7.面倒くさい
『それでね! セレーナがすっごくキレイだったんだ!』
『そう。よかったわね』
昨日の夜、ドレスに着替えて出かけてったセレーナは、本当に本当にキレイだったんだ。
それをどうしてもすぐに話したくて、分かってくれそうなビアンカのとこに来たんだけど、正直あんまり興味はなさそうなんだよね。
というか、それよりも。
『……で、アレはどうしたの?』
実はさっきから、珍しく部屋の中にいるフィリベルトが机に向かってるんだけど。
「う~ん……。いや、違うな。これではビアンカを自慢しているように読めてしまう……」
ずーっとブツブツ、なんか言ってるんだよね。
正直ちょっと面倒だなって思ったから、しばらく放置してたんだけど。ビアンカがちょっと不機嫌そうに尻尾をユラユラさせてるから、さすがに触れなきゃダメかなって思ったんだ。
それにほら、あんまりボクの話も聞いてくれてなかったし。
『ルシェのところと同じよ。昨日の夜会に、フィリベルトも参加したの』
『やかい?』
『ニンゲンのメスがドレスを着てたんでしょ? 夜に集まって色々情報交換したり、仲間を作ったりするのよ』
『へぇー! そうだったんだ! ビアンカって物知りだね!』
『……別に、普通よ』
そっか! そのためにセレーナたちは、夜にキレイな格好して出かけてたんだね! ニンゲンもボクたちと同じで、夜に集会を開いたりしてたんだ!
確かに身だしなみって、大事だもんね! あんまりにもボサボサの毛並みだと健康的に見えないし、病気とか持ってたらヤダなって思うから、ちょっと近寄るのやめようってなったりすることもあるし。
ボクは全然知らなかったから、素直にビアンカが色々知ってることに感心したんだけど。どうやら彼女は、それが嬉しかったみたい。直前まで不機嫌に揺れてた尻尾がピタッと止まって、少しだけ上を向いたから。
でもそうだよね。褒められてイヤな気分になることはないよね。
『あれ? でもそれなら、フィリベルトだって情報交換とかしてきたんでしょ?』
『それが思うようにいかなかったから、ずっとああなのよ』
ビアンカが言うには、夜会から帰ってきた直後のフィリベルトは、もっと面倒くさい感じだったらしい。どうやらボクのことをセレーナたちに聞きたかったらしいんだけど、忙しくてそんなヒマもなかったんだって。
『全然話せなかったー、どうしようーって、ずーっとウジウジしてるのよ。やめてほしいわよね』
で、そればっかり聞かされてるから、ビアンカは機嫌が悪い、と。
まぁ、うん。確かに、オスらしくもっとドーンと構えていてほしいなとは、ボクも思う。
というか、この短時間で面倒だなってボクも思っちゃったくらいなんだから、ビアンカは本当にずっとそう思ってるだろうし。
『アレに付き合うワタシの身にもなりなさいよ』
『まぁ、ねぇ』
『分かるでしょ!?』
『うん、分かる』
残念ながら、分かっちゃうんだよなー。
正直セレーナがこんな風にウジウジしてるとこは、全然見たことないけど。でもフィリベルトのこの状態に付き合わされるのは、ボクだってイヤだ。というか、今も面倒だなって思っちゃってるし。
だからビアンカの気持ちは、ボクもよく分かるんだけど。
「あー……、いや。いやいや。そもそもルシェの主が、侯爵とは限らないんだ。そこから書き直すべきだろうな」
フィリベルト自身はそんなことに気づく様子どころか、その余裕すら全然なさそうなまま。机の上には、もう何枚も紙が重ねられてる。
たぶんあれは、手紙ってやつを書こうとしてるんじゃないかなって思ってるんだけどね。でもどう考えても、全然進んでるようには見えないし。
『……で、ボクのお家にはいつ、フィリベルトから手紙が届く予定なの?』
『さぁ? 一生ムリなんじゃない?』
冷ややかなビアンカの言葉に、ボクは思わず彼女とは反対方向に視線を向けて、小さくため息を吐き出しちゃった。




