7.アタシの人生と吸血鬼と Written by Riza
レイは大体あの店にいた。
あたしも、あの店は好きで「仕事」が入らない――つまり、客が捕まらない時にはよく暇つぶしに行く。
あたしとレイは顔を合わせれば酒を交わす関係になっていた。
といっても、本当にそれだけだ。 男女の関係を求められたこともないしあたしが彼を
誘ったこともなかった。ただ一緒に酒を呑んで、彼の旅の話や、あたしの人生の
話をするだけ。あたしは今まで「男」という生物とそんな関係を持った事がないから、妙に落ち着かないような、逆にいえば新鮮のような、そんな複雑な気持ちになっていた。
「レイ」
レイは今日もいつもの席でいつものワインを傾けていた。
そしてあたしが近づくと、いつもと同じようにニッコリと微笑むのだ。
「やあ、リザ。お客がつかまらないのかい?」
あたしはレイの隣に腰掛けながらため息をつく。
「今晩は全然だめ。」
あたしが娼婦だということは以前にレイに話した。
大体の人は微かに顔をしかめたりするのだが、レイは全く表情を変えずに話を聞いていた。
レイはどんな話をしても、けして表情を変えない。
何を考えているのか全く分からない男だった。
「レイ。吸血鬼って…楽しい?」
あたしはウイスキーを頼みながら言った。
なんとなく、聞いてみたくなった。レイはクスクス笑った。
「なんだい突然。吸血鬼に興味があるのかい?」
「うん、若くて綺麗な姿で永遠に好きなことできるじゃない」
思えばあたしは小さい頃から吸血鬼に妙な憧れを抱いていた。
「永遠に、ねぇ…」
レイはグラスの中の液体をじっと見つめていた。
遠い昔を思い出しているような、あたしにはそんな風に見えた。
「人間はみんな同じ事を言うよ。でもボクは永遠の命なんかほしくなかった。」
「なんで?」
あたしが聞くとレイはクスクスと笑った。
「永遠なんて良いものじゃないさ。何なら、君も吸血鬼になるかい?」
吸血鬼に――…
レイは完全に冗談で言ったつもりなのだろう。しかしあたしはその言葉に、妙な興奮を覚えた。
「あたしが吸血鬼に?」
あたしはもう一度その言葉をあえて口に出した。
娼婦としてこのまま一生を終えるくらいなら、そっちの生活のほうがいいかもしれない。
そしてレイのように世界中を旅したい。
吸血鬼の目で世界を見たら、どんな風に映るんだろう。
あたしは、気がつくとレイの目を見てこう言っていた。
「…あたし、吸血鬼になりたい。」
あたしの言葉に、レイは飲みかけのワイングラスを置いた。
「リザ、もう酔ってるのかい?珍しいね」
「酔ってなんかいないわ。あたし酒は強いもの。本気よ。」
少しだけ強く反論すると、あたしが本気だとわかったのかレイからいつもの笑顔が消えた。
「…リザ、君はまだ若い。馬鹿なことを考えるのはやめるんだ。」
金色の瞳にあたしがうつっている。
「言ったでしょ?あたしは死なんか怖くない。このまま汚い娼婦として生きて、老けて死んでいくならあたしは…吸血鬼になってみたい」
あたしは続けた。
「それに…そうしたらわかるかもしれない。ばあちゃんがレイを殺せなかった理由が」
金色の瞳の奥には一体何があるのだろう。何を見てきたのだろう。
あたしも、レイが見てきたものを見たい――レイと出会ってあたしは
いつからかそう思うようになっていた。
「お願いレイ。お礼ならするから。」
「でも」
レイは良い顔をしない。
「あたし、何も人間に未練はない。あたしがいなくなった所で悲しむ人もいないし。」
レイは小さくため息をつき、困ったように眉を動かした。
いくら説得しても無駄だと悟ったのだろう。
そう、あたしは一度言い出したら聞かない頑固な女だ。
レイは少し間を開けてから、言った。
「…ボクが君の人生に干渉する権利はないが、
本当に後悔しないかもう一度よく考えてそれでも気持ちが変わらなければ
明日の晩、此処においで。君の願いを叶えてあげよう」
そう言ってレイは自分の泊まっている宿の住所が書いてある紙切れをカウンターに置いて、立ち上がった。
「…もう、行くの?」
あたしは彼を見上げた。
まだ日付も変わっていない時間帯だ。
いつもならレイは、もっと夜が更けるまでいる。
「…後悔は、しないようにしたまえ」
レイはあたしの問いには答えずに、適当な金貨をカウンターに置いて
店を出て行った。