3.王子様?
気持ちはすごくよく分かるから、せめて少しでも慰めてあげようと口を開きかけた、その時だった。
「それでは、後ほどお迎えにあがります」
「あぁ」
突然部屋の扉が開いて、誰かが入ってきた。
正確に言えば、扉を開けたニンゲンはそのまま出ていって、残ったのは一人だけ。
聞こえてきた声は両方ともニンゲンのオスのものだったし、もしかしたらフィリベルトかもしれないと思って、ボクはとりあえず様子を探ろうとしたんだけど。
それよりも先に。
「ビアンカ~」
それはそれは甘く優しい声で、そのニンゲンがこっちに近づいてきた。そのまま、白っぽいネコに頬擦りして。
「あぁ、ビアンカ。執務で疲れた私の心を、君の可愛さで癒しておくれ」
『仕方ないわねぇ』
ビアンカと呼ばれたネコも、まんざらではなさそうな顔で頭を寄せてた。
(というか、あの子ビアンカっていうんだ)
今さらだけど、名前を聞いてなかったことに気づいて。でもそれ以上に、目の前で繰り広げられる会話と光景に、ボクは驚きを隠せなかった。
「あぁ、ビアンカ……! 服に毛がついてはいけないからと、君を抱き上げてあげられない私を許しておくれ……!」
『分かっているわよ。それに、フィリベルトは十分頑張っているわ。だから大丈夫。夜にしっかりとワタシを構ってくれれば』
「あぁっ、ビアンカ……! 可愛いよビアンカ……! 私の天使……!」
背中にニンゲンの顔が埋まってるのに、気にもしてないネコと。愛情表現の激しすぎる、ニンゲンのオス。
しかも、よく見れば。
(長い毛を、リボンで一つにまとめてる……)
つまり目の前の、このニンゲンのオスが、セレーナの恋のお相手ってことになるはず。そもそもさっき、ビアンカがフィリベルトって呼んでたもんね。
将来このあたりの縄張りで一番偉くなる予定の、フィリベルトって名前のニンゲンのオスが、そんなにたくさんいるはずないんだから。
ってことは、だよ?
「ビアンカ~。たまには二人でゆっくりしたいと思わないか?」
『あら、ステキね。可能ならそういう日を作ってほしいわ』
「そうかそうか、君もそう思うか」
『当然でしょう。一人でここに残されるワタシの身にもなってみなさいよ』
不思議としっかり会話はかみ合ってるけど、それはそれは甘い声でビアンカに話しかけながら、だらしない顔をしてるこのオスこそが、セレーナが恋した相手。
(う~ん……)
コレが、セレーナを二度も助けてくれた、王子様?
確かに聞いてた特徴と、完全に一致はしてるけどさ。
「うんうん、そうだね。ビアンカも私と一緒にいたいよね」
『ワタシを連れて行けばいいのよ?』
「私もビアンカとずっと一緒にいたいよ!」
『だから、ワタシを連れて行けばいいじゃない』
あ。やっぱりこの会話、微妙にかみ合ってなかったかも。ビアンカの言葉、正しく伝わってないもん。
というか、セレーナに聞いてた印象とかなり違いすぎて、ボク困惑してるんだけど。本当に、同じニンゲン? フィリベルト違いじゃなくて?
「……おや?」
ちょっと信じられなくて、疑いの眼差しを向け始めてたボクだけど。目の前の光景に色々とついていけなくなって、固まってたら。
「そこにいるのは、どこの子かな?」
「っ!!」
偵察しに来たはずなのに、その本人に見つかっちゃった。
いや、まぁ。この姿はさすがに、ここまで来ないと見れないものだったんだろうけど。
「いったいどこから……あぁ、寝室の窓か。ビアンカは逃げる子じゃないし、人間が忍び込める高さではないからと、油断していたな」
ただ、侵入経路が簡単に見破られたことは、今後に影響するかもしれないし。
さて、どうしようかな。