3.追憶 --別れ-- Written by Rei
一週間後の夜に、二人でどこか遠くへ逃げる予定だった。
しかし、その明くる日からリーシャは父親である王に監禁された。
更に間もなくして王はフォルティネン家が吸血鬼一族であるという事実を掴み、何十人もの吸血鬼ハンターを雇いフォルティネン家を滅ぼそうと様々な策をとった。
宮殿は、姫と魔物の恋に世間が気がつかないうちに事を片付けようと必死だった。
しかし聖水を浴びても太陽を浴びても死なない純血の吸血鬼一族が屈する事はなく、王の策はどれも失敗に終わった。
そしてついに最悪の事態は起きた。
地下室で嘔吐を繰り返す娘を見て、王は娘の腹の中の新しい命に気がついた。
この事が、王が最後の策を決行する引き金となった。
王宮の姫君が魔物とされている吸血鬼の子供を産むなんて許される事ではない。
姫君共々殺めてしまえ、と命令が下った。
ある日の夕食に、遅効性の毒薬が混ぜられた。
夕食の後、リーシャはボロボロのローブに着替えさせられた。美しい髪もばっさりと切られ、まるで囚人のような姿にされた後で宮殿から出された。
約束の夜、リーシャは乞食のような格好で僕の前に現れた。
痩せ細った彼女の口元から滴る血。
ボクの胸の中に、崩れおちるように倒れこんだリーシャ。
「 リーシャ!!一体、どうしたというんだい!!何が… 」
ボクの呼びかけに、リーシャはうっすらと目を開けた。
「レ…イ、よかった…、最後に…あえて…よかった…」
あまりにも弱々しい声で、彼女は言った。
「 一体、何が…」
ボクはただ呆然と、彼女の体を支えることしかできなかった。
「 毒…、お父様が、私に毒を…――っはぁ…」
苦しそうに荒い息をしながら、細い腕でボクの服を掴む。
「なんだって!?」
「お父様が…赤ちゃんに…気がついてしまったの…。それで…げほっげほっ…」
彼女の口から吹き出す鮮血。
「リーシャ!!しっかりするんだ!今、医者を――…」
彼女を抱いて立ち上がろうとすると、リーシャが首を力なく横に振った。
「…レイ、どこにも行かないで聞いて…お願い…」
彼女を抱く手が震える。
頬を伝う涙が、彼女の顔へと落ちた。
「愛して…、る…レイ…、ねぇ――…、わたし、は…何も…後悔しな…いわ…、あなた…と出会えたこと…あなたを…愛した…こと… だから…レイ、お願い、泣かないで…あなたの優しい笑顔が好きだった――…」
そして、一筋の涙が彼女の頬を伝うのと同時に、彼女の瞼がゆっくりと閉じた。
再びその瞼が上がることは、なかった。
何度彼女の名を呼んでも、彼女から答えが返って来ることはない。
ボクは少し見ない間に痩せ細った彼女の体を力いっぱい抱きしめて…叫んだ。
月明かりの下、何度も何度も彼女の名を叫んだ。
リーシャ。
リーシャ…
ボクの愛しい人。
守ってやれなくてすまない。
その日も、そう――美しい満月の夜だった。