6.金色の吸血鬼② Written by Riza
あたしと男は、近くの酒場のカウンターの一番端に隣同士に腰かけた。
客や店員が、あたし達を興味深そうに見ている。
…あたりまえだ。あたしみたいな薄汚い女と、貴族のような美しい男が
二人並んで座るのはあまりにも不自然で、滑稽である。
此処の酒場は洒落た雰囲気で、酒を飲んで暴れている者等はいない。
店内に流れるオルゴールの曲を聴きながら皆、静かにグラスを揺らすような感じだ。
男はワインを、あたしはウイスキーを頼んだ。
男は華奢な指でグラスをつかみ、ゆっくりとした動作で口に運んだ。
動作の一つ一つが美しく、思わず見とれてしまいそうになる。
「…それで、どうしてボクを知っていたんだい?」
男が、グラスを置いて言った。
今度は、代わりにあたしがウイスキーを飲む。
男とは正反対な、ひどくがさつな動作で。
「あたしのばあちゃんが、吸血鬼ハンターだったんだ。それで、あんたの話を聞いていたって訳。」
「へぇ。 おばあさまの名前は?」
男は表情に微笑を絶やさない。常にゆったりとした口調で話している。
その虚の微笑の奥に何があるのか――…わからない、でも、何か深いものがあるような気がする。
ばあちゃんが言ってた意味がようやく少し分かった。
「マラ・ホークイ。 この辺の生き残りの吸血鬼を捕まえていたわ。」
女性でありながら吸血鬼ハンターだったばあちゃんは、この辺ではちょっと有名だった。
吸血鬼は伝説なんかじゃない。まだいる。 ばあちゃんはいつもそう言っていた。
「マラ・ホークイ…、ボクは聞いたことないね」
男は首を傾げた。――まあ、そうであろう。
だってばあちゃんはこの男に手出しができなかったのだから。
「でもばあちゃんはあんたを知ってた。 ばあちゃんが唯一、殺せない吸血鬼だって
いつも言っていた。」
「おばあさまは、ボクを襲ったことがあるのかい?」
男は少しだけ驚いたような表情を見せた。
金色の瞳が此方を向いている。
じっと見つめていると吸い込まれそうな美しい瞳――…
「いや…ない。あたしのおばあちゃんは、あんたが
吸血鬼だとわかってても手出しが出来なかった。攻撃をしかけることさえ、できなかった」
「――ボクがそんなに強そうに見えるかい?」
男はグラスを傾けながらクスクス笑っている。
「…さあ、ばあちゃんにはそうみえたんじゃないかな…」
あたしは、ばあちゃんが殺せなかった理由はいわなかった。
特に言う必要はないと思ったから。
「とにかく、それで、あんたのことが気になってさ。 会ってみたいと思ったんだ。」
あたしは話を変えた。
男はまたクスクスと笑う。
「怖く、ないのかい? その、おばあさまが殺せなかった吸血鬼と今こうして一緒にいるのだよ。」
男の手があたしの髪に指を絡ませた。
あたしは柄にもなく、体を一瞬ビクリと震わせた。
――恐怖心からではない。
その美しい瞳に取り込まれてしまいそうな、なんともいえない感覚に陥った。
「…怖くなんかない。吸いたければ吸えばいいさ。あたしは別に死なんか怖くないからね。」
嘘ではない。
あたしの人生はもう終わったようなものだ。いや、というより、あたしの人生にはじまりなんてものは存在しなかった。
このまま生きていても娼婦としての生涯を終えるだけだ。
「へぇ? 死が怖くない、か… 変わったニンゲンだね。」
男は興味深そうに私を見ている。
それから男は、小さく微笑んだ。
「ボクはレイ。レイ・フォルティ。君の、名前は?」
「…へ?」
あまりに唐突なことで、あたしは虚をつかれたような声を上げてしまった。
それから少し遅れて、名を告げる。
「あ、あたしは…リザ、リザ・ホークイ。 」
「リザ」
男――いや、レイと名乗った吸血鬼があたしの名を初めて呼んだ。
そしてレイは、もう半分以上も飲んでしまったあたしのグラスに自分のグラスをあててきた。
カン、と独特な音が響く。
「十六夜の月と、君との出会いに、乾杯。」
レイが言った。
十六夜――そういえば、今日は満月の次の日か。
あたしは男の言葉で初めて思い出したのであった。