4.ビアンカとフィリベルト
「もしかして、ここに来るのは今日が初めてじゃなかったりするのかい?」
『いや、今日が初めてなんだけど……』
普通に話しかけてくるから、思わずボクも普通に返しちゃったけど。たぶんというか、確実に通じてないと思う。
けどそんなこと関係ないのか、フィリベルトはボクにひたすら質問してくるんだけど。
「赤いリボンをしているということは、どこかで飼われている子だろう? 迷子か?」
『迷ったからって、ここまでは普通来れないわよ』
「それとも、ビアンカのお友達かな?」
『違うわよ! さっき初めて会ったわ!』
ボクが答えるよりも先にビアンカが返すから、口を挟む暇もないまま。
それにさっきよりもかみ合わない会話に、思わずボクも面白くなっちゃって様子を見てたら。最終的にビアンカがフィリベルトの言葉に怒ったのか、その腕に尻尾をペシペシ叩きつけてた。
ボクと友達だってことを否定したかったのか、それとも言葉が通じないことにイラついてたのかで、こっちの受け取り方も変わるんだけどな。なんて考えてたら。
「ごめんごめん。そうか、違うんだね。分かったから、怒らないでおくれ」
さすがにビアンカが不機嫌になったことを察知したらしいフィリベルトが、申し訳なさそうに謝ってた。
それに対して、ビアンカはフンッと鼻を鳴らすと。
『分かればいいのよ、分かれば』
なんて言いながら、それでも怒っていたことのアピールなのか、そっぽを向いてたけど。
(尻尾がおとなしくなったから、もう怒ってないことバレバレだよ)
実際フィリベルトなんて、どこか愛おしそうにビアンカのこと見てるし。
ビアンカが言ってた通り、フィリベルトが彼女一筋なのは間違いないかも。というか、ものすごく溺愛してる。正直、ちょっと重いかもって思っちゃうくらいには。
(ビアンカがそれを問題なく受け入れてるなら、それでいいんだろうけどね)
ボクとセレーナとは、また違う距離感だなって純粋に思う。
「ハッ! 待ってくれ。友達じゃないということは、まさか……」
『まさか、なによ?』
途中で言葉を切って、前足……じゃなくて、手で口元を覆うフィリベルト。
その姿に、僕とビアンカはちゃんと声を聞き取ろうと、耳と一緒に首を傾ける。
(そうそう。ニンゲンの前足は「手」って呼ぶんだよね)
昔そんなことを誰かから教わったんだけど、ついつい自分と同じように前足って一瞬思っちゃう。
なんて、余計なことを考えてたボクは。
「まさか、ビアンカの恋のお相手じゃないだろうね……!?」
自分で言っておきながら、驚いたような顔してこっちを見てくるフィリベルトの言葉に、一瞬反応し損ねて。
『……は?』
『そんなこと、もっとあり得ないわよ!!』
シャーッ! と、威嚇と同じ声を出して本気で怒ってるビアンカに、反論する隙を奪われちゃった。
ボクとしたことが、不覚……!
『なんで! ワタシが! 知りもしないオスと!』
「ご、ごめんごめんっ……! 私が悪かったから、怒らないでおくれ……!」
というか、さっきも同じような言葉を聞いたばっかりな気がするんだけど。
唯一違うのは、今度こそ本気でフィリベルトが焦ったように見えること、くらいかも。
もしかして、実はこの王子様、おバカなのかな?
『フィリベルトでも、言っていいことと悪いことがあるんだから!』
「ビアンカ、許しておくれ~!」
なかなか機嫌が戻らないビアンカに、必死に謝り倒すフィリベルト。
怒らせるようなことを言ったフィリベルトが悪いんだけど、ビアンカもビアンカでフンッと鼻を鳴らして、今度はずっと不機嫌そうに尻尾をブンブン振ってる。
(これは、たぶんしばらくは許されないんじゃないかな~)
今日初めて会ったけど、ここまでの会話のやり取りとかから分かるビアンカの性格なら、なんとなくそんな気がして。
とりあえずボクは変に刺激しないように、おとなしく様子を見守ることにした。