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Endless The Moon  作者: 星羅
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8.運命の夜 Written by Riza

次の日の夜。

あたしはレイがいる宿屋を見上げていた。

街灯のない暗い裏通りにある、三階建て位の小さな宿屋。

辺りが暗いせいでこの宿屋も不気味にみえる。

湿気を含んだひんやりとした空気が、身体を震わせた。

あたしはてっきりレイは絢爛豪華な宿屋に泊まっているのかと思っていた。

彼の貴族的な容姿から、勝手にそのように思い込んでいた。


――しかし、たどり着いた先は人影どころか野良猫すら居ない、不気味な裏通りの小さな宿。あたしの想像していたものとはほど遠いものだった。

何度も、昨日もらった紙に書いてある住所を確認したくらいだ。



あたしはおそるおそる宿屋のドアを押した。

キイ、と木が軋む音が鳴る。

「いらっしゃい」

あたしを迎えたのは、小柄な老紳士だった。

小さなカウンターらしき所にいるのをみれば、この宿の主人なのだろう。

あたしが来客だと告げると老紳士は何も言わず頷いた。

不安定な階段を上り、もう一度昨日レイからもらった紙を開いた。205号室――

あたしは部屋のドアにかかれた部屋を番号

一つ一つ確認しながら、一番奥の部屋までたどり着いた。


ドアをノックしようと右手を動かしかけた瞬間、昨日のレイの言葉を思い出す。


「良く考えて、後悔しないなら――」



あたしには、昨晩から迷いはなかった。

――というか、家族も大切なものも何もないあたしには迷えるだけの理由が存在していなかった。



呼吸を整えて、コンコン、とノックする。


すぐ、なかから「あいてるよ」と聞き覚えのある声がした。レイだ。

あたしはゆっくりとドアの手をとり、押した。


「いらっしゃい」


室内を照らしているのは、テーブルの上に置かれた太い蝋燭の炎だった。

レイは、窓際で一人がけの椅子に座っていた。

あたしがくる事を予測していたかのように、驚きもせず、いつものように

ニッコリと微笑を浮かべた。


「…あなたに似合わない部屋ね。 」


蝋燭の灯によって照らし出されている室内。

橙色の一人がけの小さな椅子に、テーブル、ベッド、バスルーム。

ほんとうに必要な物しか揃っていない小さな部屋。


「はは、街の方の宿屋は、ハンターとかに見つかりやすいからね」


レイはそういって一人がけ用の肘掛椅子を揺らした。


――あたしは、はっとした。


後方の壁に揺らめいているのは、椅子の影だけだったからだ。

椅子に座っている人物の影は、ない。

レイが改めてこの世の者ではないと思うと、初めて少しだけ恐怖を覚えた。


「…あたしがくるのを知ってた?」

「ああ、来るだろうなと思ってたよ。やっぱり、人間をやめるのかい?」

レイはまるでお茶にでも誘うかのような軽い口調だった。

でも目が、金色の瞳が、笑っていない。

何を、考えているのか――分からない。


あたしは、生唾を飲み込み、ゆっくり深呼吸をした。


「 あたし、後悔なんかしない。  レイ。あたしを吸血鬼にして。 」


途端、窓も開いてないというのに強い風が吹いた。

あたしは反射的に顔を右手で覆い、もう一方の手でスカートを押さえつけた。


――風が、止んだ。


あたしはゆっくりと目を開けた。

そしてその瞬間、あたしの心臓がドクンと脈打った。


血のように、紅い瞳。

口元にたたえられた鋭い二本の牙。


あたしの目の前に、”吸血鬼”が、立っていたのだ。

窓から差し込む月の光に照らされたその姿は、月の魔力を受けた世にも美しい魔物。


「レ、イ…?」


あたしは今になって、この男に恐怖を覚えた。

数分後には、あたしはこの男…レイ・フォルティという吸血鬼に

喉元を引き裂かれるのだろう――…


「リザ。もう後戻りはできないよ。君の願いを、叶えてあげよう。愚かな、願いを…」


”吸血鬼”は、そう言うと、二本の足を使わず、一瞬であたしの傍へと移動した。


「――…!」


あたしは、声が出ない。

いや、正確には声を出す暇がなかったのだ。

声を出す前に、ひんやりとした彼の手があたしの首元に触れた。

背筋が凍る。


彼の冷たい吐息が、あたしの耳元にかかる。

あたしの首に華奢な指が舐めるように這う。

「レ…イ…」

あたしは段々、恐怖を感じなくなってきていた。

まるで、美しい魔物に心を奪われてしまったかのように

あたしはレイの紅い瞳から目が逸らせない。


身体が動かない。

声が出ない。


全身が、疼いた。



そして次の瞬間、首元に激痛が走る。

グサリ、と首に何かが突き刺さっていく感触。


「う…!」


あまりの激痛に、反射的に身体を反らせた。

そして、ゴクリ、ゴクリ――あたしの血を飲み干す音が、聞こえ始めた。

あたしはその音を、ひどく客観的に聞いていた。


――ああ、あたし、死ぬんだ。


走馬灯のように、頭の中によぎる今までの人生。

ばあちゃんの顔、今までに抱かれた男の顔。


恐怖は感じなかった。

もう痛みも感じない。


意識が、朦朧としてくる。

体温が奪われていくのを感じる。


蝋燭の灯が、揺らめいている。

世界が、揺らいでいる。



あたしの視界が途切れかけた、その時。


牙が抜かれた。


「 リザ。しっかりするんだ。ボクの血を吸うんだ。早く。」

レイが、あたしを支えながら血が滴る自分の腕を差し出していた。

自分の牙で自ら噛み切ったのだろう。

「……」

血――…

あたしは意識が朦朧として、何も考えられない。

ただこれだけは確かだ。あたしは今、死のふちにいる。

「ボクの血を吸わないと君はこのまま死ぬ。吸血鬼になりたいのなら、早く飲むんだ。」

そうだ、あたし…吸血鬼になるんだった。

朦朧とした頭で思い出す。


あたしは言われるがままに、口元に差し出された血が滴る腕に噛み付いた。


ゴクリ、ゴクリ――…

あたしは気がつくと無我夢中で血を飲んでいた。

味はしなかった。ただ、ひたすらに吸った。

体内に体温が戻り始めるのを感じる。

朦朧としていた意識も、回復し始めた。


――ズキン!


しかし、突如、全身に電気が走ったような痛みに襲われた。

瞬時に腕を離し、あたしは床に倒れこんだ。


全身が、痛い。

今まで感じたこともないような激痛だ。

まるで全身を締め付けられているかのようだ。

「君は、今、人間としての死を迎えようとしている。少しの間、我慢したまえ。 」

痛みに転げまわるあたしを上から見下ろしている紅い目。

それはひどく冷たいものだった。


       「リザ。君は愚かだ。」


――愚、か?


そんなの知ってる。

人間を捨てて、魔物になろうなんてどうかしてる。

きっと誰もが、馬鹿みたいだと嘲笑うだろう。

 


「そんなの、知っ――…っ」


そこで、あたしは意識を手放した。


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