10.恋文くわえて
それから数日後の夜。
ボクが手紙を運んだ翌日から、しばらくは毎日のように雨の日が続いてて外に出れなかったから、結局ビアンカにも会いに行けないまま。
ちゃんとセレーナに手紙を渡せたよって教えてあげたいのに、今日もそれができなかった。
「ルシェ? 元気がないのは、雨の日ばかりが続いているから?」
『うん……』
雨になると、みんなに会いに行けないから。それもつまんない。
クロなんて、外で暮らしてるんだよ? ちゃんと雨宿りできてればいいんだけどな。
「大丈夫よ。もう少しで晴れるから」
『本当に?』
「えぇ。大丈夫」
自信満々にそう言うセレーナは、もしかしたら天気が分かるのかな?
というか、本当にボクの言葉通じてないの? 時折普通に会話してるから、ついつい忘れちゃうんだよね。
「だからね、ルシェ。その……雨が上がったら、お願いしたいことがあるの」
『お願い?』
セレーナがボクにお願いごとなんて、しかもちょっと言いにくそうにしてるのも含めて、すごく珍しくて。思わず聞きそびれないように頭ごと耳を傾けて、しっかりと聞く態勢に入った。
「この間、王太子殿下からのお手紙を届けてくれたでしょう? だから今度は、その、ね……。お返事を、出そうと思っていて……。私からのお手紙を、その……王太子殿下に、届けてほしいの」
『おうたいし……フィリベルトにってことだよね?』
ちょっと恥ずかしそうなのは、セレーナがフィリベルトに恋してるからなんだろうな。
ちなみにフィリベルトには色んな名前があるから、場所とかニンゲンによって呼ばれ方が違うってことは知ってる。ビアンカにも小鳥たちにも、たくさん教わったし。
それがまさか、こんなとこで役に立つとは思わなかったけどね。
「ルシェは賢い子だから、間違えずに持っていけるものね」
『もちろんだよ!』
セレーナはボクのことを疑ったりしない。いつもいい子だって、賢い子だって言ってくれる。だからボクも、その信頼に応えたいって思うんだ。
それにフィリベルトのとこには、もう行き慣れてるからね。今さら迷うことなんてあり得ないよ。
「でも、そのまま持って行ってしまうと、ルシェの唾液で読めなくなってしまうかもしれないの」
『……あ』
言われてみれば、確かに。
セレーナと一緒に遊ぶ用のおもちゃがいくつかあるんだけど、楽しすぎていつもおもちゃをベタベタにしちゃって、次使う時にはちょっとクサいなって思ってフレーメンしちゃうこともある。だから、手紙だって同じようになっちゃう可能性があるんだってことに、ボクはセレーナに言われて初めて気がついた。
「ルシェが運んできてくれたお手紙は、ちゃんと文字の書かれていない部分をくわえてくれていたから、大丈夫だったのよ。本当に、お利口さんね」
『よ、よかった~』
優しい顔で頭を撫でてくれるセレーナの言葉に、ボクは心底ほっとする。
なにも考えずに、フィリベルトから奪ってきちゃったからね。手紙が読めない状態になってなくて、ホントによかった。
それにあれから毎日、セレーナは手紙を読み返しては大事そうに抱きしめてるし。それを知ってるボクとしては、読めなくて悲しい思いをさせずに済んでよかったとも思うんだ。
「だからね。今度からは、これにお手紙を入れて運んでほしいの」
失敗しなくてよかったって安心してると、セレーナがそう言ってなにかをボクに見せてくれる。それはニオイからして、おそらく革製の……手紙と同じくらいの大きさの、袋?
「お手紙を持ち歩きたいからってお願いして、丈夫な革製の手紙袋を作ってもらったの。軽いから、きっとルシェでも運べるわ」
『……セレーナって、そういうトコちゃっかりしてるよね』
普段はおっとりしてて、物静かで、すごく優しいけど。時折、なんかすごくアグレッシブというか、なんというか。
いいんだけどね。ボクはそんなセレーナも好きだから。
「だから、今度からはこれに入れて、ルシェにお願いするわ。できるかしら?」
そう聞かれたら、ボクの答えは一つしかない。
『もちろんだよ! 任せて!』
「まぁ、頼もしい」
嬉しそうなセレーナだけど、ホントにボクの言葉、通じてないの? 完全に理解してる反応だよね、それ。
なんていうやり取りがあった翌日。
セレーナの言う通り、しっかりと晴れた青空が広がる中。ボクはセレーナが書いた手紙の入った革袋をくわえて、フィリベルトのとこに向かった。
目的はもちろん、セレーナからの手紙を届けることだったけど。これまでの経緯をビアンカに話すと。
『恋文をくわえてきたの!?』
驚きと同時に、どこか楽しそうにエメラルドみたいな目をキラキラさせながらそう言って。根掘り葉掘り、色々と聞かれることになった。
正直、セレーナが教えてくれた手紙の内容はボクのことばっかりだったから、これがホントに恋文くわえてきたことになるのかは、ちょっと微妙だなって思ってたけど。
でも、それ以上に大変だったのが。
「まさか、手紙の返事が来るとは……!」
いつものように休憩時間にビアンカに会いにきたフィリベルトが、ボクが運んできた手紙を見つけてから、ずっと興奮しっぱなしだったこと。
特に手紙を開いてからは、もっとすごくて。
「なるほど! 君はルミノーソ侯爵令嬢の猫だったのか!」
とか。
「た、確かに唾液でベタベタになってしまうと、インクが滲んで文字が読めなくなるな」
とか。
「ルシェ、君は本当にすごいな! 私も手紙の返事を書くから、少し待っていてくれ!」
とか。
『……で、今度はどのくらいかかるのかな?』
『さぁ?』
待ち時間が長くなることを見越して、今日は初めてビアンカと一緒にお昼寝をしてたんだけど。目が覚めた時には、まだ陽は落ちてなかった。
ただ、前よりもフィリベルトが手紙を書くのが早くなったのかと聞かれると……。
『あんまり、変わってないよね』
『苦手なのよ。自分の本心を言葉にするのが』
以前と同じような言葉をビアンカが口にするくらいには、ほとんど変わってなかった。
だってフィリベルトってば、短い休憩時間に何度も戻ってきては、あぁでもないこうでもないって言ってるんだもん。進むわけないよね。
で、結局ボクがセレーナのとこに戻れたのは、この日の夕方だったから。今度から手紙を渡したら、一回お家に帰ってもいいかなって思ったんだ。
ボクの考え、間違ってないよね?




