1.再びこの世に舞い戻ってきて Written by Rei
不気味な程の静寂と闇の中。
ボクは自分がさっきまで眠っていた古びた棺桶を見下ろしていた。此処は街から大分離れた場所にある、薄汚い地下墓地。この棺桶は、さっきまでボクのベッドだったものだ。寝心地は、言うまでもなく良くない。天蓋付きのベッドの方がいいに決まっている。
果たして、ボクは今度はどのくらい眠っていたのだろう。
何ヶ月、何十年、いや、何百年――…もしかしたらそれ以上眠っていたのかもしれない。
何故目を覚ましたのかは分からない。
目を覚ますつもりなんか全くなかった。
だけど、月がまたボクをこの世に呼んだ。
ボクはゆっくりと階段を上がり、地上に出る。
冷たい風が心地よい。
風の香りが、冬の直前だと教えてくれた。
――やはり、満月の夜だった。
※
ボクはいつもの場所に向かっていた。
まだ魔力がもどっていないので蝙蝠に変身はできない。だから徒歩だ。
目的地はボクが眠っていた場所からさほど遠くない場所にある、街外れの墓地。
途中、街に寄って彼女の好きな白い花を一本だけ買った。
街の様子はボクが眠りにつく前とさほど変わっていなかった。
見覚えのある建物が多少古くなっただけだ。
相変わらず娼婦の声は飛び交っているし、ゴミを荒らす野良猫も変わっていなかった。
花を買った店の店員からさりげなく日付を聞くと、ボクが眠っていたのはほんの10年程度だろう。
詳しい年月は分からない。何せ、ボクは日付に興味がない。
だって、そうだろう? 永遠に繰り返すだけの日々に、暦なんか必要ない。夜を知らせてくれる月さえ存在すれば、あとは何も必要ない。
頬を撫でる風が冷たい。
ボクは黒いロングコートの前をとじると、森の中にある墓地に入っていった。
今はもはや誰も訪れることのない寂れた墓地。
傾いた墓石に、もう完全にその姿を留めていない墓石。
墓石を侵食する緑が、この場所がやがて自然に還り世界から忘れ去られてしまうのも時間の問題である事を知らせていた。
ボクは迷わず墓地の奥に進む。
――…ああ、あった。
「Reeshya」(リーシャ)、と書かれた十字の墓石。
その文字は掠れ、そして森の木々に侵食されているが、何とか読み取れる。
間違えるはずはない。 何せこの墓はボクが建てたのだから。
「リーシャ、久しぶりだね。」
ボクはニッコリと微笑むと、彼女の墓に一輪の白い花を置いた。
――リーシャ。
リーシャ・アナシスタ。
ボクが最も、愛した人だ。
リーシャと出会ったのも、そう――満月の夜だった。
彼女と過ごした日々は何百年も昔のことだが、未だにまるで昨日の事のように
感じる時がある。これだけ長い間生きていると時間の感覚なんてものは存在しない。
だけどボクは彼女を失ってから、一度も彼女の顔や声を忘れたことはない。
…忘れるはずはない。ボクの一番愛しい人は、ボクが殺したも同然なのだから。