6.ネコ使い
「え……猫……?」
「その子は、私を助けてくれた恩人だ」
「殿下!? お目覚めになられたのですね!」
起き上がろうとするフィリベルトに駆け寄って、それを助けるニンゲンのオス。ずっと寝てて体力も落ちてるだろうし、体も硬くて動かないんだろうね。フィリベルトはちょっと険しい顔してるし。
「ご無理はなさらないでください。丸三日以上眠っていらしたのですから」
「……三日? 私は、そんなにも長い間眠っていたのか?」
『もう目を覚まさないんじゃないかって、心配したんだから!』
「……なるほど。だからこんなにもビアンカが怒っているのか」
そっか、フィリベルトはホントにずっと寝てたから知らなかったんだね。
結局クッションをいっぱい背中のところに置いてもらって、それに寄りかかりながらビアンカを撫でてたけど。しばらくしたら別のニンゲンがやってきて、ジャマだからってボクとビアンカは隣の部屋に追い出されちゃったんだ。
当然だけど、その間ビアンカはずーっと。
『ちょっと! 開けなさいよ! ワタシだってフィリベルトと一緒にいたいんだから! ねぇ! 聞いてるの!?』
こんな調子で、扉の向こうにいるニンゲンたちに文句言ってた。時々扉をカリカリしながら。
まぁ、分かるけどね。ずーっと待ってたのに、いざフィリベルトの目が覚めたら追い出されるって、ビアンカじゃなくても怒りたくなるよ。
結局もうしばらくの間は安静にしてるようにって言われたフィリベルトは、やることもないからって早々にビアンカを呼んで、ひたすら撫でまわしてたけど。
「ずっと側にいてくれたのか。ありがとう、ビアンカ。君は本当に、私の天使だな」
『当然でしょ。ワタシを誰だと思っているの』
完全にお互いだけの世界になってる状況に、さすがのボクもジャマするわけにはいかなくって。
ホントはビアンカに、ほらボクの言った通りでしょ、フィリベルトありがとうって言ったでしょって言いたいところだったんだけどね。どう考えても、タイミング今じゃないし。
ってことで、念のためひと声かけてからボクはお家に帰ることにしたんだ。
『じゃあ、ボク帰るから。また明日来るねー』
「あぁっ、ビアンカっ……!」
『なぁに、フィリベルト』
『…………うん、だよね』
ま、完全に無視されたんですけどね。
でも目が覚めたのなら、セレーナにも手紙書いてくれるだろうし。元気になるまでは、別に急がせる必要もないかな。
なんて思ったのが、昨日のことのはずなんだけど。
「ルシェ、また手紙の配達を頼んでもいいかい?」
『……早くない?』
寝室の窓に飛び移ったボクの姿を見たのと同時くらいに、フィリベルトからそう言われて。今日は革袋を持ってきてなかったから、結局そのまま引き返して、一回お家に戻って革袋をくわえて戻ってくることになっちゃったんだよね。しかもなんか、すでに手に持って待ってたし。
「よろしく頼んだよ」
なんて、いい笑顔で言ってきたんだけど。
『……フィリベルトさ、なんか、ネコ使い荒くない?』
『いいから、ほら。早く恋文運んでちょうだい』
『えー? いいけどさぁ』
結局ボクはこの日、窓枠の上でフィリベルトが手紙を革袋に入れるのを見てただけで、部屋の中に入れてもらえなかったんだ。
ビアンカにも急かされたってことは、おジャマだったのかもしれないけどさ。でもなんか、ちょっと寂しくない?
(いいんだけどー。早く手紙を運んであげたら、セレーナが喜んでくれるからさー)
そう思いはするんだけど、やっぱりちょっと納得いかないっていうか、スッキリしないっていうか。
なんだろうなー。このモヤモヤした感じ。




