1.ネコ観察日記
セレーナからの手紙をフィリベルトに運んで、フィリベルトからの手紙をセレーナに運んで。
そうやってそれぞれに向けた手紙を運ぶのが、日課みたいになってきてたある日のこと。
『あら、ルシェ。今日も恋文を届けにきたの?』
『これ、恋文って言っていいのかな?』
今日はソファーの上でゆっくりくつろいでたビアンカが、ボクが部屋の中に入ってきた気配を感じ取ったのか、ゆったりと顔を上げたから。ボクはソファーの反対側に飛び乗って、一度手紙を足元に置いてから彼女にそう質問を返す。少しだけ前足でちょいちょいと、手紙の端っこをいじりながら。
ビアンカが言うには、ニンゲンのオスメスが交わす手紙は基本的に恋文らしいんだけど。どっちからも内容を聞いてるボクとしては、むしろただのボクたちの観察日記みたいになってるような気がしてる。
『他のニンゲンも知らない中、秘密の文通を続けているのよ? これを恋文と呼ばずになんて呼ぶの!』
『……ネコ観察日記』
『色気がないわね』
『だって、本当にそんな内容なんだもん』
つまらなそうにビアンカが尻尾をひと振りするけど、実際フィリベルトからの手紙の内容は、ほとんどビアンカのことばっかりで。なんなら、ボクとビアンカがこの部屋でどう過ごしてたのか、みたいなことも書かれてるんだよ。
それに対するセレーナもセレーナで、なんか「王太子殿下は、本当に猫がお好きなのね。一緒で嬉しいわ」って言って、ボクのお家での過ごし方とか書いてるみたいだし。
(ニンゲンの恋文って、そういうものなの?)
なーんか、違う気がしてるんだよね。普通はもっと、相手のことを褒めたりとか、会いたいとか、そういうことを書くものじゃないの?
少なくとも、ボクが知ってるお家の外で見たことのあるニンゲンの恋人たちの手紙は、そういうことが書かれてたみたいなのに。
ニンゲンの使う文字っていうのは、ボクたちには読めないからね。その恋人たちの手紙に実際どんなことが書かれてたのかは分からないけど、口に出してるのを聞いたから、大まかな内容は合ってるはず。
『仕方がないのよ。だってフィリベルトは、ワタシのことを溺愛してるんだから』
『それって、関係あるの?』
『あるに決まってるでしょ! フィリベルトが欲しかったのは、ワタシのことを語れる相手だったんだから!』
力強くそう言うビアンカだけど、それならなおさら恋文じゃないんじゃないかな、なんて。思いはしたけど。
(口に出すのは、やめとこう)
きっとそれがいい。ややこしいことになっても困るし、ビアンカの機嫌を損ねるのもイヤだし。
ボクは賢明な判断をした。そうに違いない。
(って、思っておこう)
ボクが運んでる手紙が、恋文かどうかなんて関係なくて。少なくとも、セレーナは喜んでくれてるわけだし。あと、ついでにフィリベルトも。
だったらそれでいいんじゃないかと、とりあえず納得しておくことにした。
『ところで、フィリベルトは?』
『そろそろ休憩時間だから、もう戻ってくる頃じゃないかしら』
机の上に置いておいてもいいんだけど、万が一にも他のニンゲンに見つかって取り上げられちゃったら困るからね。毎回ちゃんと、フィリベルトに直接渡すようにしてるんだ。
それに、大事な大事なセレーナからの手紙なんだから。他のニンゲンになんて、触らせたくないでしょ。
「おや? いらっしゃい、ルシェ」
窓から差し込んでくるこの時期の光の感じで、お日様の位置を確認しようとしたボクよりも先に。部屋の中に入ってきたフィリベルトが、声をかけてくれた。
かすかな足音が聞こえてきてたから、たぶんそうなんじゃないかなって思ってたけど。その足音が聞こえてくるよりも先に、フィリベルトが戻ってくる頃って分かったビアンカは、ホントにすごいと思う。
『ビアンカ、ピッタリだね』
『当然でしょう? ワタシにとっては毎日なんだから』
フィリベルトが戻ってきたからか、起き上がってぐぐっと体を伸ばしてからその場に座り直して、ビアンカはふふんと胸を張る。その姿は、ちょっと誇らしげだし嬉しそう。
そんなビアンカに『そうだね』って返すボクは、でもまだおしゃべりのために足元に置いた手紙はくわえ直さない。
だって、ボクは知ってるから。
「ビアンカ……! なんだい、その神々しさは……! 君は天使か!? 神からの使徒か!?」
ビアンカのこの姿を見たフィリベルトが、過剰なくらい褒めたたえて喜ぶことも。
『もっと言っていいのよ』
まんざらでもなさそうなビアンカが、その声に応えてエメラルド色の瞳をフィリベルトに向けることも。
そして。
「あぁっ……! その宝石のような美しい瞳を向けてくれるなんて……!」
このやり取りが、しばらく続くってことも。ボクは全部、知ってるんだ。




