2.目的地
とはいえ案内役としては、彼女たちは完璧だった。
『そこの窓の開いてるところが、王子様の寝室よー』
『この木の枝からなら、飛び移れるんじゃないー?』
ボクのお家よりもすごく広い場所を、迷わずに移動して目的地に到達できたのは、間違いなく彼女たちのおかげだから。
『えいっ!』
『おー!』
『さすがー!』
アドバイス通り、木の枝から開いた窓の向こう側へ飛び移れば、難なく部屋の中に入ることができた。
『ありがとう!』
『どういたしましてー』
『帰りもワタシたちが案内したほうがいいー?』
『うん、一応。だからそこで待っててくれると嬉しいな』
『分かったー』
『待ってるー』
素直な小鳥たちは、木の枝につかまって座り込む。どうやらここでゆっくり待っててくれるみたい。
ボクと違って、夜は景色があんまり見えなくなっちゃうって前に言ってたから、暗くなる前にはお家に帰れるようにしないとね。
小鳥たちがお家に帰る時間も必要だからと、そんなことを考えながら部屋の中を見回していたボクは、扉が少しだけ開いてることに気づいて。
(もしかして、向こうに誰かいるのかな?)
ニンゲンの気配はしないけど、一応警戒しながら隙間を通り抜けた先で。
『だぁれ? ワタシの縄張りに勝手に入ってきているのは』
『っ!?』
いきなり上から声が降ってきて、思わず真上に飛び上がっちゃった。
完全に扉を通り抜けたあとだったからよかったけど、途中だったら体をぶつけてたと思う。危なかった。
『質問に答えなさいよ』
『……あ』
どこに声の主がいるんだろうと思って、視線を上に向けてみると。少し高い場所に置かれたフワフワのクッションの上でくつろぐ、白に近い色をしたネコの姿。
ボクよりもモフモフした毛並みと、前にセレーナに見せてもらったことのあるエメラルドみたいな瞳の色をしたネコが、不機嫌そうに尻尾を揺らしながら見下ろしてきてた。
『はじめまして! ボクはルシェって言うんだ!』
自分の縄張りに他のネコが突然入ってきたら、当然警戒するよね。逆の立場だったら、きっとボクだって同じように不機嫌になって、警戒してたと思う。
だからなるべく明るく自己紹介することで、怪しくないんだよってアピールしてみたんだけど。
『へぇ。で?』
さすがにそれだけだと、まだ警戒心は解いてくれないみたい。
でも大丈夫! このくらいで、めげるボクじゃないからね!
『キミって、フワフワでキレイだね! ニンゲンにすっごく愛されてるんだね!』
『当然でしょう。フィリベルトはワタシ一筋なんだから』
ボクのお母さんよりも、顔は丸くて鼻は低いけど。その分、すごくカワイイと思う。
それにフワフワの毛並みは、ニンゲンがちゃんとお手入れしてくれてる証拠。そうじゃない子は、すぐボサボサになっちゃうから。
『まさか、アナタもフィリベルトに愛されたいの?』
『違うよ! ボクにはセレーナがいるからね!』
『あら。それならまぁ、いいわ』
どうやら、ボクの回答は間違ってなかったみたい。今の今まで、不機嫌そうにパタンパタンと大きく揺れてたフワフワの尻尾が、急におとなしくなったからね。
それに、ボクはセレーナに一番愛されてれば、ホントにそれだけでいいんだ。他のニンゲンなんていらないの。
そこまで考えて、ふと気づいた。
『あれ? フィリベルトって、ニンゲンのオス?』
『そうよ。ワタシのことを溺愛している、将来この国で一番偉くなるニンゲンのオスよ』
誇らしげに言うその姿に、きっと大好きなニンゲンがすごい存在で嬉しいんだろうなぁと思いつつ。どうやらこの部屋が目的地で間違ってなさそうだと、ボクは確信する。
ただ残念ながら、そのフィリベルトっていうオスのニンゲンの姿が見当たらないけど。
『そのオスは、どこかに出かけてるの?』
『お仕事中なのよ。忙しいヒトだから、昼間はなかなか戻ってこられないの』
フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いたその姿は、もしかしたら少し拗ねてるのかもしれない。
(そうだよね、分かるよ)
ニンゲンの世界にはニンゲンのルールがあるから、仕方がないことだって理解してても。それでもなかなか帰ってこないのは、やっぱり寂しいよね。