10.再会 Written by Rei
街を出たからといって、行く宛がある訳ではなかった。月の光に導かれ気の向くままにこの世界をさ迷い続ける。そんな生活を続けて、何十年…いや、何百年。例えるなら出口のない迷路のようだと、昔誰かが言っていた。
街から少し離れた小高い丘から、さきほどまでいた街を見下ろしていた。真夜中だというのに街が眠る気配はない。未だに街のあちこちに灯りが点々としている。
「リザ…君は、不思議な女だ…」
街の灯りに吸い寄せられそうになりながら、先程の事を思い出す。
自ら望んで吸血鬼になった女、リザ。彼女は人間でありながらその世界にひどく失望していた。ボクが彼女を吸血鬼にしなければ、もしかしたらいつの日か自ら命を絶っていたかもしれない。…正直ボクにはこのような呪われた種族に憧れを抱く気持ちは理解できないが、これだけは言える。
必ず後悔するだろう、と。
※
寂れた小さな街で、懐かしい人物の名を耳にした。その名はライル=ヴォルヘルムという。彼もまた吸血鬼であり、貴族時代にボクに仕えていた男だ。
「此処か…」
住所が記された紙を頼りに狭い路地を歩いていくと、古い本屋にたどり着いた。先ほどまでの街の賑やかが嘘のように、薄暗く人気のない場所だ。普通の人間はこんな場所を訪れたりしないだろう。しかし不思議なのはその本屋に薄気味悪い雰囲気が全くない事だった。窓からは橙色の光がこぼれ、入口には植木鉢が並んでいた。ドアには手書きの文字で「open」と書かれたプレートが下がっている。 薄暗い路地に存在する温かい雰囲気の本屋という対照的な光景は、訪れた者を何とも言えない不思議な感覚にさせる。
「レ…イ…様…?」
懐かしい声がした。
気がつくと、見開かれた深緑色の瞳がボクを見つめていた。
「レイ…レイルト・フォルティンネン様ですよね…?」
ボクは頷いた。
「ああ…、ライル、久しぶりだね。」
「レイ様…、ああ、まさかまたお会いできるとは思ってもいませんでした…。生きて…いらっしゃったのですね…、ああ…信じられない…レイルト様…レイ様…」
震える手でボクの手を掴むライル。
当時、人間と恋に落ち一族を破滅の道に巻き込んだことで一族中がボクを嫌煙したが、幼い頃からボクに仕えていた彼だけはボクの側を離れなかった。表向きは主と従者だったが、互いに親友のような関係だった。しかしボクとリーシャとの恋が一族に発覚した時、ボクに直属に仕え密会の手助けをしていたライルは屋敷から追放されてしまった。それ以来今日まで、彼に会う事はなかった。
ライルは、リーシャが殺される前に屋敷から出されたのでそれ以降の事は何も知らない。ボクとリーシャがどんな風に終わったのか、その後のボクがどうだったのか――何も、知らない。
「怒って…いないのかい。」
その答えを予測しながら聞いたボクは、ひきょう者かもしれない。
「怒ってなどいるはずがありません…!私は今でも、レイ様にお仕えしています!」
ライルは首を激しく左右に降りながら言った。
「レイ様が今生きているということは風の噂で耳にしておりました。しかし本当にお会いできるとは……」
歓喜のあまり目に涙を溜め、ボクの手を一層強く握るライル。その力が痛い程だったので、ボクは笑った。
「ライル、痛いのだよ。離しておくれ。」
「ああ、申し訳ありません!つい…」
慌てて手を離すライル。
少しドジな所もあの頃と全く変わらない。
「中、入ってもいいかい?君の本屋だろう?」
風が冷たい。
「あ、はい。レイ様のようなお方には申し訳ない貧相な場所ですが…」
申し訳なさそうに扉を押す彼に、ボクは困ったようにため息をついた。
「ライル。ボクはもう貴族ではないのだよ。そんな気を使わないでいいのだよ。」
「いいえ、レイ様が貴族でなくても今でもレイ様は私にとって主人です!」
ライルの力強い言葉に遮られ、ボクはやれやれとため息をつきながら本屋の入口をくぐる。 懐かしさと再会の喜びを隠せずに、ボクらしくもなく頬を緩めながら。