2.拒否の構え
だから、ある程度フィリベルトの気がすむまで待つ必要があるんだよね。ここでジャマするのはよくないって、ボクだって分かるから。
あと単純に、下手に関わるのが面倒だからっていうのもある。
(ボクの一番は、セレーナだから)
ニンゲンに褒められるの、キライじゃないけどね。やっぱり褒めてもらうなら、セレーナがいい。
だから本音を言うと、早く手紙の返事をフィリベルトに書いてもらって、セレーナのとこに持って行きたいんだよね。そしたらセレーナすごく喜んでくれるし、褒めてくれるから。
でもここは、ビアンカとフィリベルトの縄張り。しかも朝からこの時間まで、ずっと離れ離れだったわけで。
(だったら、ボクが少し待つくらいならいいかなって)
ボクがビアンカの立場だったら、やっぱり寂しいもん。それに、ようやく会えたこの瞬間をジャマされるとか、許せないと思うから。
あと、終わりがくることもボクはちゃんと知ってるからっていうのもあるんだけどね。
「あぁっ、ビアンカ~」
白っぽい彼女の毛の中に、自分の顔をうずめてるフィリベルトが見えて。あぁ、そろそろこの感動の再会ごっこも終わりが近いなって悟る。
これね、毎回フィリベルトやってるけどさ。
『ちょっと! せっかく整えた毛並みが乱れるじゃない!』
実はビアンカ、あんまりされたくないっぽいんだよね。
「そんなっ……。ビアンカ、もう少しだけ……」
『イヤッ!』
たまーに受け入れてるとこも見るけど、基本的には拒否の構えなんだよね、これ。
あ、フィリベルトが顔を押されてる。ビアンカの後ろ足で。
(そろそろ本格的に終わりっぽいなー)
このままビアンカが機嫌を損ねて終了だから、フィリベルトの頭を冷やすためにも、ボクは手紙を口にくわえてスタンバイしておくことにした。こういう時って、あんまり構いすぎるとキライって言われるんだけどね。フィリベルトはいつまで経っても、その距離感の掴み方がヘタなんだよねー。
お母さんも言ってたけど、どうしてもオスはメスの気持ちを理解しきれないんだろうね。それはネコだろうとニンゲンだろうと、変わらない気がする。ボクもビアンカの気持ちを、完全には理解しきれないし。
「ビアンカ~」
『フンッ!』
本格的に機嫌を損ねたビアンカに、フィリベルトが縋りつこうとする前に。ボクは手紙をくわえたまま、するりとその間に入り込んだ。
「ルシェ? すまないが、今はビアンカと私の時間で――」
『セレーナからの手紙、いらないんだ?』
困ったような顔してるけど、このままだと本当にビアンカにキライって言われちゃうのに。ホント、分かってないよね。
だからボクは、手紙を渡さずに床におりて寝室へとスタスタ歩き始めることで、いらないんだったらこのままくわえて帰るよって姿勢を見せる。
「ちょ……! 待ってくれ! ルシェ!」
そうすれば、急いでフィリベルトが追いかけてくることを知ってるから。
ボクに手加減されてるとも知らずに、焦ったように寝室へと続く扉を閉めると。
「間に合った……!」
なんて呟いてから、ボクに目線を合わせて。
「頼むから、その手紙は置いていってくれ。君に気がつかなかった上に、待たせてしまったことは謝るから。私が悪かった。この通りだ、許してくれ」
ちゃんと頭を下げてくる。
将来ニンゲンのボスになるとか、そんなことボクには関係ないからね。だから、誠意を見せてくれることが一番大事。
そもそもこの手紙、セレーナからのなんだよ? それを後回しにされるとか、本来だったら許さないことだからね? ここがフィリベルトの縄張りでもあるから、特別に許してるだけで。
『ホント、フィリベルトって毎回学習しないよね』
ビアンカに拒否されるところまでが、もはや一連の流れになってるって気づいてほしいとこだけど。
「その……手紙を……」
『はい、どうぞ』
「ありがとうルシェ!」
差し出された両手の上に、ちゃんとセレーナからの手紙を置いてあげる。
初めからそうすればいいのに、フィリベルトって本当にビアンカしか見えてないよね。
『これで、しばらくはゆっくりできそうね』
でもそれ以上に、戻ってきた直後はフィリベルトと同じくらい嬉しそうだったビアンカの言葉に、ボクは素直に思うんだ。
(メスって、難しいよね)
正直セレーナよりも、ビアンカのほうが難しいなって思ってる。
フィリベルトからの手紙を読んで、セレーナが「気位が高い子なのね」って言ってたけど。ホント、そうかもしれない。




