囮作戦と大木
だが——。
「アオミネさん、後ろっ!」
ハルの叫びと同時に、鋭く伸びてきた一本の蔦が、アオミネの肩を狙って襲いかかった。
「——っと、危ねっ!」
ぎりぎりで身を翻し、すんでのところでかわすアオミネ。だが、避けきれなかった蔦の先が地面を穿ち、抉られた土がはじけ飛ぶ。
「こいつ、まだ動けたのか!? いや——」
その言葉を遮るように、今度は別の方向から飛んできた蔦が、クロを狙う。軽やかに跳躍しようとしたその体を、太くしなる蔦がとらえた。
「しまっ——!?」
蔦に絡め取られたクロの身体が空中で止まる。だが、次の瞬間——
「——でござるっ!」
その小さな身体が、ふわりと形を変え、蔦の隙間をすり抜けるようにして脱出する。もとの姿に戻ったクロは、すぐさま距離を取りつつ、鋭く叫んだ。
「もう一体……いや、今のは別個体でござるな! 二体いる!」
「……二体!?」
リュカが目を見開き、周囲を見渡す。大木にそっくりな、けれど確かに異なる“存在”が、奥の茂みからゆっくりと姿を現していた。
「うそだろ……あの大木が、今度は二体同時……?」
「やばいな、しかも……さっきより動きが速い気がする……」
アオミネが片膝をつき、冷静に相手を見据えた。伸びかけていた蔦の動きに目を細め、油断なく剣を構える。
ロザが緊張した面持ちで、仲間たちを見回す。
「……一度、引いて拠点に戻るべきかもしれないわ。セーフティゾーンを利用して、体制を立て直した方がいい」
その声に、ほんの一瞬、全員が動きを止めた。
「待て、それなら——俺とクロで、一体を引き離す」
アオミネが声を上げ、素早く立ち上がる。「風魔法も火魔法もない以上、倒すのは難しい。でも、囮になるくらいはできる」
「……アオミネ、つまり?」
クロがぴょん、と肩に乗りながら問いかける。
「奴らがまとまって動かれると厄介だ。だったら、どっちか一体を俺たちが引きつけて、森の中で時間稼ぎをする。残った一体を、全力で削ってもらおう」
「ふむ、それは良策でござるな」
クロはすぐに納得し、小さく頷いた。「我ら、翻弄して参る!」
「アオミさん、クロ……二人だけ?」
ハルが心配そうに声をかける。
「おう。俺たちに向いてる役割だろ?」
アオミネが不敵に笑って、軽く拳を握った。「全力でかき回してやるよ。合図が要るときは——クロ、頼んだぞ」
「任せるでござる!」
クロは元気よく跳ねながら、すでに準備万端の様子だった。
ロザは一瞬だけ考えたあと、きっぱりと頷く。
「じゃあお願い。私たちは、こちらの一体を確実に仕留めるわ」
「了解。じゃ、行ってくる」
アオミネは軽く手を振って背を向けると、茂みの中へと素早く駆け出していった。
「いざ、参るでござるよ!」
クロの声が森に響く。
残された仲間たちは、それを目で追いながら、それぞれの武器と魔力に改めて力を込めた。
「こちらも全力で行くわよ!」
ロザが鋭く告げると、全員の視線が自然と集まる。
「まずは——リュカくん。さっきと同じように木の葉を燃やせるかしら?視界が開ければ、それだけでかなり戦いやすくなるわ」
「任せてください!」
リュカが頷き、魔力を込めた手を構える。
「葉が燃えたら、次はサイルと私でハルくんを守るわ。水分を吸い取るまで、少しでも時間を稼がなきゃ」
その言葉に、ハルが不安げに口を開いた。
「でも……ロザさん、水魔法は使わない方が……木にとって、水は命みたいなものじゃ……」
ロザは片目を閉じて、すっと微笑んだ。
「大丈夫。ダメージを与えるのではなく、ただ“振り払う”だけ。こういう時のために、別の手段も用意してあるのよ」
そう言って見せたのは、手元で形作った——氷の剣。
細身で無駄のない美しさを備えた刃が、淡く冷たい輝きを放っていた。
「鋼くらいの強度はあるの。あまり振り回すことないけど、蔦くらいなら役には立つはずよ」
「……ロザさん、剣まで使えるなんて……」
リュカが感嘆の声を漏らし、ぽかんとした表情を浮かべる。
「かっこいい……」
その瞬間だった。
「来るわ!」
ロザが鋭く声を上げ、残された一体の大木が、唸るような音と共にこちらへと蔓を伸ばし始めた。
「——フレイムアロー!」
リュカが真っ直ぐに魔力を込め、火の矢を空高く放つ。炎の矢は枝葉の密集した部分へ突き刺さり、たちまち火が広がっていく。
「戦闘開始だっ!」
リュカが叫び、剣を抜いたその瞬間、再び戦場の空気が緊張に包まれた。
放たれたフレイムアローは、ぱちぱちと乾いた音を立てながら、炎は葉を次々と焼き尽くし、視界をひらけたものの——やがて、燃え上がった火は鎮まり、枝の先端にはまた新たな蔦がうごめき始めた。
「やっぱり、葉は焼けるけど、根本までは届かないわね……」
ロザが構えた氷剣を揺らしながら、周囲を警戒する。
「ここからが本番ですね」
サイルが静かな口調で告げると同時に、伸びてきた蔦を素早く魔法障壁で受け止めた。ロザもそれに続いて、氷剣で的確に蔦を叩き斬る。
「ハル! 今よ、お願い!」
ロザの声が、鋭く戦場を貫いた。
「はいっ!」
呼応するように、ハルが幹へと駆け出す。風を切る足音と共に、彼の小柄な体は迷いなく敵の懐へ飛び込んでいった。
——まだ、恐くないわけじゃない。それでも。
「《ウインドサークル》!」
幹に両手を当て、風の魔法を展開する。ハルの周囲に、目に見えない渦が生まれ、木の内側から水分を巻き上げるように、ゆっくりと気流が流れ出していく。
(いける……また、ちゃんと吸い出せてる……!)
風が唸り、乾いた音を帯びて幹に浸透していく。頭上で揺れる葉の音が変わり始めるのを、ハルは確かに感じ取っていた。
「ここからは——絶対、通さん!」
サイルとロザがその背を守るように、次々と迫る蔦を切り払う。三人の連携が、戦場に新たな流れを生み出し始めていた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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