報酬と楽しいひととき
装置の駆動音が静かに収まったあと——
そのすぐ右隣に、淡く輝く光の柱がふわりと立ち上った。まるで、空間そのものが透けて開かれたような、縦に伸びる波紋。
「……転移ポータル?」
サイルが眉を上げ、すっと前に出る。その場所は、すでに存在していた《帰還ポータル》と、ちょうど左右対称に並ぶ位置だった。
「そっちが帰る用で、こっちが……」
ハルがそっと呟く。
「たぶん、四階層へ、ですよね?」
「ボス戦じゃなかったのか……?」
アオミネが肩を落としながらぽりぽりと頬をかいた。
「構えてたぶん、ちょっと拍子抜けしたな」
「でも、あの大木がボスだったって可能性もあるでござるよ」
クロが慎重に言葉を選びながら、装置の方を振り返る。「一体で終わらなかったところを見るに……それが“試練”だったのかもしれん」
「そういうこともかもね。あれを乗り越えた者だけが、次に進めるってわけ」
ロザが頷きつつも、装置の脇に視線を向ける。
「……あれは?」
ポータルのすぐ傍、球を投入していたチューブとは異なる、隣のスリット状の開口部から——
ころん、ころん、ころん、ころん。
小さな音を立てて、四つの石が装置の隣のチューブから転がり出た。
「……石?」
ハルがそっと近づき、そのうちのひとつを手に取る。
滑らかな表面に、淡く透き通るような輝き。どこか温かみを感じさせるその光は、光の加減によってほんのりと色合いを変える、不思議な石だった。
「なんだろう、これ……」
手のひらで転がしながら、ハルは呟く。
「報酬……かもしれませんね」
サイルが穏やかに言う。「何かの素材、あるいは装置の“鍵”のようなものかも」
「なんか、めっちゃ大事なアイテムっぽいし……」
リュカが石を見つめながら、ふとハルの方を振り返った。
「……ハル、これ、お前が持っててくれ。ポシェットが一番安全だろ?」
「えっ、ぼくが……?」
ハルは驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いて、両手で石を受け取る。
「うん、わかった。ちゃんと守るよ」
その小さな手の中で、光る石は一瞬、ほんのりと温度を帯びたような気がした。
その光は、どこか——
新たな扉の先を照らす、灯火のようにも見えた。
「それじゃあ、さっそく四階層、行きましょう!」
リュカが勢いよく拳を握る。
「今の流れなら、いける気しませんか?」
「わかる、気分的には乗ってるでござる」
クロもふよんと跳ねて、軽く体を伸ばすようにくるりと回転した。
「そうですね!僕もなんかつかめた気がします!」
ハルも、思わず前のめりに言いかけたそのとき——
「……いえ、ちょっと待ってください」
静かな声で制したのは、サイルだった。
「皆さんの魔力、傷、疲労……決して軽くはありません。特にハルくんとリュカくん、そしてクロさんとアオミネさんは、かなり消耗しています」
アオミネが腕をぐるりと回しながら、肩をすくめた。
「まあ、確かに……まだ筋肉がきしんでる感じはあるな」
「このセーフティゾーンがあるうちに、一晩休んで体勢を整えるべきです」
サイルは迷いなく続ける。
「次の階層がどんな環境かはわかりません。準備を怠れば、それこそ後悔することになります」
「……そうね」
ロザも深く頷いた。
「戦える状態じゃなければ、どんな強さも意味がないもの」
「じゃあ、今日もここにテント張って、もう一泊ですね!」
リュカがポンと手を打つと、野営用のアイテムを取り出す。
「拙者、設営準備に入るでござる」
「ぼくも手伝います!」
ハルがすぐに駆け寄る。表情にはまだ少し疲れが残っていたが、その動きには、どこか清々しいものがあった。
夕暮れがゆっくりと森を染めていく中、一行は簡単な夕食を囲んでいた。パンとスープ、干し肉と野菜の炒めもの。戦いの後には、これでも贅沢に感じられる。
「それでな、聞いてくれよ。あの大木、バッサリ切ってやったと思ったんだ」
アオミネがパンを齧りながら、にやりと笑って話し始める。
「重力魔法で幹にヒビ入れて、クロがそこを狙って一刀……見事に真っ二つにしてやった」
「……拙者の腕が冴え渡っていたでござるな」
クロが得意げに胸を張ると、サイルが穏やかに微笑みながら口を挟む。
「それで倒せたんですか?」
「いや、それがさ……」
アオミネが肩をすくめる。
「倒れたと思ったら、その二つがそれぞれ動き出してよ。結局、相手は“ふたり”になったわけだ」
「……それはまた、ずいぶんと厄介な展開ですね」
ロザが目を見開き、クロはパンのかけらをぽいと口に放り込みながら、しみじみと言った。
「反則でござるよ……」
「二体になったってこと? それ、もはやボス二連戦みたいなものじゃない……」
「だろう? 本気で焦ったぞ」
アオミネが器用にスプーンをくるくると回しながら、どこか楽しげに言葉を続けた。
「火力が足りなくてさ、二人で押し切るのは難しそうだったんだ。そこへ、リュカの叫び声が聞こえてきてな」
「それで……迎えに来てくれたんですね!」
リュカが嬉しそうに目を細めると、クロが口元に手を添え、小さく頷いた。
「結果的に、見せ場も作れたでござるしな。……弟子の」
言いながら、どこか誇らしげな色が、クロの表情に滲む。
リュカは照れたように頭をかき、少しだけ肩をすくめた。
「で、聞いたぞハル」
アオミネが口元に笑みを浮かべながら、スープをかき混ぜる。
「お前、ひとりで大木を倒したんだってな?」
「そうでござる。風魔法だけで倒すなど、なかなか真似できることではないでござるよ」
クロも感心したように頷く。
「う、うん……」
ハルは少し頬を染めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「サイルさんとロザさん、そしてリュカが守ってくれて……それで、ぼくが幹に手を当てて、水分を吸い上げて。最後は、そのまま風魔法で……」
「……俺の出番、マジでなかったからな……」
リュカが小さな声でぼそりと呟き、頭をかく。
「そうね。あのときの叫び、忘れられないわ」
ロザがふっと笑うと、みんなもつられてくすりと笑った。
「ご、ごめんね……」
ハルが気まずそうに言うと、リュカはすぐに手を振って答えた。
「いや、違う違う! ほんとすごかったよ。俺、見てて本気でびっくりしたもん」
「本当に、すごかったんですよ」
サイルが頷きながらハルの方を見る。
「敵の属性や特性を見抜いて、魔法の応用で道を切り開いた。それはもう、立派な“戦術”です」
「……うん。今日のハルくんは、本当にカッコよかったわ」
ロザがやさしく微笑む。
「自分の力を、ちゃんと信じてた。あのときのハルくんの魔力、すごく綺麗だったの。……なんだか、カイルを思い出しちゃったわ」
「えっ……あ、ありがとう……ございます……」
ハルは顔を赤くしながら、ポシェットをそっと抱きしめた。
焚き火の火が、静かに揺れていた。温かくて、安心できる場所。
それは、今日を越えて、次の扉へ進む者たちのための小さな安息だった——。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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