3.クロ
『それじゃあ、またねー!』
そのあとも少しだけおしゃべりをして、今度はクロのいる場所に向かう。
足早に街中を通り抜けて、いつもの路地裏に入っていくと、比較的すぐに見つけることができた。
珍しく昼間に寝てる感じからすると、今日はごはんもらえたのかも。
『あれ? ルシェ?』
『ごめんね。起こしちゃった?』
『ううん、大丈夫。ちょっとウトウトしてただけだから』
クロはそう言ってるけど、目はトロンとしてるから、結構眠いんだと思う。
(ここは用件だけ話して、すぐにビアンカのとこに向かおうかな)
せっかくゆっくり眠れるときに、ジャマするわけにはいかないからね。
今日はポカポカ陽気だし雨も降りそうにないから、最高のお昼寝日和だし。
そんなふうに考えてたら。
『あれ? ルシェ、首輪変わった?』
クロのほうが先に気づいて、ボクの首輪に鼻先を近づけてきた。
『そうなんだよ! セレーナがね、新しい首輪をつけてくれたんだ!』
『そっか。……いいなぁ』
ニオイを確認し終わって離れていく直前、小さくクロが呟いた言葉を、ボクは聞き逃さなかった。と同時に、やっぱりクロだってニンゲンと一緒に暮らしたいんだって安心した。
もしかしたら、今なら頷いてくれるかもしれない。そう思って。
『ねぇ、クロ。やっぱり、ボクのお家に来ない?』
いつものように、誘ってみたら。今日は即答じゃなくて、ボクの新しい首輪をじっと見つめてから。
『…………ううん、ごめんね。やっぱり僕なんて、ルシェみたいに好きになってもらえないだろうから』
そう、クロは言ったんだ。
断られちゃったけど、普段とは少しだけ違う反応だったのは、もしかしたらちょっとだけ進展したのかもしれないし。クロの中で、なにか変化があったのかもしれない。
だって断られる直前まで、クロの尻尾はいつもとは違って上がってたんだから。きっと、いい方向に進んでるはず。
『そんなことないよ! だってボクは、クロのこと大好きだもん!』
『……ありがとう、ルシェ』
セレーナがくれた新しい首輪が、少しだけクロの心を動かした可能性がある。だからあえてここは、焦らないで。
(もうちょっと首輪のこと詳しく話して、自分も欲しいって思ってもらえるようにしよう)
いきなりは難しくても、ちょっとずつ気持ちを変えていくことはできるかもしれないから。
初めての反応に、少しだけ興奮しながら。僕はセレーナに説明してもらったことをクロにも話しきってから、ビアンカのところに向かったんだ。
その道中で。
『あれー? ルシェだー!』
『ホントだホントだー!』
珍しくお家以外の場所で、小鳥たちに出会って。
『こんなところで会うなんて、奇遇だね』
『ねー!』
『ルシェはどこかに行くのー?』
『今からビアンカのところに行こうと思ってるんだ』
塀の上や屋根の上を歩きながら、ボクたちはおしゃべりを続ける。
そういえば、小鳥たちがピョンピョン飛び跳ねながら歩いてるのって珍しいな、なんて思いつつ。
『そっちは? 今日はどこかに行ってたの?』
ボクも彼女たちに質問してみた。
『そうなのー!』
『今日は砂浴びに行ってきたのよー!』
最近、毛づくろいだけでは満足できなくなってきてた彼女たちは、お気に入りの砂場に行ってたらしい。
残念ながら場所は教えてもらえなかったけど、すごくいいところだってことだけは力説された。
『あれー? そういえば、首輪変わってないー?』
『あれー? ホントだー』
『そうなんだよ! 実はね!』
ついつい彼女たちのおしゃべりを聞く立場になっちゃってて、すっかり忘れてたけど。本来の目的を思い出したボクは、ここぞとばかりに新しい首輪について話すことにしたんだ。
どれだけいい砂場に行ってきたのか、ちゃんと聞いたんだし。今度はボクがいっぱいしゃべっても、問題ないよね!




