9.フィリベルトからの手紙
塀の上だって屋根の上だって、ボクにかかればなんのその、ただの近道でしかない。ニンゲンがいない分、誰にもジャマされないし。こっちのほうが、ずっと快適だったりするんだ。
いつもはクロに会いに行ったりするから、ニンゲンと一緒に街の中を歩いたりもするんだけどね。今はその必要もないから、あっという間にお家の目の前まで帰ってきたボクは、いつものように鉄柵をすり抜ける。手紙をくわえてたって、こんなものボクにとってはないのと同じこと。
「あら? ルシェ?」
そのまま普段とは違って、窓の外からそっと部屋の中の様子をうかがってたボクに気づいて、セレーナが声をかけてくれた。
幸いなことに今日は窓が開けられてたから、そこからするりと室内へと入って、近づいてきたセレーナの足元に手紙を置く。
と、その瞬間。
「まぁまぁ! お部屋が汚れてしまいますから! お嬢様、いったんルシェを綺麗にしてまいります!」
いつもとは違うニンゲンに捕まっちゃって、セレーナには結局なにも伝えられなかったんだけど。
ただ、連れ去られる直前。必死に抵抗しながらニンゲンの肩越しに見えたセレーナは、ボクに注目が向いてて誰もセレーナを見てない間に拾った手紙を、そっとポケットの中にしまい込んでくれてた。だからきっと、大丈夫。
そう思ったボクに、フィリベルトからの手紙についてセレーナが話してくれたのは、外がすっかり暗くなって寝る時間になってからのことだった。
「まぁ……!」
正確に言うと、セレーナ自身もこの時初めて手紙の内容を知ったみたいだったけど。
あのあとボクはいつもの部屋に連れてかれて、念入りに足を拭かれてからセレーナの部屋に戻ったけど、確かに色々と忙しそうだったからね。この時間になっちゃったのも、仕方ないかも。
「ルシェ、あなたったら……! まさか王宮にまでお散歩に行ってるなんて、私知らなかったわ」
『ボク話したよ。でもセレーナ、ボクの言葉理解できないんだもん』
一応ちゃんと、日々どこでどうしてたのかは、ボクなりに話してきたつもりなんだけど。残念ながら、それは全然伝わってなかったらしい。
分かってたけどね。通じてないんだってことは。
「しかも、王太子殿下のお部屋にまで行っていたなんて……! 困ったわ、どうしましょう……!」
『そう言いながらも、顔は嬉しそうだよ?』
だって、大好きなんだもんね。フィリベルトのことが。
まさか手紙が届くなんて思ってなかったセレーナは、何度も手紙に目を通して。大事そうにそれを胸に抱いたかと思えば、また読み返して。それを何度も何度も繰り返すほど、本当に嬉しかったんだろうね。困ったような顔をしてみたり、かと思ったらすごく嬉しそうな顔で小さく頭を振ってみたり。
ボクとしても、ここまでセレーナが喜んでくれるのは嬉しいんだけど、さ。
『でもやっぱり、ボクのことも構ってほしいな』
フィリベルトの手紙に夢中で、いつもみたいに撫でてくれないのが、なんだかおもしろくなくて。その手に、ちょっと強めに頭をこすりつけてみる。
だってセレーナってば、ずーっと手紙ばっかり見てるんだもん。小さく「王太子殿下」とか呟きながら、手紙を読み返しては抱きしめてを、何度も何度も何度も何度も繰り返してるんだもん。いい加減、ボクのほうを見てほしくなるでしょ。
実際そこまでしてようやく、セレーナはボクの様子に気づいてくれたみたいで。
「あぁ、そうよね……! ごめんなさい……。お手紙のことばかりじゃなくて、ルシェのことも撫でないとダメよね」
『そうだよ』
「うなん」としか聞こえてなかったかもしれないけど、それでもセレーナはちゃんとボクの言いたいことを察して、いつもみたいに優しく撫でてくれる。こういうとこが、ホントにセレーナのいいとこだと思う。フィリベルトみたいに、一向に理解してくれないわけじゃないし。
もう、ホントに大好き!
「でも、どうしましょう……」
ようやく構ってもらえたうえに、撫でてくれる手があんまりにも気持ちよくて満足しちゃったボクは、久々に思いっきり動いたのもあって、すぐ眠りに落ちちゃったんだけど。その直前、少しだけ困ったような声でセレーナが呟いた言葉だけは、ちゃんと耳に届いてた。




