。まるで空間そのものが、ゆっくりと歪んでいくようだった。


 「期限は……君たちの人数にちなんで、“五日間”。これでもサービスしてるんだ。感謝してほしいくらいだね」


 そう言ったアザル=デルは、指を軽く鳴らした。

 次の瞬間——


 コォン……


 鈍く重たい音とともに、彼の背後の空間に、黒い枠で縁取られた巨大な砂時計が現れる。

 流れ落ちる砂は、白ではなく、どこか赤黒く濁った色をしていた。


 「……ほら、わかりやすく“カウントダウン”してあげるよ。全部落ちきったときが、君たちの“答え”の時間だ」


 アザル=デルは片足を引いて、優雅に一礼するように姿勢を変える。


 「私からは、攻撃しないよ。君たちが先に手を出さない限りはね。

 もちろん、攻撃されたら反撃はするし……その時、殺さないように気をつけるつもりだけど……

 僕、気まぐれだから。うっかり死んじゃっても文句は言わないでね?」


 「……!」


 空気が凍りついた。


 それでも、アザル=デルの笑顔は変わらない。むしろ、深まっていく。


 「さあ、君たちの“物語”を——魅せておくれよ」


 静かに、選択の幕が、下ろされた。

 ……それは、同時に絶望の舞台の幕開けでもあった。

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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