12.私とレイ様の過去② Written by Rairu
レイ様に仕えて、何年が経ったのだろうか。
五年、十年、いや多分それ以上。
自ら吸血鬼でありながらその種族が嫌いな私を受け入れ、友のように接してくれるレイ様。私は長く生きてきて始めて他人を“主人”と認め、レイ様を心から慕っていた。
ある夜の事。
私はレイ様に紹介したい人がいると連れられて、森の奥までやってきた。
「こっちだ」
レイ様の後ろをついて茂みを抜けると、そこには一人の美しい女性が立っていた。
まだ幼さの残る顔――人間でいうと、17、18くらいの娘だろうか。
「…レイ様、この方は…?」
「彼女は、リーシャ。ボクの恋人だ。」
そう言ってレイ様は無邪気な笑顔を見せた。
リーシャ、と言われた女性は上品に微笑んだ。
私は不思議と驚かなかった。
ここ最近のレイ様の様子から、親しい女性がいるのではないかという事を薄々感じていた。
その女性がおそらく“人間”だという事も。
「はじめまして、リーシャ様。 私はレイルト様のおつきのライル・ヴォルヘルムと申します。よろしくお願いします。」
「ライル。いつもレイから話は聞いているわ。とても、優しい方なんですってね。それに、とてもドジだとか…」
リーシャ様は可笑しそうに笑った。
「レイ様!何をお話になったんですか!」
私が顔を赤くすると、二人は楽しそうに笑った。
どこからどう見ても二人は幸せな恋人同士。
吸血鬼と人間の恋。
私の親も、父親が吸血鬼で母親が人間だった。
母は父と結婚する前は食べ物も満足に食べる事ができない貧乏人だった。
しかしその美しい容姿が屋敷に住む吸血鬼である父の目に留まり、母は屋敷へ父の世話係として招かれた。そしてやがて、二人は結婚した。
母は私を産んですぐに死んだ。
母が父の事を本当に愛していたのかは、今でも分からない。
私は人間と吸血鬼が共に人生を歩んでゆくのは無理だと思う。
第一に寿命が違いすぎる。人間のわずか100年たらずの寿命なんて、吸血鬼にしてみればほんの2、3年の感覚だ。 もしも、種族の壁を越え本気で愛しあったとしたら、残される方はあまりに辛い。愛しい人と過ごせる時間はほんの一瞬な上に、失った悲しみを文字通り“永遠”に背負って生きなければいけないのだから。
所詮、化け物と人間は一緒になれないのだ。
それでも、私はレイ様とリーシャ様だけはどうか幸せになってほしいと心から願っていた。
絶対に叶わない願いだと知りながら、二人の幸せが永遠に続きますように――なんて。
※
純血のフォルティネン家が、人間との恋など許すはずがない。
純血の吸血鬼は同じく純血の種族と婚姻を結ぶのが我々夜の種族の“掟”だった。
レイ様の恋人の存在を知るのは、私だけだった。
レイ様がリーシャ様に会う日は、週に一度。
前に彼女を紹介されたあの森の奥で密会しているらしかった。
その日になると何となく私も緊張したものだったが、それが嬉しくもあった。
レイ様が重大な秘密を自分だけに打ち明けてくれた事が、何だか信頼されている証のような――そんな気がして。
そして、それでもそんな生活が何とか続き、少しの歳月が過ぎた頃。
その日、レイ様はリーシャ様と会う夜のはずなのにいつもより大分早く屋敷に戻ってきた。
部屋に呼ばれて行くと、レイ様は仕事用のデスクに座り頭を抱えていた。
「レイ様、どうか…なさいましたか?」
何となく、嫌な予感がした。
「ライル…大変だ…。王が…ボクの存在に気がついた…」
「…!そんな…!」
心臓が跳ね上がった。一番恐れていた事が、ついに起こった。
「それで、リーシャ様は…」
「いや…まだ、ボクの正体までは掴んでいない。だが、姫が城を抜け出して男と密会しているという事に気がついた。 …時間の問題だ。」
ドン、と鈍い音がする。レイ様が拳で机を叩いた音だった。
そしてレイ様は顔を両手で覆い、深く長い息を吐いた。
今まで、どんな事があろうと決してその気品を乱す事はなかったレイ様。
こんなレイ様を見たのは初めてで、私はどう声をかけていいのか分からずにいた。
「…もう、無理だ…ボク達が、今更離れるなんて…出来ない」
弱々しい声だった。
「レイ様………ですが……」
それは無理なのではないですか。そう喉まで出かかったが、のみ込んだ。
「分かってる。いずれこの事がフォルティネン家にも伝われば、ボクは掟破りとして…追放されるだろう。 …それでもいい。 近いうちに、彼女と共に逃げる。」
それから数日して、毎晩のように吸血鬼ハンターがフォルティネン一族を滅ぼそうとやってきた。
やがてリーシャ様とレイ様の密会が、館の大主人であり吸血鬼界の王と言われたラザロア・フォルティネン様の耳に入ってしまい、レイ様の直属の従者で密会の手助けをしていた私、遠い土地の吸血鬼に仕えるよう命が下り、私はレイ様に最後の挨拶をする事も許されずに屋敷を追放された。
それからの事は、私は何も知らない。
やがて時は過ぎ、新しい主が眠りついた頃に一度私はフォルティンネン家があった場所を訪ねたがそこはただの空き地となっていた。住民に聞くと、もう何十年も前から空き地だったという。フォルティンネン家を知る者も誰一人として居なかった。