乾きを導く風
「そうよ。木にとって、水は血液のようなものだもの」
ロザが静かに答える。
「ですよね。それに、湿っていたら火はつきにくいです。ということは、水をなくしてしまえば……燃え尽きて倒せるのではないでしょうか?」
ハルの声には確信があった。頭の中で繋がったイメージが、理屈としてはっきりとした手応えを与えてくれる。
その言葉を聞いたロザが、ふと首元のペンダントに視線を落とした。
桃色の花が透輝液に封じ込められたそれは、つい先日、ハルが作ってくれたものだった。確かこの花は、アオミネと協力して押し花にしたと言っていた。——そういうことができるのなら。
「……なるほど。そういうことね」
ロザがぱちんと指を鳴らした。
「ハルくん、いける?」
「はい! 行ってきます!」
ハルはすぐさま立ち上がり、リュカたちのもとへ駆け出す。その背中を見送りながら、ロザが声を張った。
「アオミネ、クロ! 今から大木の“水分”をハルが奪うわ! その間、攻撃から援護して!」
「リュカくん、吸い出しが終わったら、さっきの火の剣でもう一度いって!」
「了解!」
リュカが即座に叫び、剣を構え直す。
「任せろ!」
アオミネが武器を回しながら、大木に向かって再び突進体勢を取る。
「拙者も参るでござる!」
クロが地面を蹴って跳び上がる。
3人は、ハルが駆けてくるのを、蔓を斬り払いながら迎えに出る。
風が揺れる。魔力が走る。
その中心に、ハルの小さな足音が真っ直ぐに響いていた——。
幹へと駆け寄る途中、ハルに向かって伸びてきた数本の蔓が、アオミネの斬撃とクロの跳躍によって次々と断ち切られていく。空気を裂く音と共に、視界が次々と拓けていく中、ハルは迷わず突き進んだ。
「ハル、急げ!」
「今でござる!」
二人の声を背に、ついに大木の根元に到着したハルは、幹に手を当てた。己の魔力をそのまま掌から解き放つ。
(イメージ、イメージ……! 水を引っ張り出すんだ!)
目を閉じ、サイルに教えられた「魔力の流れを形にする」感覚を思い出しながら、風魔法を行使する。
風が幹にぶつかると同時に、空気の層が木の内部に染み込み、蓄えられた水分を掻き出すように引きずり出していく。
「……あっ」
その瞬間、ハルの頭上から、ふわりと白い蒸気のようなものが立ち上り始めた。まるで身体そのものが風と水分を循環させているかのように。
「なっ……!? な、なんだ今の!?」
「ハルの頭から、湯気……?」
遠目から見ていたクロとアオミネが同時に驚きの声を上げる。
「おい、ハル! 無理すんな、大丈夫か!?」
アオミネが一歩踏み出しかけながら問いかける。
しかしハルは振り返ることなく、幹に集中したまま、明るい声で答えた。
「はい、大丈夫です! 水分、ちゃんと吸い上げられてる感覚あります!」
そう言ったハルは、幹に両手を当てたまま、目を閉じて魔力を流し続けた。風魔法によって、木の内部から空気が送り込まれ、ゆっくりと水分を引き剥がしていく。周囲の空気はじんわりと湿り気を帯び、ハルの額には汗が滲んでいた。
——その間も、大木は攻撃の手を緩めない。
「こっちに来るでござる! 四本、いや、五本の蔓、同時に!」
「わかってる!」
クロの声に即応して、アオミネが重力魔法を一点に集中させる。引き寄せられた蔓をクロが高速で斬り落とし、地に叩きつける。
「……くっ、何て数だ!」
「持ちこたえるしかないでござるよ!」
二人は攻撃を捌きながらも、ハルから意識を逸らさないよう細心の注意を払っていた。まるで、彼を守る“盾”として戦場に立つ双壁のようだった。
数分間の攻防の末——。
「……そろそろ、いいと思います!」
幹に手を当てていたハルが、ようやく顔を上げてそう叫んだ。彼の額には汗がにじんでいるが、瞳ははっきりと光を宿していた。
「——交代だな!」
すかさずリュカが声を張り上げ、燃えるような勢いで前に出る。ハルと位置を入れ替えながら、すでに詠唱に入っていた。
「《フレイムエッジ》!」
炎の魔力が剣を包み、赤々とした焔が刃を包む。そのままリュカは迷いなく大木へと突進した。
「今度こそ、燃え尽きろおおおぉぉっ!」
炎を纏った剣が幹に叩き込まれた瞬間——
ゴォッ、と空気が揺れ、乾ききった木肌が爆ぜるように燃え上がった。音を立てて舞う火の粉が、枝葉を巻き込み、炎は瞬く間に大木全体へと広がっていく。
「やったな、リュカ!」
アオミネが息を整えながら、にやりと笑う。
「ふふん、当然でござるよ!」
クロが胸を張って跳ねながら、まだ小さく揺れる火花の中で誇らしげに言う。
「今回は手応えありました!」
リュカが剣を肩に担ぎながら、汗をぬぐって笑う。頬には煤がうっすらと付いていたが、その顔には満足そうな光が宿っていた。
燃え盛る大木から、四人は素早く距離を取り、待機していたロザとサイルの元へと戻る。皆、息を整えながらも、その背後の炎の様子から目を離さない。
「倒せたかしら……」
ロザが低く呟く。表情は冷静なままだが、その声には微かな不安と期待が滲んでいた。
「これで終わり、であってほしいですね」
サイルは、炎の収束をじっと見つめる。
ハルはポシェットを押さえながら、祈るような気持ちで頷いた。
——やがて、燃え盛っていた炎は、音を立てながら徐々に勢いを失っていく。葉はすでに焼き尽くされ、幹の一部は黒く炭化して崩れ落ち、静寂が森の中に戻り始めた。
そして——。
「……あっ!」
ハルの声が、静けさを破った。
黒く焦げた幹の根元、崩れた灰の中から、何かが転がり出た。
《コロン……》
それは、透明で、ほんのりと青く輝く球体だった。だが、今までのどの球よりも、圧倒的に大きい。頭ほどはあろうかというサイズの球が、微かな光をたたえながら、静かに横たわっていた。
「……でかっ」
リュカがぽかんと口を開け、呆然とそれを見下ろした。
「ふむ、間違いなく今回の最大のドロップでござるな」
クロが腕を組んで、満足げに頷いた。
「やった……本当に倒せたんだ」
ハルの声は安堵と興奮の入り混じった、ほっとした吐息のようだった。
その場にいた全員が、しばし言葉を失って、ただその光に見入っていた。ほんのひとつの成果。それでも、確かに前に進んだ証が、そこにあった。
なんとか、本日もう一話更新することができました。
また少しずつ、評価やブックマーク、リアクションボタンでの反応をいただけていて、本当に励みになっています。ありがとうございます。
これからも、コツコツと丁寧に書き続けていけたらと思っています。
引き続き、物語を楽しんでいただけたら嬉しく思います。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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