5.挨拶の仕方
結果としては、フィリベルトが上着を脱いでからビアンカを抱き上げて、必死にあやして。今夜は食後におやつを追加するという条件で、ようやくビアンカが納得したみたいだった。
というか、こんな時でも上着はちゃんと脱ぐんだね。ホントに毛をつけちゃいけない服なんだね、それ。あと、脱いだら別にいいんだってことにちょっと驚きだよ。それともホントはダメだけど、見えないからいいやってことなのかな? どうなんだろ?
『次はないわよ』
「本当にごめんよ。今後は軽々しくそんなことは言わないから」
『えぇ、約束よ』
おそらくホントに次はないんだろうな、なんてことを思いつつ。疑問を抱きつつも会話を聞きながら様子を見てたボクは、ここでようやく本来の目的を思い出した。
思い出した、んだけど……。
(セレーナ、本当にこんなニンゲンのオスでいいの?)
ビアンカの機嫌を損ねないように、気を遣うような王子様で。
(とはいえ、女の子は繊細だから気をつけなさいって、お母さんに教えてもらったからなー。きっと、こういうことなんだろうね)
なんて、ちょっと無理やり自分を納得させて。とりあえず、今度は別の時にフィリベルトの様子を見てみようかなって考えた。
ニンゲンって不思議なことに、相手が違うと態度も変わる生き物なんだよね。ボクはそのことを、よく知ってるから。
「そういえば、結局君はどこの子なのかな?」
次はニンゲンと接してる時のフィリベルトを観察してみようかな、なんて思ってたら、今度は唐突にボクに話しかけてこられて。
『ボクの言葉が分かるなら、教えてあげられるんだけどね』
ついつい、そう答えちゃった。
だってニンゲンって、ボクたちの言葉を理解してくれないんだもん!
だから時折、勝手に色々と解釈されちゃったり、変な方向に話が進んでいっちゃう時があるんだよね。
ホント、ニンゲンとコミュニケーション取るのって難しいんだよ。
「そもそもオスなのかな? それともメスなのかな?」
『それすら分からないまま、恋だとかなんとか言ってたのね』
呆れた様子で尻尾をひと振りしたビアンカの姿は、フィリベルトの目には映ってなかったみたいだけど。文句を言うその声を聞いてから、腕の中の存在に目を向けてた。
「ビアンカは、この子がどこの子か分かるのかい?」
『分かるわけないじゃない。でも、オスだってことなら分かるわ』
まぁ、そうだよね。分かるわけないよね。
でも、ボクがビアンカをメスだと認識できるように、ビアンカもボクをオスだってちゃんと認識できる。
なんでって聞かれると、なんとなくとしか言えないんだけど……。なんか、分かるんだよね。
「う~ん……。こういう時、君たちの言葉が分かるといいのにと本気で思うよ」
『奇遇ね。ワタシもそう思うわ』
『同感』
つい頷いちゃったボクたちだけど、この言葉すらフィリベルトには理解できてないんだから、本当に不便だよね。
「まぁ、せっかくここまで来てくれたんだ。たまにでもいいから、遊びにおいで」
『あら、いいの?』
フィリベルトの言葉が意外だったのか、ビアンカがちょっと驚いた様子で目を向けたけど。その頭を、優しくひと撫でしてから。
「いつもこの部屋に、君を一人だけにしてしまっているからね。友達が来てくれるのであれば、少しは寂しさも紛らわせると思うよ」
『……だから、友達じゃないって言ってるじゃない』
撫でる手と同じくらい優しい声で、ビアンカに向かってそう言うフィリベルト。
たぶんビアンカは、そこに含まれる色んな優しさを感じ取ったんだろうね。反論はしつつも、どこかまんざらでもなさそうに、おとなしく撫でられたままだったから。
「あぁ、そうだ。まだ挨拶していなかったね」
ひとしきりビアンカを撫でたあと、フィリベルトは思い出したようにその場にしゃがんで、ボクに指を差し出してくる。どうやら、ボクたちネコとの挨拶の仕方は知ってるみたい。
『じゃあ、お言葉に甘えて時折遊びに来るね』
一応さっきの言葉に返事をしてから、ボクはその指先に近寄って、そのニオイを嗅ぐ。これで、フィリベルトのニオイは覚えた。
『……まぁ、フィリベルトがいいって言うのなら、ワタシも構わないわよ』
その間に小さく聞こえてきた声には、あとでちゃんとお礼を言っておこうと心に決めて。まずはビアンカに嫌われない程度には、しっかりと差し出されたフィリベルトの指先にすり寄って、受け入れてもらうことにした。
今後の偵察の時に、そのほうが役に立つかもしれないからね!