6.猫吸い
でもそれって、今日の昼間に聞いたことと変わらないんだよね。だから、ボクは知ってたことだし。
それにフィリベルトは、元気になれる秘密をセレーナに教えてくれるって言ってた。
(なのに、セレーナ悲しそうにしてるじゃん!)
『ウソつき』って、思わず声に出しちゃったけど。さすがにセレーナも、ボクがそんなことを口にしてるとは思ってなかったみたいで。
「大丈夫よ。殿下は少し、お仕事で視察に出かけなければならなくなっただけだから。それに、日程は警備の関係で教えてはいただけなかったけれど、戻ってきたらすぐにお手紙を書いてくださるそうよ」
なんて、むしろフィリベルトのフォローをしてるんだけど。
『……しさつ、ってなぁに?』
聞きなれない言葉に、ジッとセレーナの顔を見つめてみる。意味が分からないから教えてって意味を込めて。
でも。
「ただ、ビアンカが寂しがるから遊びに来てほしいとも書かれていたの。だから、ルシェはいつも通り会いに行ってあげてね?」
『うん、まぁ、そのつもりではいるけど……』
残念ながら、ボクのほしい答えは返してもらえなかった。
ボクとセレーナでもこうなんだから、時折ビアンカとフィリベルトの会話がどこかかみ合ってないのは当然なのかも。一緒にいる時間が全然違うんだし。
「そうよね。ビアンカ、寂しいわよね」
『……』
手紙を優しく撫でながら、そう呟くセレーナだけど。それってビアンカのことだけじゃなくって、きっとセレーナ本人のことでもあるよね?
ボクたちのことばっかり手紙でやり取りしてるけど、セレーナはずっとフィリベルトのことが大好きで、手紙が届くたびに嬉しそうにしてるもん。それがしばらくなくなるってなったら、寂しくなるのは当然かも。
『セレーナ、大丈夫?』
読み終わったばっかりの手紙を見つめながら、全然動こうとしないから。思わず心配になって声をかけたんだけど。
「なぁに? ……あぁ。お手紙のお返事なら、殿下がお戻りになるまでは誰かに見つかるといけないから、出さないでほしいって書かれていたのよ」
『それってつまり、セレーナもただ待つしかできないってこと?』
返された言葉に、フィリベルトへの怒りが湧いてきた。ビアンカも、置いてかれて待つしかできないみたいだったし。
ニンゲンって、なんでこんなに色々面倒くさいんだろうね。会いたいなら会いに行けばいいし、もっと自由に行動していいと思うのに。
あと、やっぱりセレーナのこと悲しませてるじゃん!
「ふふ。もしかして、心配してくれているの?」
『もちろんだよ!』
「ありがとう、ルシェ」
勢いよく答えたボクに、セレーナは嬉しそうな顔をして頭を撫でてくれるけど。それだけじゃあ、ボクの怒りはおさまらないからね!
そもそもボクが怒ってる相手はフィリベルトなのに、この場にいないんだもん! 本当に許せないよね!
「ところで殿下からのお手紙に、元気になれる方法が書かれていたの。ねぇルシェ、試してみてもいいかしら?」
フィリベルトへの怒りで思わず手紙を睨みつけながら、机の上で尻尾をバタンバタンと音が鳴るほど振ってたボクだけど。セレーナの言葉に、急いで顔を上げて。
『もちろん! ボクにできることだったら、なんでもするよ!』
まっすぐ目を見ながら、そう答えた。フィリベルトと違って、ボクはずっとセレーナのそばにいられるからね!
ただ。
「殿下のお手紙には、猫吸いって書かれていたのだけれど……」
『ネコすい……?』
また聞いたことのない言葉が出てきて、セレーナをジッと見上げてみたんだけど。なぜか、今度はその顔が、ゆっくりと近づいてきて――。
『……!?』
ボクの背中に、セレーナが顔をピッタリくっつけてきた。しかも、なんか……スーハーしてる音が聞こえるんだけど!?
(これ、どういう状況!? なんでセレーナが、フィリベルトみたいなことしてるの!?)
混乱して固まってるボクのことなんて、全然気にしてないのか。それとも、気づいてなかったのか。
「はぁっ……。これ、なんて素敵なのっ……!」
顔を上げたセレーナは、さっきまで寂しそうにしてたとは思えないくらい満足そうで。声なんて、すごく明るくて弾んでるみたいで。
「ルシェのフワフワの毛とあたたかい体温だけじゃなくて、匂いまで堪能できるなんて……! 殿下はこんな至福の時間をご存じだったのね……!」
そして、この状況を生み出した元凶であろうニンゲンを褒めたたえ始めた。「さすが殿下だわ」とか「最高の癒しだわ」とか。
とりあえず、セレーナが元気になってくれたのはよかった。そういう意味では、確かにフィリベルトはウソは言ってなかった。そう、ウソは、ね。
でも、さ。
(あのっ……! ビアンカ狂いの王子めっ……!)
ボクの大事な大事なセレーナに、なんてことを教えてくれてるんだ!
そもそもセレーナはすっごく素直だから、言われたことはなんでも試しちゃうんだよ! しかもなんか、とっても気に入っちゃってるし!
(ビアンカにあんなにイヤってされてるのに、普通そんなこと教える!?)
そしてボクは今ようやく、あの時のビアンカの気持ちが分かった気がする。
ただ、ボクとビアンカで決定的に違うのは。
「ねぇルシェ、もう一度。寝る前に、もう一度だけ猫吸いをさせてくれない?」
『っ……』
セレーナに頼まれたら、断れないってこと。
それにさっき、なんでもするって言っちゃったし。ここで断ったら、ボクがウソをついたことになっちゃうから。
『……一回だけ、だからね』
ちゃんと先にボクに聞いてくれたし、きっとセレーナはフィリベルトみたいに、いきなりやってくることはないと思うから。
……ない、よね? ボク、信じていいんだよね?
「あぁ、ルシェっ」
『……』
フィリベルト化しちゃったセレーナに、ちょっとだけ複雑な気分になりながら。それでも寂しさが紛れて、少しでも元気になってくれるならもうなんでもいいかな、なんて思いもする。
ただし!
(とりあえずフィリベルトは、帰ってきたら一発殴る!)
爪は出さないけど、力いっぱい殴ってやる!
結局セレーナを悲しませた上に、変なことまで教えるなんて! セレーナが許しても、ボクが許さないんだから!




