2.ジョヴァンニとマルツィオ
「おや、ルシェじゃないか」
『遊びに来たよー』
小鳥たちの姿が見当たらなかったから、彼女たちに首輪を見せるのはあとにして、ボクは厩舎までやってきた。
ここでみんなのお世話をしてるニンゲンに、まずは頭をこすりつけてご挨拶。ボクが知ってる中で、一番顔が毛むくじゃらなんだよね。しかも白い毛並みだから、たまーに藁がついてると、すごく目立つんだ。
ちなみにボク、今もこのニンゲンの名前知らないんだよねー。つけてもらってないのかな?
ニオイはちゃんと覚えてるから、全然問題ないんだけどね。
「ジョヴァンニたちなら、ちょうどさっき戻ってきて食事中だよ」
『そうなんだ! ありがとう!』
ただ不思議なことに、ボクがなにも言わなくても欲しい情報をくれるから、すごく助かるんだ。
目的の馬房を目指して中を歩いてると、あっちこっちから色々と声がかけられる。
『あれ? ルシェだ!』
『お疲れ様ー!』
さっきまで訓練してたからか、ものすごく元気な大声で呼ばれたから。それには、同じように大きな声で返してみたり。
『久しぶりー!』
『お帰りー!』
しばらくの間ニンゲンの用事で外に出かけてて、ようやく帰ってきた相手と通りすがりに短く会話を交わしたりしてたら。あっという間に、目的の場所。
『ジョヴァンニー。遊びに来たよー』
『おやおや、これはこれは。ようこそいらっしゃいました』
ツヤツヤとした栗毛の彼こそが、この厩舎のトップ。誰よりも走るのが早い、彼らのリーダー。
ボクよりもすごく年上で、もう八歳なんだって。三歳のボクなんて、きっとジョヴァンニからしたら子猫同然なんだろうね。
でもすごく紳士的で、喋り方とか仕草とかが上品なんだ。
『おや? もしや、首輪を変えましたか?』
『そうなの! セレーナが新しいのをくれたんだ!』
『とても似合っていますよ』
体はボクよりもずっと大きいけど、すごく優しい目をしてるから全然怖くない。
でも、長い首をボクの高さまで下ろしてもらうのは大変そうだから、首輪がよく見えるようにボクが柵の上に飛び乗っちゃう。ボクも見上げ続けるのはつらいしね。
『なんだぁ? 首輪の自慢をしに、わざわざジョヴァンニさんのところまで来たってのか?』
『やめなさい、マルツィオ』
ジョヴァンニと楽しくおしゃべりしてたら、隣の馬房から会話に割り込んできた存在がいた。すぐにジョヴァンニに怒られてたけど。
『でもっ、ジョヴァンニさんオレは……!』
マルツィオと呼ばれた彼は、黒い足が特徴の鹿毛のオス。ジョヴァンニの次に足が速いから、この馬房の中では一応二番手になるのかな。
でもジョヴァンニとは違って、彼はちょっと話し方が乱暴なんだよね。もう五歳なのに全然落ち着きがないって、ジョヴァンニが前にため息ついてたこともある。
ただ。
『私が友との会話を楽しんでいるのに、君はそれを邪魔したいと。そういうことですか?』
『い、いいえ! まさか! すんませんでした……!』
マルツィオは誰よりもジョヴァンニのことを尊敬してるから、ジョヴァンニのいうことだけはちゃんと聞くんだよね。
(あと実は仲間思いなのも、ボクは知ってるし)
前に足をケガして、立てなくなっちゃった子がいて。その子のことを一番心配してたのも、常に様子を見てたのもマルツィオだってことは、みんなが知ってる。
群れを大事にするのは当然だって、ちょっと不機嫌そうに言ってたけど。その時そっぽを向かれちゃったのは照れ隠しだったんだって、あとからジョヴァンニに教えてもらった。
ということは、つまり。
『もしかして、仲間はずれにされてるって思った?』
『は、はぁ!? ち、ちっげーよ! オレはただ、ジョヴァンニさんにゆっくり食事してほしくて……!』
『そっかそっかー。じゃあ、マルツィオにも見せてあげるー』
『だから! ちげーって!』
そう言いながらも、チラチラこっちを見てくるマルツィオ。
うん、そうだよね。単純に、会話に加わりたかったんだよね。素直にそう言えばいいのにね。
ボクよりも年上だし、走るのだってこの中ではすごく早いのに。なぜか全員から、微笑ましそうな顔で見られてるんだけど。
(きっと、マルツィオだけが気づいてないんだろうなー)
たぶんそこも含めて、マルツィオのいいトコなんだろうなー。
そんなふうに思いながら、ジョヴァンニに目を向けると。彼も同じことを思ったのか、小さく頷いてくれたんだ。




