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【短編】スキル『バフ料理』を貰ったら、クソまず飯しか作れなくなって困ってます。

作者: 綾川混沌






ーーー待ちに待った、私の番が来る。いよいよ、私のスキルが分かる時が、今まさに到来する!きっと今から私の伝説がスタートするところだね!!




 ……この世界の人間は皆、15歳になった時、国民天賦授与の儀ーーー通称・スキル鑑定会、が行われる。

 そして、このスキル鑑定会は、人生において最もと言っていいほど重要なのである!!


 15歳というと、ちょうど中学を卒業した時にスキル鑑定会が行われる。そして、それは今後の進路に大きく関わってくるのだ!

 例えば、『戦闘』スキルを持っていたら高校は士官学校になる。そして将来は従軍が必須とされるのだ。『剣技』『銃技』などのスキルも同様だ。軍送りである。可哀想に、嫌々でも軍送りにされてしまうのだ……ただスキルを割り振られただけで。

 だがしかし、精神面は置いておいて、『戦闘』スキルを持つということは、『戦闘』に一番適性があるということである。絶望的に向いていない、ということは起こり得ないのだ。


 ーーー『スキルは授かるものではない』という教訓がある。『スキルは、それぞれの人の子の才能をただ教えてくれているだけ』という意味のものだ。

 実際に同じスキルでも、『戦闘+1』『戦闘+2』など、後ろにつく数字で、現在の才能の度合いが表される。

 しかし、初めての鑑定会で『戦闘+1』をもらった子が、2年後には『戦闘+3』になることもある。そして、『戦闘+2』をもらってから2年間ずっと同じ+2のままのこともある。これは、努力の差などではなく、『伸び率の才能』によって起きる。

 スキルは、ただ、現実を映すだけなのだーーー。




 


 などと思いに耽っていたところ、隣の席のやつが立ち上がったことによって我に帰る。

 「は、はい!」なんて言いながら、飛び上がったように立ち上がっている。緊張しすぎだって。


 幼馴染のルークだ。

 こいつは定食屋の息子で、本人の希望としては料理スキルが欲しいらしい。「料理+2が欲しいな〜!い、いや、戦闘は論外。じゃあ料理+1!+1でいいから絶対に料理スキル!!」と言っていた。

 ちなみに、私はその定食屋で看板娘としてアルバイトしてる。別に、私がやってるのは接客だけだから、料理スキルが欲しいとかはないけど。というか、家で普通にやってるから、料理は得意な方なんだけどスキルまではいらないかなあって感じ。まあ料理は趣味ってことでいいかなって。

 と欲しいものを考えてみる。『魅力+5000』とか貰えないかな〜!?みんなからモテモテのミーコちゃんにぴったり!!スキルは現実を映すからね、現実が素晴らしければ5000くらい軽く超えるに決まってるよね!魔性のビューティーミーコ!!

 ま、真面目に言うなら『魅力』スキル自体はあるんだけど……、後ろの数字、人類最高観測値が10だっけ??




 とまあ、馬鹿げたこと考えてたら順番来ちゃった。

 次は私か。「はい!」と自信満々に、水晶の置いてある台に近づく。隣のルークは親指でサムズアップしていた。

 あ、ごめん、ルークの結果聞いてなかったわ。



「……ミーコ・フェルト。前へ。右手を水晶にかざしてください」


「はい」



 言われた通りに、右手を水晶にかざす。

 水晶がきらりと光った。基本的に、水晶の中は神聖文字で書かれているため、神父の解読に頼るしかない。そして、この場で口頭で結果を教えてくれるのだ。



「ミーコ・フェルト。汝の天賦は……。……『バフリョーリ』??」


「……ってなんですか??」



 と反射で聞き返すと、「さぁ……」と首を傾げられる。しっかりしてくれ専門家。「何か心当たりは?」と聞かれる。私は、「そういえば……」と言いながら言葉を続けた。



「バフ……。豪快にくしゃみをした時、そのように聞こえる気がします!」


「思い切りが良すぎるだろ」



 神父が渋い顔をしている。



「……まあ、未発見のスキルってことでスキル研究所に送っとくから、結果が出たら郵送するね」


「……おっす、了解です」






******







「……なんてことがあったんだよね〜」


「はしょるな説明を。じいちゃんとお前は、血は繋がっていても心は繋がってないんだ」



 クレームがうるさくて仕方ないから、優しく分かりやすく教えてやった。


 じいちゃんはこの話に対して、



「ほう。じゃあ結局、まだ何のスキルなのかは分からんのか」


「そうそう。まだまだ私の可能性は無限大ってわけ」


「戯言はともかく、『次ワシのところに来るのは、何か報告がある時で構わない』と前伝えたよな?」


「じいちゃんのくせに生意気〜?!

 部屋に鍵が掛けられないことを恨むがいい!

 病院が空いている限り、じいちゃんは来客を拒めないのさ!」


「ふん。なんでお前はそう、活きがいいのか……」


「活きがいいって動物くらいにしか使わないよね?!」



 そう。うちのじいちゃんは今、入院している。結構長いこといて、今3ヶ月くらいだったろうか。病気自体は悪くないんだけど、体が高齢で弱ってるから中々良くはならない、って具合らしい。

 ちなみに、お見舞いに来られるのは嫌らしい。私が来るたびに追い返される。だから私は嫌がらせのために来てる。



「そんなこと言っちゃって〜!本当は楽しみにしちゃってるんでしょ!?

 私と……これ(・・)を!!」



 そういって私は、隠れて持ち込んだ親子丼をじいちゃんに差し出した。ミーコちゃんお手製の特上親子丼である。「おお…!」と思わず出たような感嘆が、じいちゃんから発せられた。



「今回はね〜、出汁にこだわってみたんだよ。『合わせ』っていう、昆布とカツオの二つの出汁を一からとったんだけど。カツオの方が削る必要があって大変だったね!」


「ふん。御託はいい。ありがたく貰うとしよう。

 ……いただきます」



 蓋を開くと、優しい醤油の匂いが側に広がった。

 卵の光沢で表面が光っている親子丼を、スプーンで一口分掬う。

 ぱくっ。そのスプーンが、じいちゃんの口の中に収まった。



「おおっ!!味気ない病院食では味わえない、ジャンキーな風味!?……うまいなぁ」


「ふふ〜ん!でしょ??

 じいちゃんが病院食は嫌いだって言うから、いつも私が不法持ち込みしてあげてるんだからね」


「うんうん、本当にうまいなあ」



 私の調子に乗った態度は流すようにされ、食べることに集中しているじいちゃん。

 あっという間に食べ終わって、「……ご馳走様。うん、お前の料理は最高だよ」と言ってスプーンを置いた。

 「さっ撤収撤収!」と言いながら、私がスプーンを受け取ると、じいちゃんが何か言いたげに口を開いた。



「なあ、お前も本当は遊びたいだろうに、いつもお見舞いに来てくれてありがとうな。

 料理も、いろいろと手間をかけた物を作ってきよって……。お前は昔っから料理が好きで、ワシに色々食わせてきたなあ。お前はずっとワシの可愛いシェフだよ」



 じいちゃんは真剣そうにそう言った。

 やめてよ、シリアスな雰囲気苦手なんだから。茶化したくなる。

 私も真剣そうな顔を作って言った。



「じいちゃん。あんまりそういうこと言うと、フラグが立つからダメだよ。

 死亡フラグって言うんだけど……」


「まだ死ぬつもりないわ!失礼な!」



 フラグは折っておかないと危ないと思って。てへぺろ。

 じいちゃんは寝返りを打って、向こう側を向いた。



「……お前も高校に入らんといけない時期だろう。気が向いた時だけ来なさい」


「ま、じゃあ退院するまでは手料理持って見舞いに来るから」


「期待せずに待っとくよ」


「ミーコちゃんの次回作に期待しとけよ〜!!」



 と言いながら、病室のドアを勢いよく閉めた。







******







「それで?ミーコちゃん。

 結局何のスキルをゲットできたの?」



 幼馴染のルークから聞かれる。場所は、定食屋『フーゴー亭』。冒険者向けのがっつり食べられる手頃な定食屋だ。今、私はアルバイトの時間中なのだが、お客さんがいなくて暇だからルークと喋ってる。ちなみに、ルークは期待通りに『料理+1』のスキルを手に入れたらしい。面白みのない奴め。軍送りになって涙目になる姿が見たかった。


 スキルの結果?いいだろう、見せてやろう。

 そうして、私はポケットから紙を取り出し広げて、印籠のように掲げた。



「読め、と?」


「私、論理的な説明苦手だから。この文読んだ方が早い」


「それはそうだね」



 納得したように深く頷くルーク。

 速攻で同意するんじゃねえ、とチャップする私。



「え〜と?『バフ料理』……。これって料理スキルだったんだ?!僕とお揃いだね!」


「スキルにお揃いっていうのなんかキモいな……。

 それが、同じスキルでもないんだよ」


「え〜、『バフ料理は、一時的に何らかのステータス(腕力、脚力、頭脳など)を上げる効果がある』。

 え?!まじで!!そんな料理あったら、飛ぶように売れるよ!うちのシェフになりなよミーコちゃん!」


「それがそうでもないんだな。はい続き読んで」



 そう。ここからが問題で、私の悩みの種なのだ。



「『※ただし、味は著しく落ちる可能性あり』。

 ……ってどういうこと??」


「端的に言うと、クソまずい飯になるってこと」


「おおぅ……。

 ノーリスクでバフを受けられる訳じゃないってことか。そんなおいしい話もないって訳だね、料理だけに」



 私はスルーして何も聞かなかったことにした。



「さあ、ルーク君。ここから、君に手伝ってもらいたいことがあるんだけど」


「……何さ?

 今までの経験を帰納すると、ロクでもない頼み事なんだなって分かるけど」



 自信満々に、ビニール袋からタッパーを取り出す。

 私の得意料理の親子丼だ。見た目は普段と変わりない。



「……私の料理、食べてかない??」



 ルークは青い顔をしてた。

 私は無理やりスプーンを持たせる。スプーンが震えていた。



「大丈夫、大丈夫……。大体、料理はレシピに従えば大失敗はしないんだ……。不味いわけがない……」



 独り言のように呟いていた。

 ルークは思い切り目を瞑る。スプーンをガッと自身の口に押し込んだ。



「!!!???」



 ルークは衝撃でスプーンを落とし、立ち上がって軽くジャンプをした。

 そんなに力を入れずに1mほど飛び上がり、天井に頭をぶつけていた。

 そして着地すると、そんなに飛んだことに驚いてよろけていた。

 ……お、おーい。大丈夫か〜?



「えっ。まっず!!!まずい!!」



 と言いながら、親子丼の普通の見かけと、スプーンを見比べて信じられないような顔をした。



「それで、くっそまずくて……。なんか飛びあがっちゃって……頭が天井に??いや、別のものに頭ぶつけただけ?」


「いや、頭は天井まで届いてたよ」


「そんなバカな!

 ……あっ、スキル??」



 そうだと思う。と深くうなづいた。

 正直、今のルークが最初の犠牲者ーーーいや、実験対象だったので、こんな風になるとは思ってなかった。



「いや、そんなことよりも!!

 くっそ不味いんだけど、一体何がどうなってんの!!?

 焦がしたとか塩が多いとかじゃ考えられないくらい不味い!!信じられない!!虫でもすり潰して入れた??とんでもないエグみがある!」



 定食屋の息子のルークとしては、この味は理解を超えたものだったらしい。

 しばらく考え込んだ後に、意を決したように私に尋ねてきた。



「前から、ぶっ飛んだ頭をしているとは思ってたんだけど。……もしかして本当に虫でも入れた??」


「入れねぇわ。スーパーに売ってるものしか使ってないわ」



 そんなにあり得ないほど不味いってことは、私じゃなく、人智を超えたスキルの働きによるものだろう。



「……でさ、ここからが本題なんだよルーク。

 このスキル、オンオフの設定はないらしいんだけど。

 この親子丼、どうしたら美味しくなると思う??」


「……そんな無茶苦茶な!」


「まあまあ、そんなこと言うなよ〜。

 ほれ、もう一回味見してみ??良いアイデア浮かんでくるかもよ??」


「……天井まで浮かぶことならできるだろうね!

 とにかく、ソレをもう僕に近づけないでくれ。


 ……それは、人が食べられる物じゃない」



 ルークは恐怖に染まった瞳をしながら、後退りをしている。

 あっ逃げた。この定食屋もあいつの家なのに、もっと奥の自分の部屋まで行きやがった。


 

 食べかけの親子丼が入ったタッパーだけが、机の上に残された。


 『人が食べられる物じゃない』かぁ……。今さっき、ルークに言われた言葉を思い出す。


 ……次のじいちゃんへのお見舞い、どうしよう??







******







 私がクソ不味い料理しか作れなくなってから、1週間が経った。この悩みが解決されることも、解決の糸口も見つからなかった。

 その間、私は士官学校と料理学校の両方から推薦をもらっていた。私のスキルは特殊スキルのため、前例がなく、どこの学校が義務なのかが決まっていない。そのため、更なる戦力強化を狙う士官学校と、更なる料理の可能性を探究したい料理学校の、両者から熱烈なアピールを貰っていた。毎日家に電話がかかってくるので、どっちも着信拒否にしておいた。私はもうこのスキルが嫌になっていて、「もう、技能が必要ない普通科の学校に行こうかな……」と思っていた。



 ……別に、バフなんてどうでもいいんだ、私にとって。

 そんなことより、おいしい料理が作りたいーーーという切実な願いである。


 あれから毎日ルークに食べ物を持っていってるのだが、「ああ、後で試しとくよ」と言われて隅に置かれてしまう。『試す』って述語はなんなんだよ、『食べる』だろ普通は。肝試しみたいに言うな。

 私だって、毎日全く同じ物を持っていってるわけではない。親子丼から始まり、ハンバーグ、オムライス、唐揚げなど、色々と作ってみた。ルークは、「……あとどれくらいレパートリーがあるのかな?」と青い顔で聞いてきた。弾切れを狙うな。

 ……嫌がらせで持っていってる訳じゃない。ルークはあれでいて、料理の腕は確かだ。だから、ルークからの合格を貰うまでは、その……。おじいちゃんには食べさせられないなって思っただけ!!



 今日も今日とて、バイトはないのにフーゴー亭を訪れた。鍋いっぱいのシチューとともに。

 ホールを抜けて、厨房のドアを開け、



「お〜い!ルーク!!

 飯の時間だぞぉ!!」



 と思いっきり叫んだ。


 すると厨房の真ん中にはルークの親父さんが立っていて、ルークは隅の方で座っていた。



「ちょうど、ミーコちゃんのことを待ってたんだよ」



 ルークパパが、手を広げて私のことを歓迎してきた。

 ルークパパは、料理人らしくぷっくりとした腹を持っていて、超優しい。ちなみに、私は今までのアルバイトでお皿を20枚近く割ったけど、まだ優しい。



「いいかい?ミーコちゃん。


 ……君には、才能がある。

 ぜひ、うちでキッチンのアルバイトもしてみないかい??」


「……はぁ。そう?

 ルークから聞いたか分かんないけど、私の料理、副作用でクソマズになったんだよね」


「はっはっはっ。

 いや、大丈夫だよ。始めに一品だけ売ってみないかい?

 バフを受けられ、腹も満たせるとなれば、需要は多いにあると思うよ」


「う〜ん。でも、クソ不味いよ?」


「大丈夫、大丈夫。一品だけなら採算が取れない訳じゃない」


「でもクソ不味いよ?」


「アルバイトの時給上げるからさ〜!

 ちょっと、ちょっとだけでいいから〜!!

 もう!!ほんとにちょっと!!一品だけ!」



 あまりに気乗りしない態度の私に、ルークパパが縋りつくように泣いちゃった。

 それに耐えきれなくなったように、隅からルークが出てきた。



「おい親父。誤解が生まれそうな頼み方はやめてよ。

 息子の前だぞ」


「え〜??ルーク、止めないでくれよ〜。

 新しいビジネスのチャンスだろぉ?!」



 思ったよりも本気で私に作ってほしいらしい。

 ここは押しどきかもしれない、と考える。



「キッチンしてる時は、時給を倍にしてください。

 それと、商品のプリンは絶対に、私用に2つ残しておいてちょーだい。

 ……いかがです?」


「う〜ん、乗った!!」



 私はルークパパとハイタッチした。

 と見せかけて、私はルークパパのお腹をタッチした。お腹がぽよんと揺れた。



「痛い!!デブって頑丈そうに見えて、内臓は弱いんだよ……。

 それだけ覚えておいてくれるなら、契約書を今から持ってきてあげる」


「もうごめんって!!ルークパパ大好き!」



 と言って、ルークパパに抱きついた。

 ルークパパは、満更でもないようで、ウキウキで契約書を取りに行ってくれた。


 残されたルークは、私に話しかけてきた。



「え、僕、これからミーコちゃんと一緒のキッチンで働くの??」


「それ以外ないでしょうよ」


「……うわあ、あらゆるトラブルが想像できる……。

 ……鍋をぶちまけ、小麦粉が舞い、転んで床を滑り、コンロの火を消し忘れて炎上する未来が見える……。

 なんでもいいけど、取り返しのつかない事故には気をつけろよ……!」


「わあ、誤って包丁で君を刺しちゃいそう!

 生命保険には入ってる??入ってたらお金は取り返せそうだね!」



 ルークは、はぁ……とため息をついた。

 気を取り直したらしいルークは、もう一度口を開いた。



「別に、やりたくないならやらなくてもいいんだよ??

 ……僕から、親父には言っておくから」


「なにさルーク。

 ルークパパともう約束したんだからやるって!」


「いや、なんか凄いやりたくなさそうだったから……」



 思わずきょとんとしてしまう。

 ルークの気遣い屋め。そう言われてしまうと、ぽろっと本音が出てしまう。



「……本当に、私の料理を売っていいのかなって思って」


「……親父が言ってるんだから良いんでしょ。

 しかも、親父はちゃんと味見してたからな、その料理」


「……でも。クソまずいんでしょ?私の料理」


「あ〜!!

 なに、気にしてんの?らしくないじゃん」



 私は何も言えずにそっぽを向いてしまった。悪かったな、繊細な悩みで。



「う〜ん、なんとかなるでしょ」



 とルークは言ってきた。

 お前もどうにもなんないって言ってただろ!と、つい嫌な方向に考えてしまう。



「僕も子供の時に、初めて卵焼きを作ろうとしたらビリビリに破けて、ぐっちゃぐちゃの炒り卵ができて、「料理屋の息子なのに情けない……」って思ったことがあるんだよね。

 でも、今では卵焼きは作れるし、自己紹介の時に料理屋の息子だって自信持って言える。

 だから、まあ、きっと何とかなるよ。スキルは成長するもんなんでしょ?

 ……あと、『こんな物、食べれる物じゃない』って言ってごめん」


「なお悪いわ。実際の言葉の方がマイルドだったわ」



 ええ!!と、天然を発揮しているルーク。



「まあ、寛大な心で許してあげる。

 ……ありがとね」



 ルークの顔に笑みが広がった。きっと私もそうなんだろう。

 そうして、笑い合った二人が向き合っていた。



「……さあ、ルーク君。自分の発言には責任を持つべきだよね??

 これからは、責任をもって私の料理の向上に努めること。料理特別アドバイザーとして、助言を求めます。はい、返事は??」


「とんでもなく横暴な生徒だ……。

 はいはい、できる範囲で手伝うよ」



 そう言ったのちに、タイミングを見計らったように、ルークパパが契約書と印鑑を持って帰ってきた。



「ミーコちゃん!!私と契約しよう!!」


「あ、ごめん。印鑑持ち歩いてないから、次のバイトの時で頼むわ」


「ガッデム!!」



 ルークパパは、膝から崩れ落ちてしまった。

 私は、そんなルークパパを置きざりにして、フーゴー亭を後にした。次来た時は、時給が、2倍!!あ〜楽しみ!どさくさに紛れて、余ってる時にしか貰えなかったプリンを、取り置きしてもらえることになったし。ナイス交渉術だわ、私。





 ……ミーコが去った後のフーゴー亭の厨房には、ルークとルークの父が二人だけでいた。

 ルークの父は、いきなりルークの頭を撫で始めた。



「……っおい!急になにするんだよ、親父!」


「僕、女の子に酷いこと言う子は嫌いだなぁ……。

 ……どうだい、仲直りできた?」



 ルークは、はっとしたように顔を上げた。

 ルークの父は、下手なウインクを見せながら、厨房から出て行くところだった。







******







 さあ今日は、見習いシェフ・ミーコちゃんの初出勤日である。

 ルークが2年前に使っていたという、シェフ用の白いコック服を着る。お下がりなのは癪だけど、私に超ぴったりだったから気分が上がった。



 今から作っていくメニューはーーー、ハンバーグ!!

 ルークパパの検証により、私のハンバーグには腕力強化の効果があるらしい。これなら冒険者の人から人気が出るだろう、という目論見だ。『少しの力が勝敗を分かつ世界において、腕力強化の効果は絶大だと思うよ!』と、ルークパパにおだてられた。

 『出来上がりを見た感じ、大丈夫そうだから一人で作ってみなさい』と言われ、私一人で材料選びからレシピまで決めている。現在、フーゴー亭のデカい業務冷蔵庫から材料を探しているところだ。



「……はぁ?なんでラベル剥がしちゃったの?

 これじゃあ牛か豚か鳥か分かんないんだけど!!」


「……見れば分かるだろ……」



 小声で文句を言ってきたルークは、ルークパパに押さえつけられていた。ルークパパ、ナイス!



「んんん??これは豚のひき肉だよなぁ……。

 牛のひき肉ないわけ?そうか、私がミンチにするしかないのか……」


「早まらないで。それが牛のひき肉で合ってるから!!

 ……おーい、親父!材料くらいは用意していいか?」



 ルークは、なんとかルークパパからの合意を引き出した。そうして、手際よく私の前に材料を並べて行った。そうして、最後に迷ったように白い塊を置いた。



「ほらよ。まあ僕が作る時は、ラード使うんだけど、使うかどうかは自由だから」


「……ら、らーど?」


「ま、がんばれよ」



 「材料を揃えたらお役御免だ」と言わんばかりに、ルークは自分の持ち場に帰って行った。


 私は、知っているタマネギと、それ以外は知らない材料たちを見つめていた。まあ、前にも作れたしなんとかなるだろう。私は作業に取り掛かった。

 私は夢中でハンバーグ作りに没頭していた。

 途中で隣からルークが「いや、それはちょっと……」「ええ!?そこで潰す必要ある?!」「なぜデミグラスソースのために、照り焼きソースを持ってきた……??」などと言ってきたような気がするが、きっと気のせいである。



「……できた!!!ハンバーグ完成!!」



 煮込みハンバーグ風のデミグラスソースハンバーグである。厚みのあるハンバーグに、茶色のデミグラスソースは濃厚そうで、しっかりと付け合わせのジャガイモ・にんじん・ブロッコリーもある。



 ルークは、私の完成したハンバーグを見ると「うーん……見た目は意外とまとも??」と言ってきた。

 別にちゃんと作ってたでしょ??


 私はルークに、笑顔でフォークを差し出した。

 ルークは、「いやいやいや……」と拒否してきたが、ルークパパの眼光が光ると拒否をやめた。

 ルークは食べた。そして悶絶した。そしてのたうちまわった。



「腕力が強化されたこの腕で……、ミーコちゃんのことを殴ってやる……!」



 と、ルークは血走った目で言った。

 本当に衝動が抑えられなかったのか、私の方へ腕を振りかぶるも、フリだけで止めた。一度だらんと腕を下げ、別の方向へ歩き出す。そうして、その先にいるルークパパに、アッパーパンチを決めていた。



「うん!!腕力強化はしっかりと出来ているみたいだね!テストは完了したよ!!」


「……スキルの効果じゃなくて、殺意の効果だろうバカ息子……」



 ルークパパは、両手でお腹を抑えてくの字になった。

 そして、「うん。このパンチの威力は、ひ弱なルークには出せないだろう。腕力強化が効いてるね!」と続けた。



「じゃあ、やっぱり料理によって効果が違うんですね〜!」



 と、私は実験の成果を確認した。

 じゃあ、親子丼は脚力強化なのだろう。先日のルークの結果を見るに。



「そうだね!!じゃ、実験も済んだことだし、これでメニューに出そうか!!」



 と、乗り気なルークパパ。

 私は驚いて、



「いきなりすぎないですか?!!」


「大丈夫だよ、常連さんにオススメするメニューにしとくから。クレームとかは来ないよ!」

 

「まあ大丈夫ならいいんだけど、大丈夫なら……」



 ーーーそうして、「看板娘ミーコ特製・腕力強化ハンバーグ」が、フーゴー亭の裏メニューとして実装された。







******







「……さぁ!ハンバーグ一丁上がり!!はい、早く持ってって〜」


「はいはい、張り切ってるね」


「ああちょっと待ってルーク君。肉を冷凍庫からディゾルブしてフードプロフェッサーで混ぜまーぜしておいて!」


「……はいはい。

 もう意識高い系の訳わかんない言葉になってるよ……」



 あ〜忙しい忙しい!!とんでもなく忙しい!


 フーゴー亭は、類を見ないほどの大盛況だった。

 その理由は、紛れもなく、新メニューである私の特製ハンバーグだった。

 最初は、常連さん用の裏メニューだったのだが、噂が噂を呼び、みんながハンバーグ目当てで来客するようになってしまった。公然の秘密になってしまったため、「看板娘ミーコ特製・腕力強化ハンバーグ」は表の看板にも付け加えられて、常設メニューとなってしまった。

 きっと物珍しさから注文が止まらないようになってしまい、今では私はずっとキッチンでハンバーグを作っている。(接客はルークが代わってくれた)



「いやあ、でもこう私の料理が人気だと、つい張り切りたくもなる物だよね!!オーダーをもっとプリーズ!!」


「はいはい、頑張ってねミーコちゃん」



 厨房にいる私は、全部のオーダーの注文票を見ることができるのだが、そこで疑問に思っていたことを聞いてみた。



「そういえば、今日はやけにデザートが人気だね」


「……。……ああ。プリンも評判良かったんじゃない?ミーコちゃんも好きなやつだし」


「……!私の分は絶対取っておいてよ……。

 食いもんの恨みは怖いんだからな……」


「親父も約束はちゃんと覚えてるって」



 そんなやりとりをしながら、私はハンバーグを作り続けた。こんなに同じものを作り続けたことは初めてだった。ずっと同じ肉を使って、同じプロセッサーにかけて、玉ねぎを切って……、一日がループしてるみたいだった。シェフはいつもこんなことをやってるのか、と思わぬ苦労を知った。







 そんなハンバーグだらけの1週間を過ごした。出勤するたびに、「ミーコちゃーん、ちょっと今日もハンバーグ作ってもらえるかな〜!」とルークパパからお願いされるのも、悪い気はしなかった。

 まあ、そんなハンバーグも、1週間も経てば話題性も薄れるのか、お客さんは落ち着いていった。



 そんなある日、朝一番でハンバーグを作った後、私は接客の方をすることになった。今までは、ハンバーグ作りで忙しすぎて、キッチンに籠りっぱなしだったからだ。しかしもう、一回作れば充分なお客さんの量になっていたので、「お客さんが来たらストックから皿に盛る」という方針をとることになった。

 そんなわけで、私は久しぶりに看板娘としての仕事をしていた。「うん。今までが異常だったけど、こっちの方がしっくり来るわ」と考えながら、テーブルを布巾で拭いていた。


 ーーーカラン、とドアを開くと同時に、入店の鈴が鳴る。

 私は、「いらっしゃいませ〜!」と笑顔と共に出迎えた。

 大振りの剣を背中に抱えた、大柄の男性の一人客だった。冒険者かな?



「テーブル席にします?カウンターにします?」


「カウンターで」


「ご注文はお決まりですか?お決まりでしたら今ーーー」


「……いつもので」


「……ええと、はい?」


「ああ、いつものスタッフじゃないのか……。

 特製ハンバーグとプリンで」



 「かしこまりました」と言いながら、私は厨房へと下がった。

 なんなんだ、この人は。態度悪いな〜クレームつけられそ〜!!私が接客やってた時には見たことないぞ。

 それなのに、「いつもの」って常連みたいだな。ってことは、最近通い始めたとか?


 ……まあ、久しぶりのハンバーグだ。と皿にハンバーグを盛りながら思った。

 そして、唐突に、「私が、直接ハンバーグを配膳するのは初めてかもしれない」ということに気づく。

 それに気づいてしまったからには、「反応を見るのが楽しみだ」という思いが止められなかった。


 男性客の前に、ハンバーグを持って仕える。



「……はい。こちら、腕力強化ハンバーグになります」



 ハンバーグを彼の目の前に置いた。

 続けて、私がテーブルの上にカトラリー、フォークとナイフを置くと、待ちきれないかのようにそれを掴み、ハンバーグを切り出した。


 そして、そのハンバーグを口に運んだ。

 口がもぐもぐと動いている中、手は次に向かって一口用のハンバーグを作り出している。そしてまた食らう。早食いなんてレベルじゃない。彼は鬼気迫った様子でハンバーグを食べていて、とても邪魔できるような空気じゃなかった。「お食事楽しまれてますか?いかがですか?」とか聞きに行ったら斬られそう。


 そんなことを考えているうちに、あっという間に完食していた。そして、彼はキョロキョロと辺りを見回してた。そして、「おい!!」と私が呼ばれる。



「プリンはどこだ!!注文したはずだろう!!」



 と、尋常じゃない様子で怒られる。

 あっしまった!!と、とても心当たりがある失敗に気づいた。



「申し訳ありません!ただ今お持ちします!!!」



 と言いながら、ダッシュで厨房から取ってきて、お客さんの前に出した。



「大変、お待たせしました」



 と深く頭を下げると、彼は聞いてないかのようにプリンを食べ出した。

 そうして、プリンを食べている間にだんだんと落ち着いてきたようだ。



「……いやあ、すまないね。

 プリンで口直しをしないと、気が変になりそうだったんだ」



 彼は、打って変わって、紳士的な態度でこっちへ接してきた。だが、その発言の中に聞き逃さないワードがあった。なんて言いました今?



「……というと?」


「強さには代償が必要だ。何があっても受ける苦行とは言え、つい甘みくらいは取りたくなってしまうよ」


「つまり、このハンバーグは苦行のようだと……」


「いいや!私にとっては超えるべき試練さ!!」


「…………」


「すまない、焦って口調が乱暴になっていたな。……怖がらせてしまったかな?」


「……いえ、お気になさらず。どうぞ、お食事をお楽しみください!」



 最後の言葉は、思いっきり営業スマイルで言ってやった。目の下に力を入れていないと、涙が溢れそうだった。




 ーーー私は厨房に戻ると、自分のハンバーグを一人で味見してみた。とんっでもなく不味かった。今まで食べてきた料理の中で最低だった。というか、今まで食べてきたものは『料理』で、これは『料理』とも言えない。


 ごめんね、ルーク。お前はただ素直なだけだったのね……と、唇を強く噛みながら、私は残りのハンバーグを全部捨てた。







******







 フーゴー亭で「もうハンバーグは作りません。探さないでください」と置き手紙を残してきた。

 するとルークがすぐ家に来て、ドアベルを鳴らし出した。探すなって書いたじゃん……。

 嫌々ドアを開けると、真っ正面にルークが立っていた。


「ミーコちゃーん!!どうしたの??

 もうハンバーグは作らない!って急に言い出して……。意外とノリノリだったじゃん昨日までは」


「私は人生最大の過ちに気づいたの。

 あれは売るべきじゃないって」


「……どうしたの急に。クレームでも来た?」


「……ううん。そうじゃない」


「じゃあなんでよ」


「…………」



 私が沈黙を保つと、ルークは何もかも分かったかのように笑った。



「僕、ミーコちゃんが意外と真面目なこと知ってるんだけどさ。

 ……僕のレシピ帳欲しい?」


「……ほしい」


「うん。じゃあ今から持ってくるね」


「……5分以内によこせぇ……」


「それは僕の足次第だね……」



 「ホットミルクでも飲んで待ってなよ」と言われ、ルークは一度家に帰った。

 ルークは、7分後に私の家に戻ってきた。ゆっくり歩けば15分はかかる距離だから、急いで来てくれたんだろう。



「……ありがと」


「うん?僕は約束は守るタイプなんだ。

 ……ねえ、何のレシピが知りたい?」



 そう聞かれ、一番に思いついたのは、ハンバーグではなくーーー



「ーーー親子丼!!」


「りょーかい。親子丼のレシピはーーー」



 私の家のキッチンに、ルークが立っているというのは奇妙な光景だった。「ミーコちゃん、これからは一切の反論を認めないからね。僕の指示に従うこと!!」というルークの言葉から、指導が始まった。


 家庭用の小さなキッチンでは、怒号が飛び交っていた。



「さあ〜!!えーとりあえず鶏肉がいるから〜。この塊を焼けばいいのか!!」


「……肉は先に切ってから焼いて貰えるかな、というか一緒に煮込んで欲しいんだけど」


「そうか!!漬け込むみたいな作業あったな……」


「そうそう、染み込みやすいようにフォークで刺してもらって……」


「おお!!力業は得意だよ!」


「……そんなに殺意を込めないでもらえるかな??肉はボロボロになっちゃダメなんだよ!『染み込みやすくするため』って言ったでしょ?!」


「さあ、味付けっと。和食には照り焼きソースだよね!」


「……照り焼きソースから一旦離れて。それ使わないから」


「ええ?!これは万能のソースだよ!!」


「んんん!ミーコちゃんさぁ!!

 ……危ない、怒りをコントロールできないところだった……」


「そうイライラすんじゃないって〜。キレやすい若者か〜??」


「…………。」



 ルークは、がしっと私の肩をつかんだ。



「いいかい?

 なんでもいいから、レシピに、従え」


「……えーと」


「いいから。レシピに、従って?」


「……は、はい……」


「……①鶏肉を1cm幅に削ぎ切りする」


「えー?削ぎ切りって何?」


「…………。分かった、僕がレシピ再現マシーンになるから、それを真似して」


「……はーい」


「……決して、アレンジを、付け加えるな。

 ……いい?」



 ……そうして、夜は更けていった。

 失敗作がどんどんとキッチンを占領していく中、ルークからはどんどんと生気がなくなっていった。


 しかし、最終的にはルークの小言が減っていって、「あっ。ついに限界迎えちまったか……」と心の中で失礼なことを思っていた。そんな無言を保っていたルークから急に言葉が発せられる。



「……合格」


「え??なんて??!」



 水道で洗い物をしていた私は、蛇口を止めてもう一度聞き直した。



「合格だって言ってんの!!」



 ルークは、私の作った親子丼の側に立ち、スプーンを持っていた。その親子丼は少し欠けていて、味見をしたということだろう。



「え!!!まじで!!!」


「うん!!この親子丼、すっごい美味しい!

 ほんと、店で出せるレベル!」


「……うわあああん!!ルークぅぅぅ!!」



 私はルークにハイタッチして、狂喜乱舞してジャンプしまくった。



「……ありがとううルークううう!!」


「……うん、ついに乗り越えられたって感じだよ……。

 ミーコちゃんの頑張りなんだけど、僕もすごい達成感があるね……」



 と、遠い目をしながら言っていた。

 ルークは親子丼を見つめて、何か思いついたように口にした。



「そうだ。忘れてたことがあるから、一回家帰るね?

 また戻ってくるから」


「一体なんだ?!逃げるには遅かったなぁ!」


「はいはい」



 ルークは私のことを適当にあしらいながら、家から出て行った。





 ……5分くらい経っただろうか。

 ルークが帰ってきた。


 ……早かったな。



「さあ!ルーク選手、いったい何をしてきたのか!!」


「元気だねぇ、こんな朝に……」



 やれやれと言った様子のルークが、買い物袋から何かを取り出した。



「何これ」


「……プレゼント。洒落たものじゃないけど」



 そう言いながら、その手に持っていた物はーーミツバ。



「彩りがあれば、見た目がもっと良くなるからね」


「ルークぅ!!」


「……幸運を、ってね。ミツバだけに」



 私は勢いよくルークに抱きついた。アフターケアも完璧かよぉ!!


 咄嗟のことだったのか、ルークは照れた様子で「ちょ、近い」と慌てていた。



「ありがと、ルーク」



 私がそう言って離れるやいなや、ルークは顔を真っ赤にして、



「じゃあね!!!また今度!!」



 とダッシュで帰って行ってしまった。


 見送ろうと着いていくと、外はもう朝日が差し出していて、寝不足のルークは転けそうになりながら走っていた。



「気をつけろよ〜!!」



 ーーーその声が届いたのか、ルークはさらに顔を赤くして振り返っていた。手が振られる。







******







 本当に久しぶりに、病室の扉を開けた。2週間ちょっとぶりだろうか。こんなに期間を空けたことは初めてだ。

 いつも来ているはずなのに、ちょっと緊張してしまっている。……その緊張の原因は、きっと私のカバンに入っている親子丼のタッパーだ。

 意を決して、病室のドアを開ける。



「……おーいじいちゃん!!元気にやってっか〜??」


「屋台に来た客みたいな挨拶をするんじゃない……」


「んん??元気?」


「はいはい、元気じゃよ……」



 病室にいるじいちゃんは、いつもと同じベッドで私を出迎えてくれた。でも、気のせいかもしれないけど、ちょっと痩せた??



「はいこれお土産」



 私はそう言って、フーゴー亭名物のプリンを一個渡した。

 じいちゃんは怪訝そうな顔で私を見た。

 私はしらばっくれて、



「あ〜!スプーン置き忘れてたわ。『手で食えよ』っていう遠回しの皮肉じゃないからね!勘違いしないでね!!」


「……。ふん。ありがとう」



 じいちゃんは、スプーンを持って、プリンを食べようとした。しかし動きを止めると、私の方を見て、



「……のう。デザートは飯の後じゃないのか?」



 と言ってきた。

 そりゃあそうだ。今までは毎回、親子丼を持ってきてたのに、今日だけ持ってきてないのは不審である。私は腹をくくって、親子丼のタッパーを取り出した。



「なんだ、持ってきとるんじゃないか。

 ワシはてっきり、全部お前が食い尽くしたんだと思ってた」


「そんな暴食系女子じゃないですぅ〜!

 お弁当箱もカセットテープくらい小さいですぅ〜」


「それは嘘じゃろ」


「……それは流石に盛りすぎだった」



 いつものように軽口を叩きながらも、私は超緊張してた。



「……どれ。いただきます」



 手を合わせてスプーンを持ったじいちゃんの手を凝視してしまう。

 頑張ってルークと共に整えた親子丼が、今じいちゃんの手で崩されていった。ドキドキして心臓がうるさかった。「見た目はOKだな」とか、どうしようもないのに確認してしまう。

 親子丼が乗ったスプーンが、じいちゃんの口へと運ばれ、じいちゃんは大きく口を開けて、もぐもぐと食べていた。

 じいちゃんの目が、驚いたかのように見開かれた。



「……お、おぉ……!

 ミーコ、おいしいよ。うまい!」



 と、じいちゃんは、感動したように目を見張って大きな声で言った。じいちゃんの体が興奮したように私に近づいてくる。「うん。うまい!うまい!」と言いながら、パクパクと食べ続けるじいちゃんを見て、私の目には涙が溜まってきた。



「……うぅぁ……。……じいちゃ〜ん!!!」



 と言って、私は思わずじいちゃんを抱きしめてしまった。何が起こったか知らないじいちゃんからすると意味不明だろうに、じいちゃんは、「よしよし」と言って私の頭を撫でてくれた。



「……うん、よく頑張ったんじゃのう、ミーコ……」



 じいちゃんは、そう優しく声をかけてくれた。




 ……そこで私は、薄々思っていたことを確信した。




「……ねえ、じいちゃん。私の料理、ほんとは不味かったんでしょ」



 と私は、じいちゃんの腕の中で、病院服をぐちょぐちょにしながら言った。

 じいちゃんは、私を抱きしめる力を、少しだけ強くした。そして、



「うーむ。ミーコはずっとワシの可愛いシェフじゃよ。

 前はジャンキーな味付けじゃったけど……、今は優しめの味になったのぅ。

 ……頑張って研究したんじゃろ?」



 ……私は、じいちゃんの胸にもっと埋まった。






******






 その後の話。


 じいちゃんの退院が決まった。

 その一因となったのは、私の親子丼だったらしい。私の『親子丼』の効果は、『活力強化』ーーー全ての行動にバフがかかる、というものだった。これにより、じいちゃんの生命力が強化され、退院に至ったそうだ。まあ、ほんの一押しくらいの効果らしいけど。

 これが判明して大騒動となったのが医療機関で、「私の料理を是非研究すべきだ!!」という派閥が生まれたらしい。

 そしてそのツテから、医療学校からも入学推薦を貰ってしまった。これまでのを合わせると、士官学校、料理学校、医療学校と来て3校目である。


 ……私は、もともと普通の学校に行くつもりだった。大した夢もなかったし、これから夢を見つけたいと思ってた。

 でも、やりたいことが出来ちゃったんだよね。



 ーーーそうして、私は料理学校へと願書を出した。





 料理学校の入学式で、ルークのことを派手に驚かしたのは、それの更に後日談であるーーー。









最後まで読んでいただきありがとうございます。

評価、感想など励みになります。


続編『ミーコちゃん・料理学校編』では、色んな新キャラを出せたら楽しそうだな〜と思います。

重ね重ねありがとうございました。

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