大木最終戦
大木を倒したのも束の間、もう一体の大木と戦っているクロとアオミネのことが気がかりで、ハルたちの視線は自然と森の奥へと向けられていた。
その時——
森の向こうから、複数の足音が駆けてくる気配がした。
「……あれは……?」
全員が音のする方向へと視線を向けた。枝葉をかき分けて現れたのは、クロとアオミネだった。
「戻ってきた……!」ハルが目を見開く。
「大木はどこかに置いてきたの?」ロザが率直に問う。
アオミネは軽く肩をすくめて、「いいところまではいったんだけどな。ちょっと火力が足りなくて……」と答える。
「リュカ殿、いけるか?」クロが問いかけるように振り向いた。
「もちろんです!」リュカは胸を張って答えた。「こっちはハルがほとんど一人で倒しちゃったから、もう元気が有り余ってますよ!」
「……ひとりで?」
クロとアオミネが同時に驚きの声を漏らすが、それ以上深く追及することはなかった。
「その話は後で聞こう。今は急がないとな」アオミネが顔を引き締める。
リュカが剣を腰に手を添え、「行きましょう、今度こそ燃やし尽くしてやります!」と力強く宣言する。
「私たちも行きましょうか?」とロザが立ち上がる。
しかし、アオミネは一歩下がって頭を軽く振った。「いや……その感じだと、ハルはもう限界だろう。ロザ、サイル。ハルについててやってくれ。あと少しだから、任せとけ」
「……わかったわ」ロザが小さく頷く。
「危なくなったらすぐ戻ってきてください」とサイルも穏やかな声で送り出す。
三人は言葉を交わす暇も惜しむように、すぐさま再び森の奥へと姿を消していった。
その先頭を駆けるクロは、地を滑るように、枝から枝へと跳ねる。後ろを走るアオミネとリュカは、それに食らいつくように地を蹴った。
「とりあえず、状況を説明しておくな」
アオミネが息を切らさずに声を張った。
「重力魔法で、全体にある程度ヒビが入ってるはずだ。お前の剣と火魔法で、その綻びに直接火を入れてくれれば……倒せる見込みがある」
「はい!わかりました!」
リュカが力強く応じると、アオミネが少しだけ間を置いて、声の調子を落とした。
「それでな……言いにくいんだけどさ……」
「はい?」
「……さっき、一度は幹を半分に割ったんだよ。でも……そっからなんと、半分の大木が二体になった」
「……え?」
リュカがきょとんとした顔で目を丸くする。
「に、二体ですか……?」
「まぁ、見りゃわかる。百聞は一見にしかずってやつだ」
アオミネが乾いた笑いを漏らし、クロが前方でぴょこんと振り返って頷いた。
「ともあれ、急ぐでござるよ。奴ら、もうこちらの気配に気づいてる」
クロの声に応じるように、茂みの向こうで空気が震えた。半分に割れた大木の片割れが、ゆっくりと身を起こすようにうねり、無数の蔓が風を切りながら伸びてくる。
「……さあ、始めるでござるよ」
クロが淡々と呟き、刀に変化させた体を構える。アオミネも隣で笑みを浮かべ、重心を低くした。
「俺とクロが、蔓と葉をどうにかする。恐らく一体の強さは半減してるはずだ。頼んだぞ、リュカ!」
「了解ですっ! いくぞーっ!」
リュカが声を上げて、真っ直ぐに大木へと飛び込んでいく。その背を見送りながら、アオミネがぽつりと呟いた。
「……ほんと、あいつは前しか見てねぇな」
「まっすぐでござるな」
クロが笑いながら応じ、ふたりはすぐに左右へ展開。伸びてくる蔓を切り払い、葉の攻撃を迎撃していく。
リュカは幹を駆け上がりながら、先程、アオミネがつけたと言っていた、ひび割れの痕跡を探していた。目を凝らせば、確かに幾筋もの亀裂が、木肌に広がっている。
「——ここだ!」
燃え立つ魔力をそのまま剣に乗せて、リュカは火剣魔法を発動。剣が亀裂に深く差し込まれると、炎が走り、木の芯へと燃え広がっていく。
同時に、アオミネの重力魔法が再び幹に圧をかけ、元々脆くなっていた木の表面に、さらなる歪みとひび割れを生じさせた。
「いいぞ……そのまま押し切れ!」
リュカはひとつ、またひとつと亀裂を見つけるたびに剣を突き立て、炎を送り込む。クロとアオミネはその間も攻撃を受け止め、迎撃を続けていた。
炎が走るたび、木の幹に走るひびは音を立てて広がっていく。木の葉は焼け落ち、蔓は暴れ狂いながらも、徐々に動きを鈍らせていく。
やがて、全体に火が回り——
「燃え尽きろ……!」
リュカの最後の一撃が幹を貫いた瞬間、炎が一気に爆ぜ、燃え広がる。火の粉が舞い、音を立てて枝が崩れ落ち、黒煙が空を覆っていく。
そして、その足元に転がったのは、大木の“半身”から得られたひとつの透明な球。完全なものよりやや小ぶりながらも、それでも確かな魔力の光を湛えていた。
——一体目、討伐完了。
だが、息をつく暇はなかった。炎の残り香がまだ空に漂う中、最後の一体が地を鳴らしてこちらへと迫ってくる。
「よし、仕上げといこうぜ!」
アオミネが小刀をくるりと回し、もう一度、重力魔法の気配を練り上げていく。
「拙者は左へ回る。囮と斥候、同時に務めるでござる!」
クロが地を蹴り、音もなく木陰へと跳び込む。その姿はもはや影と一体だった。
「了解です!」
リュカが剣を握り直し、燃え残った枝の上を蹴って駆ける。すでに最初の一体で勝利の感覚を掴んでいた。
アオミネが、重力魔法を重ねがけするたびに、木の表皮に軋みが走る。亀裂が刻まれていくのを見届け、クロが鋭く跳び、音もなく弱点を斬り開いていく。
「リュカ、いまだ!」
「はいっ、任せてください!」
再び火剣が振るわれ、深く刻まれたヒビに燃え盛る魔力が注ぎ込まれる。葉を焼き、幹を包み、炎が次第に全体へと広がっていく。
「もう少し……もう少し……!」
リュカが声に出しながら斬り続けた。クロが再び蔦を断ち、アオミネが敵の動きを封じる。
やがて、二体目の巨体も——音を立てて、火に包まれながら崩れ落ちていった。
「……よし、終わった」
アオミネが小刀を下ろし、額の汗を拭う。
「これで本当に最後、でござるな」
クロがふわりと舞い降り、リュカとアオミネの肩を見上げる。
静かな灰の中に、先程と同じ大きさの、透明な球がひとつ。魔力を帯びて、かすかに脈打つような光を放っていた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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