アオミネとクロの戦い
蔦が空を裂く。大木の怒れるような唸りと共に、無数の枝と葉が波のように押し寄せてくる。その中を、アオミネとクロは互いの背を預けながら縫うように駆けていた。
「こっちに引き寄せて……よし、この辺りで十分離れたな!」
アオミネがそう叫び、振り返りざまに伸びてきた蔦をダークホールで引き寄せ、地面に叩きつける。反応するように別の蔦が背後から迫るが、そこに小さな影が飛び込む。
「抜かりなく!」
クロが、鋭く走った一閃と共に蔦を切断する。アオミネは息を整えながら、ふっと笑った。
「なあ……こういうの、なんか思い出さねぇか?」
「……思い出すでござるよ。昔、二人でずいぶん色んな魔物を倒したでござったな。拙者も、まあ魔物の部類でござるが」
「ははっ、そこはあえてスルーしとくぜ」
冗談まじりのやりとりの最中も、ふたりの動きは止まらない。片方が囮になれば、もう一方が斜線を切り裂くように援護し、反撃すれば確実に打ち返す。何も言わずとも、動きが噛み合っていた。
「なあ? まだ駆け出しのあの二人に頼りっぱなしでさ、なんか俺たち……カッコ悪いよな」
「……うむ。そうでござるな。なるべくあの二人には、これ以上危険な目に遭ってほしくない。……もし、我ら二人でこの大木に出会っていたらどうしていたでござろう?」
「そりゃあ、決まってるだろ」
アオミネが口角を上げ、小刀を構え直す。隣ではクロが、身体の一部をすっと刀の形に変え、軽やかに地を蹴った。
「——全力で、叩き潰す」
「拙者も同意でござる!」
「よし、じゃあ——いっちょ頑張ってみっか!」
ふたりの声が重なった瞬間、再び戦場が走る。弾けるように動き出したアオミネとクロは、第二戦の猛攻へと、真正面から飛び込んでいった。
「クロ! 俺が《ダークホール》で圧をかける。限界まで力を込めれば、幹のどこかに綻びが出るはずだ! そこを狙え!」
アオミネの叫びに、クロが跳ねながら頷く。
「ひび割れを攻撃するんでござるな! 心得た!」
「そうだ。木は一定方向に割れる構造だ。もし運が良けりゃ、そっから一気に——削れるかもしれん!」
「……御意!」
ふたりは短く気合を交わすと、すぐさま陣形を取り直し、作戦を開始した。
アオミネは深く息を吸い込み、地面に片膝をつく。
「《ダークホール》——展開」
黒い魔力が空間に渦を巻き、巨大な圧が大木を包み込む。だが、案の定、魔力は弾かれるように拡散しかけた。
「……っち、やっぱり一撃じゃ無理か——なら!」
もう一度、詠唱に力を込める。
「《ダークホール》!」
二重に重なった重力魔法が幹に深く沈み込むように作用し始める。空気が歪み、大木がかすかにきしむ。
「もう一回いけるか、俺……!」歯を食いしばり、三度目の詠唱。
「《ダークホール》!」
ギリギリと幹の表皮がねじれ、膨張するようなうねりを見せた——その瞬間だった。
「……キタ!」
クロが、乾いた「パキッ」という音をとらえる。幹の一部に細い亀裂が走っていた。クロはすぐさまその方向へ跳躍し、視線を滑らせながら、その一筋の“綻び”を探し始める。
幹を滑るように駆け上がりながら、クロは木肌を鋭く見極めていた。その視線がふと止まる。
「……ここでござるな!」
乾いた「パキッ」という音を頼りに、見つけ出したのは、ほんの数センチの細いヒビ。クロは一気に跳躍し、空中で体をひねると、刀と化した腕をその一点に向かって振り下ろした。
鋭い一閃が亀裂を貫き、そのヒビは、まるで水面に落ちた石のように波紋を広げながら、幹全体に走っていく。
——バキバキッ。
次の瞬間、轟音と共に、大木が真っ二つに割れた。
「よし……やったか……!?」
クロが地面に着地し、手応えに息を吐いたその時だった。
「……ん?」
その場にいたアオミネが、違和感を覚えて顔を上げる。
——“割れた”大木の両断された半身が、それぞれゆっくりと、ギィ……と音を立てて動き出した。
「おいおいおいおい……増えてるじゃねえかよ……!」
思わず後ずさるアオミネ。
「これは……反則でござる……」
クロも目を細め、額に汗を滲ませながら小さく唸る。
すると、その場に似つかわしくない呆然とした声が、遠くから聞こえてきた。
「くそーっ、俺の出番が……俺のフレイムエッジが……なくなったあああぁぁ!!」
リュカの嘆きの声が、森に虚しく響き渡る。
その叫びを耳にしたアオミネが、戦いの最中にもかかわらず、口元をゆるめてニヤリと笑った。
「なぁ? お前の弟子、なんか叫んでるぞ」
クロはひとつ瞬きをしてから、枝にふわりと飛び乗ると、肩をすくめるようにして答える。
「そうでござるな。これはひとつ、見せ場を作ってやるのも——師匠の務めというものではないか?」
「乗り気じゃねぇか。まぁ……ここまで引きつけておいたんだ。あとは渡してやるか」
アオミネは肩を鳴らしながら、木々の間を見上げる。巨大な大木は、ふたりが距離を取ったことでその場に静止し、再び攻撃の気配を探っている様子だった。
「よし、じゃあ連れてくるか」
「拙者が案内するでござる。着いてきてくれ」
ふたりは無言で頷き合い、大木に背を向けて一気に距離をとった。風を裂くように走り抜けながら、クロは枝から枝へと軽やかに跳躍し、アオミネは地を蹴って走り、リュカの元へと急いだ。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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