魔界で配信を始めた俺、魔王の可愛さを人間に宣伝する
『いえーい! 聞こえてるー? 俺はムデルって言います! そして……』
『なんだ? また珍妙なことをやっているな』
『そんなこと言うなよ~、魔王』
『ふんっ、貴様は居候の身に過ぎん。外に出て働け!』
『嫌だね。俺はずっとここで、ごろごろするんだー』
『くそっ、お前を殺しても、我の目の前で復活してしまう』
『またまた~、"我"とか言っちゃってー、ホントはぬいぐるみが大好きな可愛い少女な癖にぃ』
『少女って言うな! もういい、勝手にしろ!』
『はーい! 勝手にやっちゃいまーす! で、俺がなんでこんなことになっているかと言うと……ちらっちらっ』
『こっちを見るな! 擬音を口に出すな!』
『おー、ナイスツッコみ』
『はぁ、お前といると疲れるよ。で、なんでだ?』
『ありがとう! そう! 俺がこんなことになってしまったのは、はじまりは、そう、15年前のこと……』
『いきなり語りだすな! しかも15年って、お前今何歳だよ!?』
『25だけど?』
『子供のころからスタートしてるじゃないか!? どれだけしゃべるつもりだよ!』
『えー、俺の冒険譚、聞きたくないの?』
『知らんわ! 簡潔に説明しろ!』
『分かったよぅ。まあ、かくかくしかじかそんなこんなで、勇者パーティーに裏切られ、ここにいます』
『裏切られるまでが短い!』
『もう! 魔王のわがまま!』
『……まぁいい、お前は確か魔法使いだったな』
『そうだよ、新進気鋭の魔法使いさ!』
『お前……もうベテランだろ……』
『それは置いといて、魔法使いだからなんだったの?』
『いや、お前後衛なのに、なんで盾にされたんだ?』
『パーティに入るときに、勝手に身代わりの呪印を押されてたみたい』
『うわぁ……』
『おっ、魔王を引かすとは、流石俺らが王国騎士団』
『いや、うん。いろいろ大変だったんだな……』
『別にいいさー。まぁ復讐しようと思った時もありましたさ、そりゃあね』
『じゃあ、なぜここにいる?』
『理由は二つ。一つ目は魔王に殺されつづけたから!』
『それは、その、すまんかった』
『気にしてないぜ! まぁ本当の理由は二つ目』
『なんだ? ここが気に入ったのか?』
『答えは単純。魔王城の周辺の魔物が強すぎて、城から出たら即死するから!』
『お前、なんでここにいるんだよ……』
『あと、ここが気に入ったから!』
『とってつけたように言わんでよい!』
『ホントダッテー、シンジテー』
『嘘くさいわ!』
『でも真面目な話、ここの方がずっと良いよ』
『なんだ、急にしゅんとして』
『いやぁ、俺って勇者パーティーでもお荷物っぽかったしなーって。つーかあの勇者、強すぎて仲間なんていらないっつーの』
『ならなんでパーティーで行動してたんだ?』
『ハーレムだよ!!!』
『うるさい!』
『くそが、戦闘だぞ! なんで女侍らしてんだよ! 王国から監視役をまかされた俺の身にもなれよ!』
『お、おう……』
『まぁあのクソ国家、もうどうでもいいんだけどな~。さっさと滅んじまえ!』
『なんか、お疲れ様』
『切り替えていこう!』
『えぇ……』
『で、次のコーナ~』
『またなにか始まった……』
『魔王様に質問です!』
『なんだ?』
『魔王様は、なんでちっちゃいのに魔王様なんですか?』
『失礼すぎるだろ! ってお前の質問だろ!』
『てへへ』
『まぁいい。小さいのは戦闘に有利だからだ。力など魔力でどうとでもなる』
『かっけぇ~』
『お前に言われると、褒めているのか判断がつかないな……』
『次の質問です!』
『間が短い!』
『魔王様は、なんでいつもひとりなんですか?』
『それは、その……』
『はい、この質問を採用した奴は”クビ”です! 次のしつ……』
『大丈夫だ。ただ単に、私が最後の魔族なのだよ』
『それは、なんかすまんな……』
『おいおい、いつもの調子でいてくれよ!』
『そうだな。ただ、もう独りぼっちじゃないぞ』
『どういう意味だ?』
『魔王城はもう、俺の家だからな!』
『勝手にお前の家にするなー!』
『はっはっは』
『おい。笑って誤魔化そうにも、そうはいかんからな』
『もぅ、魔王さんのいけず』
『何語だそれ?』
『語感が良かったからテキトーに』
『意味分かって無いんかい! ……はぁ。お前といると暇しなくていいな』
『お、デレた?』
『ばか言え、ただの暇つぶしだ』
『ふぅん、じゃあ謎解きターイム!』
『次は何なんだ……』
『俺の復活地点を魔王の目の前にしたのは、誰でしょ~か?』
『知るか!』
『正解は……せいかいは?』
『我に聞くな』
『うん、俺も分からん。いや、ね。いい感じの”オチ”考えたんですよ。なぞかけとか、言葉遊びとか……』
『で、結果は?』
『ごめんなさい』
『ネタを作るなら最後まで考えんかい!』
『ということで、これを聞いているそこのあなた! いいオチ、待ってるぜ!』
『他・力・本・願! ……って”そこのあなた”?』
『うんうん。この会話、全方向に通信魔法で飛ばしてるから』
『なっ……』
『いや~、保護もかけてないフリーな魔導波だから、聞いてる人びっくりするだろうなぁ』
『止めろ!』
『という訳でそこで聞いてる君! とりわけクソ国家の犬ども、そして勇者パーティー、夜道には気をつけるんだぞ!』
『もう、すげぇわお前。向かうところ敵なしかよ……』
『”魔王”が成敗しに行くぞ!』
『自分でやれー!』
『じゃあ、ばいばーい。また会おう!』
俺は通信魔法を切る。
初めての配信だったが上出来だろう。
やはりこの魔王は面白い。凛とした声も音声配信にはうってつけだ。
「なに満足気な顔をしている。本当に全部聞かれていたのか?」
魔王が不安そうな表情で聞いてきた。
「逆に何だと思ったの?」
「いつもの一人遊びかと……」
俺ってそんなにやばい奴だと思われていたのか……
俺が落ち込むとは思っていなかったのか、魔王がフォローを入れてくれる。
「いやいや、何百回と我に殺されておいて、そのノリができるのは普通に怖いわ!」
それはそれ、これはこれだ。
先ほどの配信でも言ったように、俺は仲間の盾にされて死んだ。
王国との契約で俺の復活地点は城の地下祭壇となっていたはずだが、俺は勇者の身代わりになった後、なぜか魔王の目の前で復活した。
最初は俺だって困惑した。なにせ目の前には俺たち勇者パーティの最終目標である魔王がいたのだ。
魔王の視界に映った瞬間殺された俺は、再び魔王の目の前で復活した。
それを繰り返している内に魔王は諦め、俺は魔王城に居座ることが出来たというわけだ。
三食昼寝付き、そして優しい話し相手までいる。王国で働いていた時より、よっぽどましだ。
「くつろぎすぎだろ……曲がりなりにも、ここは敵地だぞ……」
俺の心が顔にまで出てしまったのだろうか。
魔王の言っていることは正しい。人間と魔族、敵同士の関係だとは分かっている。
でも、もうそんなことはどうでも良いんだ。
今の俺ならはっきり言える。
「俺は魔王の味方だよ」
魔王に全力で引かれた。
そんな顔をしなくてもいいじゃないか……
咳ばらいをして、話を戻す。
「で、この配信についてだが……」
「なんだ? 人間に対する宣戦布告じゃないのか?」
そう聞こえても仕方が無いか。
でも、この配信活動には俺にとってもっと重大な目的がある。
俺は真面目な顔で魔王に向き直る。
彼女の緋色に輝く大きな目をまっすぐ見つめる。
場の空気がピリつく。
「俺、これで食っていこうと思うんだ」
魔王が固まってしまった。
一応理由でも説明するか。
「最近の通信魔法ってすごいんだ。魔法が使えない人でも魔道具でなんとかできるからな。それ使ってなんか新しい商売を……」
この配信は魔王の協力あって成立する。
俺は通信魔法と魔道具の進化について、必死な顔でプレゼンをした。
なかなか納得してもらえない。
魔王は首をかしげて、本質をついてくる。
「それで、お金は?」
核心を突かれたが、大丈夫だ。俺には考えがある。
「応援してくれる人がお金を”投げて”くれるんだ」
「我には人間社会の文化など知らん。金が投げられたとして、それはどこにいくのだ?」
「王都にある俺の銀行に入れて貰おうかと……」
魔王がふっとフッっと笑う。
無い胸を張り、腰まで伸びた白銀の髪が揺れた。
この可愛さを音声配信では見せられないのが残念だ。
「ムデル、お前は本当に馬鹿だなぁ。さっき自分で実名を開示して、王国に宣戦布告したばかりじゃないか」
確かにそうだ。
今頃、俺が王国で保有している資産はすべて凍結されているだろう。
「今頃、売国奴として指名手配されてるぞ! はっはっは」
魔王は何だかうれしそうだ。
俺は未来のことについて深く考えない。その時その時で生きている。
今回も魔王に『働かざる者食うべからず』と三時のおやつを没収された勢いでやったこと。
この生活が幸せだ。俺を駒として見ず、名前で呼んでくれた魔王の助けになりたい。
「うん。なら、尚更帰れないな」
魔王の笑顔が凍り付く。
お金にする方法は追々考えるとしてだ。
魔王の面白さを知ったら、人間も戦う気を無くすだろう。
彼女は戦いを好まない。魔王という立場で生まれ、嫌々戦争をしている。
だから俺は、魔王城の平穏を守るため……
「明日からも配信頑張るぞ!」
「どうしてそうなるのだ!?」
こうして俺と魔王の配信生活が始まった。
新しい朝、気持ちが良い朝。魔界の赤みがかった日の光が俺を優しく起こす。
昨日は魔王を押し切る形で納得してもらった。
さあ、今日からは企画探しだ。
俺はいつもと違う充実した気持ちで体を起こす。
「仕事があるっていいな」
「お前は現在進行形で無職だぞ……」
目の前に魔王が立っている。
今日も清々しい朝だ。
「もっと親愛を込めて呼んでくれてもいいんだよ! お前とかではなくて……」
実質城で同居している付き合いだ。
「おま、はあ……君、我が玉座の前で寝て良くそのテンションだな。下、石だぞ」
俺は魔王城で復活して、ずっと床で寝ていた。
それ自体は別にいい。騎士時代の野営で慣れている。
でも、これは流れでいけそうだな。魔王は押しに弱い。
「じゃあ、ベットをくれないか?」
「誰がやるか! っと言いたいところだが、毎朝ここに来て君の顔を見るのも嫌だな……」
魔王が顎に手を置いて何やら考え、渋々といった表情で答えた。
「分かった。部屋をやろう。どうせ誰も使わない客間があったからな」
「悲しいことを言うなよ」
俺は立ち上がり魔王の頭を撫でてあげる。
ちょうどいい高さだ。
「悲しんでなんかないわ!」
いつもなら俺は死んでいる。
それがこう、まだ手に柔らかな感覚があるということは、どうしたんだ?
「別に魔王と同じ部屋でも良いんだよ?」
「それは絶対無理」
即答された。
好感度は犠牲になったが、いつもの調子になってくれて良かった。
「マオウサマ、オショクジノジュンビガデキマシタ」
俺の後ろから機械の声がする。
玉座の間に来たのは自立型のゴーレム。魔王城の雑事をすべて任されている。
こいつはゴレ6号か。
俺は最近やっと、このゴーレムたちの見分けがつくようになった。
「シンニュウシャ、シンニュウシャ……」
ゴーレムが俺にビームを放つ。
魔王城に来て随分経つのに、まだ俺を覚えてくれないのか……
すんでのところで攻撃をよけていたがそれも限界だ。
「おいおいやめろよ~。やめてください……やめんか!」
「やめてやれ、ゴレ6号」
「あのぅ、そろそろ俺の情報更新してもらえませんかね?」
「ムデルこそ、この程度の攻撃でなんて体たらくだ」
「いやいや! 『この程度』って! 普通死ぬからね? 防御不可能の光線なんて、普通死ぬからね!?」
大切なことなので2回言った。現に俺はこのゴーレムに何回も殺されている。
魔王城を守る番人。ブリキのおもちゃのような愛らしい見た目だが、性能は凶悪だ。
「はぁ、まぁいいよ。ゴレ6号、彼は無害だ」
「リョウカイシマシタ」
分かったなら良い。
さて朝ごはんだ。今日は何かな。
食事場に移動しようと俺は歩く。
「君の馴染みっぷりはすごいな」
それほどでも無い。ここが落ち着くだけだ。
玉座の間を出ようとしたとき、俺の頭に突如考えが閃いた。
急いで通信魔法を使う。
配信二回目だ。
『どうもー、俺はムデル! そしてこっちは……』
『今、配信始めるんかい!』
『善は急げだよ、魔王』
『どこに善があるんだ……』
『まぁノリの悪い魔王は置いておいて、今回はは朝食前に”魔王城をご案内”のコーナーです』
『朝の軽い体操みたいなノリで、機密情報を漏らすのやめて貰えないか?』
『確かに魔王の言い分は正しいです。そこで……今から王国の秘密を教えちゃいます!』
『すげぇよおま、ムデル、君は』
『知りたくないの?』
『いや、ここは素直に貰っておこう。有益な情報ならこの無意味な戦いを終わらせられるかもしれない』
『王国の秘密は……』
『秘密は?』
『でけでけでけでけ……』
『タメが長い!』
『デーン! 王都の三番街にある定食屋には秘密の裏メニューがある! でした!』
『どうでもいいわ!』
『いやー、あれめっちゃうまいんだよ。職場近かったから良く通ったな』
『懐古に浸るんじゃない! え!? ほんとにそれだけ? 王国の秘密って……』
『本当は誰にも教えたくなかったんだ……昼時に混雑すると困るからね!』
『お前の秘密やないかい!』
『きゃっ、恥ずかしい』
『……で、王国の秘密は無いのか?』
『俺みたいな下っ端が知ってるはず無いじゃん』
『だと思ったわ……』
『はい! という訳で、居酒屋”定食屋”さん、広告待ってます!』
『それが名前なんかい! そしてちゃっかり営業するなー!』
『魔王も温まってきたことですし、”魔王城をご案内”のコーナーに戻りまーす!』
『おい! 流すんじゃない! 情報が釣り合わなさすぎだろ! もうお前王国のスパイだろ!』
『王立銀行さん、俺の口座お願いしますね?』
『前回のこと反省してんじゃねーか! もう無理だよ! 諦めろよ!』
『はぁ、まぁいいですよ別に……』
『流石に口座の凍結はムデルでも落ち込むのか……』
『流石にね、うん……騎士団に入って10年間、遊ばず貯めたお金が消えるとなると……』
『お、おい。そんなに落ち込むなよ。今配信中だぞ?』
『うぃー、じゃあ、みなさんはりきっていきましょー』
『クソッ、やりずらいな』
『まおうのへやどっち?』
『あぁ、まっすぐ進んで右側の部屋だ』
『ありがとう! さぁ皆さん! 最初、ご紹介するのは魔王の自室です!』
『は?』
『走れー!』
『待てこらー!』
『と、いうことでですね。ここが魔王の部屋です! うわーかわいいー!』
『お前転移魔法使いやがったな? そんなもの使えるなら、ここから出ていけ!』
『俺の転移魔法は一か月貯めた魔力で、さっきの距離が限界でーす!』
『そんな切り札をこんなことで使うなー!』
『切り替えていきましょー! 魔王の部屋にはぬいぐるみがたくさんあります。おやおや、机の上には……』
『見るな!』
『なんとっ! 魔王のぬいぐるみは自作だったのです! これはすごい情報を知っちゃいました!』
『そして公開するな!』
『くまちゃんに、ねこさん、これはいぬくんかな?』
『声を優しくするな! 子供じゃないわ!』
『遠いところにいる皆様に詳細な情報をお伝えするため、不詳このムデル、解説をさせていただきます』
『またなにか始まったぞ……』
『目の前に広がるのは天蓋の付いた、やわらかいピンク色のベットを中心とする、ぬいぐるみの天国だった。ほのかにバラの香りがするその部屋は…』
『やめろ! 恥ずかしいわ!』
『はぁ。魔王ねぇ、これ音声配信なの! 情景描写が大切なの! まあ、いずれ映像配信にも挑戦してみたいけど?』
『それは許さないからな』
『けちー、って言っても俺、映像を魔導波に乗せられるほど魔力無いんだけどね』
『っていうか受信してもどうやって見るのだ……』
『今後に期待ですね? 魔王さん』
『はい、私も魔導技術の発展に非常にきた……って私は解説者じゃないわ!』
『では、次の場所に行ってみましょう!』
『流れで次行こうとするな!』
『次は……』
『マオウサマ、ゴハンサメマスヨ』
『すまんなゴレ6号、この馬鹿に付き合っていた』
『これだ! ……はい! 魔王城は、他つまんないのでここのマスコット、ゴーレムのゴレ6号にお越しいただきました!』
『企画倒れじゃないか!』
『6号さんは、家事から戦闘までなんでもできちゃう、魔王城にかかせない存在です! 料理はプロ級だぞ!』
『ごれごれ~』
『ん?』
『では6号さん、配信を聞いてくださっている方々に一言お願いします』
『僕はゴーレムのゴレ6号ごれ! みんなにはもっと魔界のこと知ってほしいごれ! 人間、魔族、ゴーレム、みんな友達ごれ~』
『普通にしゃべってる!?』
『はい、ありがとうございました! 6号さんは平和主義者なんですね~』
『そうごれ! 暴力ダメ絶対ごれ!』
『さすが6号さん。よっ、魔王城のマスコット!』
『ごれ~』
『いやいや、朝普通にムデルを殺そうとしていたよね? ってそれはどうでもいいわ! 普通にしゃべれるんかい!』
『マオウサマ、ナンノコトデスカ?』
『え? え? どういうこと?』
『ごれごれ~』
『ってお前か! ムデル! 声真似うますぎだろ!』
『もう魔王ったら、配信中のネタバレは禁止ですよ!』
『知るか!』
『魔王のせいでやらせがばれてしまったので、今回はここまで!』
『やったのはお前だー!』
『ばいばーい』
俺は通信魔法を切る。
うん、やはり良い。魔王もノリが分かっているではないか。
久しぶりに朝から活動した充実感に浸っていると、魔王が顔を引きつらせて聞いてくる。
「ムデル、君は大道芸で食っていった方がいいぞ……」
「あれ? 今回は怒らないんだ」
「流石に疲れた。それにゴーレムの声真似うますぎて、だいぶ引いた……」
「結構自信あったんだよねー、練習したし」
「練習? してたのか?」
「マオウサマ、クチモトニタベカスガツイテイマス」
「おお、ありがとうゴレ6号」
「……」
「……いや、お前かムデル!」
「ばれた? でも魔王もさー、まだご飯食べてないじゃん」
「え? まてまて。ということは今までゴレ6号とした会話の中に……」
「うん。たまに俺が話してた」
「お前は魔王城出禁だー!」
配信者生活2日目、俺はさっそく仕事場を失った。
そして魔王に城を追い出されて即、近くにいた魔獣に殺された。
場所は食事場。目の前で朝食をとっている魔王に、笑顔で挨拶をする。
「クソッ、やっぱりこうなってしまうのか」
魔王が眉間に手を当てている。
諦めましょう。ここの魔獣は強すぎるんです。
やはり俺の居場所はここだ。
決意を新たに配信のネタを考えようとしていた。
「ムデル、君は普通に弱いのではないか?」
魔王に確信を突かれる質問をされた。
失礼だな魔王。俺はこう見えても、こう見えても?
「俺、雑魚だったわ……」
今思えば、幼少期から魔法が好きだった俺は、大人になっても変わらなかった。
魔道具ばかりをいじる毎日に、騎士団での立ち回りも上手くいかなくなり、王国からは監視任務という名の僻地への左遷。勇者パーティーでは残機扱いの始末だ。
まあ、よくよく考えなくても俺はただの一兵卒ということ、今更だな……
天井を見上げ、自分のキャリアを見返す。
見ないようにしていた現実が、今の自分を照らし出していた。
「自分で言って落ち込むなよ……」
でも、俺が悪いという訳でも無くないか?
真面目に生きてきたし、うん。
「この時代がおかしい!」
「世間のせいにしたら終わりだぞムデルよ……」
『っというわけで、今回の議題はこれ! ”勇者多過ぎ問題”です!』
『いきなりはじめるな!』
『皆さんおはようございます。俺はムデル! そして……』
『配信の間隔短すぎだろ! 1時間も経ってないぞ!?』
『はい、まだ朝なのでご飯を食べながらの配信となりますが、ご容赦ください』
『マオウサマモドウゾ』
『ゴレ6号、わざわざありがとうな』
『6号ありがとう! ん? まてよ……』
『どうしたんだ? ムデル』
『いや~、食べながらの配信って、咀嚼音とか入っちゃうじゃん?』
『ああ、配信やめるか?』
『いや、なんかこれ使えないかなって』
『どうやって使うのだ?』
『人が食べてるところを聞いて、満足するんだよ。なにか新しいブームを起こせそうな予感……』
『それは無いな。食事とは基本、目と口で楽しむものだ』
『やっぱりそうだよね。なんかいけそうな気がしたんだけど……』
『おい、この配信グダグダだぞ……』
『おっと失礼! 皆さんも気になっている本日の議題について話しましょう!』
『結局、食事は取るのか?』
『食べながら話すのはなんかあれだし、とりあえず食べちゃおうか』
『そうするのか……』
『……』
『……』
『……』
『……』
『……』
『おい! これはまずいだろ! 配信だぞ?』
『うーむ。咀嚼音配信、需要があるのなら意見待ってるぜ!』
『どうやってだ!?』
『よしっ、一旦食事は置いておいて』
『やっぱりこうなるのか……』
『魔王にしつもーん!』
『なんだ?』
『最近、勇者と戦ったのはいつですか?』
『最近か、2ヶ月前かな』
『お! 結構最近』
『私が戦うことはめったに無いぞ』
『まぁそうだよねー。魔王城周辺の魔獣強すぎだし』
『そもそも最近の勇者は”人数が多い”だけで弱すぎる。というか個性が無い』
『”昔は良かった”的なやつですか?』
『そうだ。前の勇者はな、もっと、なんというか……芯があったんだよ』
『ここ数年で勇者の数は爆発的に増えましたからね』
『確かに多いとは思っていたが、どのくらいだ?』
『えーっと、大体10人に1人?』
『多すぎるわ! え? どうなっているの? なんで?』
『もう、解説者さんなんですから、しっかりしてくださいよね』
『知らん知らん! 人間のことなど知らんわ!』
『はい。勇者の数は多くなっているんですが、魔王城に辿り着くのは極一部ということが分かりましたね』
『流すなー! なんでそんなに勇者がいるんだよ!? 私はそいつら全員を敵にしている訳か!?』
『はい! 全員魔王を倒しそうと頑張っています!』
『来るな! 面倒だわ!』
『まあまあ落ち着いて……でもここまで来れる勇者ってどのくらい強いんですかね?』
『はぁ……そうだな、前戦った奴らはめっちゃ力が強かった』
『大雑把すぎるわ! って俺はボケなんですよ。しっかりしてください魔王……』
『仕方がないだろ。あいつら力技だけだったからな』
『どのくらい強かったのか、具体的に聞いていいですか?』
『そうだな、城くらいの大きさの岩を投げてきたぞ』
『脳筋か!? ってまたやっちまった。くそっ、勇者め!』
『大丈夫か、君は』
『まぁいいや。でも、なんで魔王城は健在なんですか? 流石にやばかったんじゃ……』
『その程度の攻撃、我が防げないとでも?』
『どうやったので?』
『これ配信されているんだろ? 手の内を明かすのはダメだ。それは許容できない』
『そうですか……』
『どうした? 今回はやけに素直だな』
『お腹すいたので今日はここまで!』
『終わるのもいきなりか! お前が始めたんだろ!』
『ばいばーい!』
『これ聞いている奴いるのか……?』
腹が減りすぎて魔力切れだ。
俺は配信を切って、朝食のパンを手に取る。
長い天板を持つ本来多人数用であろうテーブルには、朝食が2人分用意してあった。
俺の分を忘れてないで用意してあるとは、可愛いやつめ。
「ムデル、君ってやつは……」
「魔王の秘密は守れたんだし、感謝してくれよ?」
「いや、話す気はさらさら無かったんだが……」
「でも気になるな、どうやって勇者の攻撃を防いだんだ?」
「教えるはず無いだろ」
「お願い! これあげるから!」
俺はテーブルの中央に盛り付けられていた果物を手に取り、魔王に差し出した。
この赤い果実はラスト一つ。デザートが無くなるのは辛いが、これも等価交換だ。
「それは元々我のだ! ……もういいよ、教えるよ。君は無害そうだしな」
「そうですよー、この無垢な顔を見て、なにをためらっているのですかー?」
「どの面下げて言っているんだ!? あー、もう! 絶対他には言うなよ! 配信でもだぞ!?」
「わかってるってー」
「くそっ、信用できないな……あれだあれ」
「どれ?」
「時空間魔法の応用だよ」
「へぇ。城程の大きさで、ですか?」
「そのレベルの門を開くのには少し手間がかかったがな」
攻撃を他の場所に飛ばしたという訳か。
確かに魔王の潤沢な魔力をもってしての芸当だ。
俺は目をつぶって光景を想像した。
「面白くない」
「は?」
「なんか、思ってたより普通でした」
「……お前が聞いたんだろうが!?」
正直もっとすごい感じのを期待していた。例えば、すべてを目に見えないくらいまで切り刻んだりとか。
結構地味な絵柄が答えだったので、俺の興味は消えていく。
手に持っていた果物を食べ始める。
「だから! それは我のものだって言っているだろ!」
「回答がつまらなかった罰です」
「追い出したい……ん? どうした?」
「これあげる」
半分残った果物を魔王に手渡す。
「食べかけじゃないか! そんなのいらんわー!」
そう言った魔王に、俺は再度城の外に飛ばされるのだった。
そして当たり前のように魔獣に殺され、俺は先ほどの場所にいる。
本日2度目、流石に魔王の反応は薄かった。
魔王の呆れ顔をよそに、俺はゴレ6号に空き部屋へと案内された。
巨大な魔王城の隅にある部屋。簡易的なベットと机、生活するための最小限がそこには揃っていた。
来客が無いにもかかわらず、俺が王都で済んでいた家より綺麗にされている。ここのゴーレムたちは優秀だ。
さて、仕事をするとしよう。
机に置いてあった紙にペンを走らせる。俺がやるべきことは二つだ。
「満足か? といっても一時的だからな」
魔王が扉に立っている。
ちょうどよかった。俺もお願いしたいことがあったのだ。
歴代勇者が持っていた魔道具を使わせて欲しい、と。
俺の本職は魔道具弄り。配信をより良くするためにも、勇者が装備していたであろう魔道具を使いたい。
魔王は悩んだ後、ゴーレムに俺を地下へと案内させる。
目的は聞かれなかった。ただ、少し悲しそうだった。
地下の保管庫に辿り着いた俺が見たのは、昔なら手が出なかったであろう高価な装備に魔道具。
俺の気分は上がる。これだけあれば作れるかもしれない。
そして10日ほどが経っただろうか。
早朝、俺は作った魔道具を両手に抱え、魔王の元に行く。
「魔王! 配信だ!」
魔王は何故か驚いた顔をしていた。
「帰る準備が出来たのではないのか……」
何を勘違いしていたのだろうか?
俺が作っていたのは通信魔道具の改良版だ。
これによって外からの通信を一手に引き受けることが出来る。つまり、配信を聞いてくれているリスナーの反応を受け取れる、という訳だ。
通信魔法は魔力の波形を登録することで、特定の相手と繋ぐことができる。他の人に聞かれないための保護だ。
それを応用して、複数の対象から一方向の情報を送れないかと考えていた。
ここにあった最上位の魔道具たちのおかげで、不完全ながら実現に至ったのだ。
俺は興奮気味に説明した。
これは革新なのだ。
「いや、素直にすごいぞ……」
魔王の賞賛が心地良い。
今日から本格的に配信を始まる。
俺は企画書を渡す。
「これは……本気で言っているのか?」
「絶対にウケるから大丈夫」
魔王が渋々頷く。
もっとごねられるかと思ったが、今日は機嫌が良いのかもしれない。
そうして準備が終わり、気合をいれる。
配信中は楽しさをアピールするため全力だ。
『どうも、俺はムデル!』
『私は魔王だ』
『本日で4回目となった配信ですが』
『いや、不定期すぎて前のを聞いていた奴なんていないだろ……』
『そうですよね、そうなんです。ですので今後は王国標準時間午後8時を目安に配信します』
『え? それって……』
『そう、毎日です!』
『勘弁してくれ……』
『それはそうとして。魔王さん、お願いします』
『はぁ……リスナーの諸君、君たちの感想を受け取れるようになった。魔力の波形は……』
『ちょっと魔王、痛いって。優しくしてくれー』
『うるさいな、我慢しろ……今通信に乗せて送った。感想を送る際は名前を名乗るんだぞ』
『はい、ありがとうございます。いつか、お返し配信とかも考えているからなー』
『本当に送る奴がいるのか……』
『よし、告知は終わりで。今日の企画は”魔王の一日を覗いてみよう”です!』
『不本意だがな』
『早朝、魔王の朝は早い。魔界の赤黒い日が昇る前に目を覚ます』
『え? もう始まっているの!?』
『魔王は鏡の前に行き、こう言った』
『私、今日も可愛い! ってそんなこと言わんわ! なんだこの台本はー』
…………
……
魔王とのやり取りが終わり、通信を切る。
さてさて反応はあるのかどうか。
俺は魔道具の前で待っている。隣にいる魔王も心なしか落ち着いていない。
魔道具が音を立て始める。通信を受け取っているみたいだ。
セットされたスクロールに文字が写しだされる。
音声を魔力によって文字化する記録用魔道具を使っていた。これによって俺たちが寝ている間も受け付けられるのだ。
二人して前かがみになり、スクロールを覗き込んだ。
『某国の騎士です。本当に魔王なんですか?』
成功だ。
内容はともかく、感想が来たことに喜んだ。
俺と魔王は勢い余ってハイタッチをする。
直後お互い恥ずかしくなったが、喜びは本物だ。
あれからは毎日配信をした。
軽い雑談から、城周辺の魔獣紹介まで企画は様々だ。魔王にいたずらをしたときは、年齢規制が必要になったが……
そんなこんなで俺たちの知名度も上がり、今では連日感想が届いてくる。
「見てくれ魔王! 人間からの反響がこんなに沢山!」
とある日の朝、俺は感想が書かれたスクロールの山を抱え、玉座に座っている魔王に笑顔を見せる。
「ほう……今日はどんなことが書かれているのだ?」
俺にも分からない。魔王と一緒に見ようと決めていたのだ。
魔王と横並びになり、スクロールを開いて行く。
『一般主婦です! 魔王ちゃんが可愛い! もっと声を聞かせてください!』
魔王に対する絶賛で溢れていた。
魔王の顔が赤くなる。
「照れてる?」
魔王は何も返さない。それでもスクロールめくる手は早くなり、心なしか嬉しそうだ。
感想が続く。
『ムデル、見つけたぞ。俺様のこと悪く言いや……』
読んでいる途中で破り捨てる。
これはあの勇者からだろう。凸でも何でも待ってるぜ。ここ魔王城だがな。
魔王が無言で俺を見る。
次だ、次。
『ムデルってあの反逆罪に問わ……』
これも破り捨てる。
魔王からの目線が痛い。
一通り見たが、大半は応援コメントだった。まあそうか、ここが魔王城なんて信じるものなどいない。
「よかったな魔王。これで俺たちは人気者だ」
魔王のツッコみあっての人気だ。功労者をねぎらわねば。
「確かに私一人だと、ここまで人間と触れ合うことが出来なかった。ありがとう」
魔王が珍しく感謝の言葉を口に出す。
俺は今までで一番の充足感を感じ、笑顔を返した。
俺たちの未来は明るい。
「それでだがムデル、これをどうやってお金にするんだ?」
「……」
──俺の配信生活は始まったばかりだ。