装置起動
リュカは剣を納めると、周囲を見渡しながらぽつりと呟いた。
「……ハル、心配してるだろうな……」
クロが小さく笑う。 「風魔法が使えぬこの状況で、しかもこれだけ時間がかかっておるとなれば……さぞや気を揉んでいるはずでござる」
「よし、球を拾ったらさっさと帰ろうぜ」
アオミネがそう言って、火の粉がくすぶる灰の上から透明な球をそっと拾い上げる。
「ハルが笑ってる方が、こっちとしても元気が出るしな」
「はいっ、全員無事で戻らなきゃ、意味ないですもんね!」
リュカも頷き、顔を上げる。
「では——帰還開始」
クロの一声で、三人は並ぶようにして森の奥へと歩き出した。
*****
ハルたちが休んでいる場所まで、三人は足を緩めることなく歩き続けた。仲間たちは彼らの姿を見つけて、ぱっと顔を上げる。
「クロさん! アオミネさん! リュカ!」
ハルが立ち上がり、駆け寄っていく。
「おつかれさまでした!」
リュカはにやっと笑いながら、背中の汗をぬぐった。
「ハル、魔力は大丈夫か? すごかったぞ。師匠たち風魔法なしで、あの大木を倒しちゃったんだ!」
「うん!ありがとう、すっかり良くなったよ。 さすが……三人とも本当にすごいです!」
驚きに目を見張るハルに、今度はロザがふふんと鼻を鳴らす。
「ええ、すごいでしょう? うちの二人はね、絶体絶命でも、いつもどうにかしちゃうのよ。一人ずつだとちょっと頼りないときもあるけど……」
ロザは肩をすくめながらも、誇らしげに微笑んだ。
「二人そろえば、最強なの」
その言葉に、アオミネが気まずそうに頭をかき、クロはぽふんと地面に座り込んで「照れるでござるな」と小さく呟いた。
すると、リュカが手のひらに乗せた透明な球をぽんぽんと上に放りながら、楽しげに言った。
「じゃ、ちゃっちゃと入れにいっちゃいましょうか!」
その軽快な調子に、ハルもつられて笑う。
「そうですね。これで何パーセントになるか、楽しみです」
「ふふ、リュカくんがここまで嬉しそうなのも久しぶりね」
ロザが肩をすくめつつ、ゆるく笑って後に続く。
「それでは、参りましょう」
サイルがそっと声を添えると、自然と皆が歩き出した。
太陽の差さぬジャングルの木々の間を抜け、あの巨大装置のある場所へと足を進める。
やがて、四つのドーム型の装置が見えてきた。静けさの中にも、どこか期待が滲む空気が流れる。
「……戻ってきたでござるな」
クロがぽつりと呟き、誰もが無言で頷いた。
装置の前に立ち、リュカが手にした球を掲げた。
「よーし、じゃあ始めますか!」
「リュカ殿、一緒に入れるでござるよ」
クロがふよんと跳ねながら、リュカの横に並ぶ。
「順番は、小さい方からがよかろう」
「了解! それじゃ、いくぞー!」
リュカとクロが装置のパイプに次々と球を入れていくと、その横にハルもそっと歩み寄ってきた。
「……ぼくも、一緒にやるよ!」
「もちろんだよ、ハル!」
リュカが笑顔でうなずくと、ハルも手のひらにいくつかの球を乗せて、そっと装置へと差し出す。
「さて、いくつになるかな……」
リュカが装置の表示を見上げながら、わくわくした声で呟く。
装置の表面には、ひとつひとつ球が入れられるたびに数字が変わっていき——
《26%》
「おおおっ! 結構いったな!」
リュカが目を輝かせて叫ぶと、サイルが静かに頷いた。
「やはり、これまでの分も無駄ではなかったということですね」
「じゃあ次は……この二つね」
ロザがそっと布を開き、そこに包まれていた“半分に割れた大木”の球を手渡す。サイズは一番大きな球の半分より少し大きいくらいの、ずっしりとした存在感だった。
「一つ目! 投入……」
《39%》
「そしてもう一つ……」
《52%》
「よし……半分を超えた……!」
ハルが声を上げた。表示が切り替わるのを見つめながら、その手をそっと胸元で握りしめる。
沈黙のあと、誰からともなく視線がロザへ向けられた。
「……いよいよ、大物いきますか」
ロザが微笑みながら、残された球——あの大木から得た最大のものを手に取る。淡く光をたたえたその球は、まるで彼女の手の中で鼓動しているかのようだった。
「さあ、最後のひと押しだな」
アオミネが肩を鳴らし、にやりと笑う。
「わくわくしてきたでござるな……」
クロもふよんと跳ねながら、装置に視線を移す。
「じゃあ、入れるよ」
リュカが球を受け取り、透明なパイプの吸入口にそっと差し込む。コトリ、と心地よい音がして、それがゆっくりと装置の奥へと吸い込まれていった。
《76%》
表示が変わった瞬間、ロザが目を見開いた。
「ちょっと待って……これ、もしかして——」
「……100%、いくんじゃないですか?」
ハルが思わず呟く。皆の胸の奥に、ざわりとした期待が広がる。
「でも、ここから何が起きるかわからないわ」
ロザが静かに周囲を見回す。
「転移するかもしれないし、ボス戦が始まる可能性もある。全員、準備を整えて」
「了解」
サイルが小さく頷き、腰のポーチを整える。
各々が武器を確認し、魔導具の状態をチェックし、深く呼吸を整えた。
そして、いよいよ——
「……いきます」
ハルがそっと、最後の球を手に取り、ゆっくりと吸入口へと差し込んだ。
しばしの沈黙。
次の瞬間、黒く平らな装置の表面に、白い文字がふわりと浮かび上がった。
《100%》
その刹那——
ゴウン、と重低音が地を揺らす。
装置の内部で何かが動き出し、金属が回転するような響きが森の奥深くに響き渡った。
「……動いた……?」
ハルが思わず声を漏らす。
「さあ、ここからが本番だ」
アオミネが笑みを浮かべ、まっすぐに前を見据える。
「やっと、ここまで来たんですね……」
リュカの声には、高揚と緊張がないまぜになっていた。
——鼓動が高まる。
何が待っているのかは、誰にもわからない。
けれど、確かなのはただひとつ。
彼らはもう、迷ってはいなかった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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