6.ニンゲン相手
でも考えてみれば、フィリベルトだけはボクの名前を今の今まで知らなかったわけで。
『そうだよ。ボクはルシェっていうんだ』
『そういえば、フィリベルトは知らなかったわね』
ボクだけじゃなくビアンカまでそう思っちゃうくらい、もう何度もここには遊びにきてるのに。ようやくフィリベルトがボクの名前を呼べるようになったのは、今。
遅いといえば遅いかもしれないけど、ニンゲンがボクたちの言葉を理解できない以上は仕方がないよね。
「ルシェ、少し首輪を触ってもいいかな?」
『いいよー』
フィリベルトなら首輪を奪おうとしないだろうし、そこは信用してる。だから返事と同時に、少しだけ近づいて触りやすくしてあげた。ボクは優しいからね!
「ルミノーソということは……君は侯爵家の猫だったのか!」
さっきよりもさらに驚いた顔で、ボクのことをジッと見てるフィリベルト。
これは、あれかな? もしかしてちょっと、ケンカ売られてる? いや、そんなことはないよね?
単純に驚いて見つめてきてるだけだと解釈はするけど、とりあえずボクも目線はそらさないように注意する。目をそらしたら負けだからね。
でも、やっぱりあんまり必要なかったみたい。
「侯爵家ということは、次の夜会にも出席するはずだ。ということは、どこかでルシェのことを聞く機会もあるかもしれない」
なんかブツブツ言い始めて、フィリベルトが先にボクから視線を外したから。
あと気づいてないかもしれないけど、腕の中でビアンカがちょっと迷惑そうにしてるよ?
あ、尻尾で叩かれてる。
『考えごとをするなら、ワタシを下ろしてから勝手にしてなさいよ!』
しかも結構大きな声で、しっかりと抗議されてる。
ボクたちのこの声って、ニンゲンの耳には「うな~ご」って聞こえてるらしくて、前に誰かにマネされたことがあるんだよね。全然似てなかったけど。
「あぁ、ごめんよ……! そうだね。今はビアンカとの時間だったね」
『そうだけど、そうじゃない!』
その上困ったことに、ちゃんと意味が伝わってないことも多くて。
『苦労するよね、ニンゲン相手だと』
『本当よ!』
思わず共感して呟いたら、聞こえてたらしいビアンカから速攻で返事が返ってきた。
分かる分かる。抗議とか要望とか、全然汲み取ってもらえない時のあのもどかしい感じ、ちょっとイラっとするんだよね。
『もういいわよ!』
「あぁっ、ビアンカ……!」
きっとガマンの限界だったんだろうな。ビアンカはフィリベルトを蹴って、その腕の中から定位置のいつものクッションの上に着地した。
耐えられなかったんだろうなー。なにも通じないことに。
『分からなくても、理解する努力ぐらいはしなさいよ!』
『うんうん、そうだよね。ボクは分かるよ』
不機嫌そうに尻尾をブンブン揺らすビアンカに寄り添って、ボクは少しでも落ち着けようと毛づくろいをする。
こういう時は、別のことをして気を紛らわせるのが一番だからね。ネコなら誰でも知ってる、イライラの解決方法だよ。
『……ルシェのところは、こういうことないの?』
ボクが舐めたことで少し落ち着いたのか、そう問いかけてきてから、今度は自分で毛づくろいを始めたビアンカ。こういう時は、気がすむまでさせてあげるのが一番。
ってことで、ビアンカの質問に答えておく。
『うーん、セレーナはあんまりないかなー』
そう、セレーナは。
でもセレーナ以外のニンゲンだと、あんまり察してくれないこともあるんだよねと話すボクに、そういうものなのねと返すビアンカだけど。この間、ずっとビアンカに話しかけて謝り倒していたフィリベルトが完全に無視されてたのは、仕方がないことだったと思う。
扉の外から呼ばれて部屋を出てく瞬間まで、フィリベルトは何度も何度も話しかけてたけど。結局ボクが帰るまでの間に、その声にビアンカが反応してあげる姿を見ることはなかったんだ。




