ヤリモク女の苦悩
ついに、私の身体の奥に溜まった性エネルギーを、解放させるときが来るかもしれへん。なぜなら、ただでさえ溢れんばかりでまんまんになったこのエネルギーを、更にどうしようもなく活性化させてしまう、今イチオシの殿方と本当に相対することができる日が来そうやから。きゃー。
時は、一年前に遡る。彼とは、アプリで出会って、性癖がそれはそれは見事にベストオブマッチングをしたことから関係が始まった。彼に気に入られたくてどうにか見初められたい一心で、メッセージや通話のやりとりを一年間、それはそれは甲斐甲斐しく続けて、この世のすべてを諦め他人に期待をすることをやめ閉ざしきった彼の御心が、少しずつ少しずつ私に開いてくれるようにまでなった。生い立ちからなかなかに複雑な人生を歩んできた彼には、傷つき歪んだ人間特有の不思議な魅力、というより魔力に近いものを感じていた。そんなある日、彼から、
「スイちゃん、そろそろほんまに会いたいわ…」
と、いつになくしおらしいLINEが来た。
え、なに、可愛いねんけど…。彼はあんまり感情を表に出すタイプじゃなくて、こういうストレートな物言いをされると、できることはなんっでもしてあげたくなる。
アプリで出会ったから、同じ近畿圏ではあるけどそれなりに遠距離で、詳細は知らんけど親が残して逃げた借金を彼が肩代わりしてるかなんかで、まじでずっと永遠に家計が火の車らしい。めっちゃ会いに行きたいけど、交通費がないねんなーと逢うのを一生渋られていて、私も現実主義の堅実ガールやから、最初は、ほんじゃお金溜まってから逢おうね、と返していた。でも、もうそんなん言うてばっかりで、ずるずるずるずる妄想だけが捗る日々を悶々と過ごすのに私はいい加減飽きた。もう、我慢できひん(主に、性欲が)。
「わかった。交通費もホテル代もご飯代も全部私が払うから、お金のことは一切心配せんと、会いに来て?」
「まじ?ありがとう。もうすぐシフトも出るし、来月中にはそっち行けると思う。」
ひゃっほう、貯金崩すぜ。推し活みたいなもんや。推し活より利益率やばいぜ、最高やん。
そんなこんなでなんとか一度や二度、彼とのせっくすにありつけ、それなりに楽しくて、そしてなによりやっぱり大好きってなった。三度目の予定を立てようとしていたときやった。
え…なんか生理きてんやけど…。予定と一週間くらい早いし、なんでなん…!このままやと想定してた予定と被ってまうかもしれへん。
「やっぱり予定決めるのまだちょっと先でもいい?ちょっと今生理周期がわからんくなってて次生理がいつくるか分からへんねん…」
「いいけど、スイは生理やったら俺とは会わへんの?体調悪いとかなら別やけど、生理なったらなったで、それ以外に二人で楽しめることいっぱいあると思ってるけど…」
「そうなん?私は会わへんと思ってた。ユウくんと会って出来ひんのは私にとって拷問に等しいから…」
「ふーん。じゃあ仕方ないけど…。スイはほんまに俺のことカラダとしか見てないねんな。ちょっと悲しいわ。」
………ん? なんや? どういうことや。なんかおもてた反応とちゃうぞ。カラダの関係ありきなんは、それは言わずもがなじゃなかったんやっけ…。ねえ、だって私たちの始まりを思い出してみて? 圧倒的に性でしかなかったよね。性癖を満たしてくれるし性欲を漲らせられるアナタに私は興味と好意と、そしてとてつもない恋慕の情を抱いたわけであって。言っちゃ悪いけど私とアナタからから性がなくなったら、全然アナタを必死で捕まえている意味がないのですよ。なんの味もないのよ。
もちろん、カラダだけじゃ嫌です。アナタのこの世の全てを諦めたようなクズな人間性と在り方も好きやし、それもひっくるめてどうしてもアナタがいい。でもな、私にとってアナタの魅力は、結局すべて性的なところに行き着くの。心に傷をかかえて影があって闇を持ったアナタが醸し出すオーラはとても色気がある! 確かに恋心いっぱいだし、愛なのか友なのかわからないけど、そこに愛情があるということは確かに感じます。やけど、一番はなにかっていうと、欲情なの。恋とは下心なの。そう考えると、ごめんなさい、愛ではないかもしれない。
でもな、だって、そうじゃないん? そもそもの始まりは、そうじゃなかったかしら? 地に足についた現実の社会生活では得られない欲情ファンタジーを味わせてくれる約束じゃないん? それを期待して、それが手に入ると思って、私これまで頑張ってきたんよ? 何度裏切られても立ち上がり、時間もお金も心も労力も全部はたいてやっとんねん。特にお金なんて、私の今までの常識じゃ考えられへんねん。投資やで。一世一代の投資じゃ、あほ。ヤリモクやけど、そんじょそこらのヤリモクじゃないの。盛大で高尚なヤリモクなんよ。原点にして頂点よ。至高にして原点よ。人類なんて元を正せばすべてが性欲から始まっとんやから。性欲から生まれて、性欲によって励まされ、切磋琢磨して、性欲が衰えて終わりを迎えんねん。性欲がなかったら、その対象を意識せんかったら、この世は発展してないし、秩序なんて保たれてないねん。社会がまずそもそも成り立ってないから。それくらい高尚で偉大なもんなのよ、わかる? 私はヤリモク。そう、今なら叫んでもいいわ。
私は、ヤ! リ! モ! ク! !
だがしかし、なめんな? オマエが欲しい。ただ単にヤルだけなら、オマエのような交通費ホテル代飯代全額こちら負担でさらに時間ルーズでいつ音信不通になるかもわからんコスパ最悪危険王なんか選ばへんねん。アナタならまだ見ぬ世界に連れて行ってくれる、一緒に性、いやもはや、”生” への高みへと昇っていけると思ったから、デメリットしかないようなオマエを私は呼んでんねん。しかもそれはな、技術じゃないねんで、ビックリするやろ? 技術を求めてるなら、全然会う意味ないです。風俗行きます。そこまでのテクニックは感じていないです。
「え、カラダだけじゃないよ、そんなわけないし、好きやからやん…」
「うん、でもスイはいつもその話ばっかりやし、セフレの言いぐさなんよ。それならそれでいいけど、俺もそういう風に見るし。」
「え。ちゃうちゃう、まって、あんまり会えへんし、せっかく会えるなら触れ合いたいし、できること全部したいって思っただけよ。」
なぜなら、私が全額払うんですから! !! できること全部やらないともったいないやん!!
「昔はカラダだけでも別にそれなりに楽しめてたけど、もう今はカラダだけとか興味ないんよな。なんか冷める。」
「んーとね、好きやからいちゃいちゃしたいし、かまってほしいの。ほかの時間は何してても意識どこに行っててもいいけど、やっぱりもっとユウくんのこと感じたいから。ユウくんのすべてが欲しいから。せっくすのときは少なくとも絶対にその時間は私だけを見てくれるやん? ユウくんを私だけのものにできるから、それが嬉しいの。だからこうやって求めちゃうんかもしれん。カラダしか見てないように見えたなら、それはごめんね。でも違うのは、分かってほしい。」
「うーん…」
えー、まだあかんか。これ以上なんて言ったらええんや。めんどくせえまじこいつ。女かよ。どうやったらその気になってくれるんやろ。むずぃー。でも何が何でもヤリたいからここは慎重に。ヤリモク側の踏ん張りどころやで。やりモクど根性見せたろ。
「うーん、なんか分からんくなってきたよ…性欲で見てるんかな?(ぴえん風)」
押してダメなら引いてみろであえての自認。そう思ってたらどうする…?チラッ てやつ。
「ほら、もう自分でそうかもって認めちゃうってことはそうなんよ。」
おぇ間違えた、やばっ。
「わかった。じゃあもう俺もそういう目で見るわ。もう気持ち消す。」
えっ、うそお、それは嫌!ぜんぜんいや!可愛がられたいよう、愛がいっぱい欲しいよお…!
「えぇ…嫌やぁ」
あかん、普通に涙でてきた…。
「…フ。」ん? なんか笑ってる?
「うん、今の反応で納得した。大丈夫よ。あのなあ、あれこれこねくり回した説明なんて一切いらんねん。俺にはそんなん響かん。その今の今の素直な反応がすべてやねん。俺、機嫌直ったやろ?」
えぇ…これでいいのお…。えーん、よかったあ。
「はい、ごめんなさいぃ…。大好きです…ヤリモクじゃないです…好きなの、逢いたいです…」
「うん、今なら俺本当の気持ちで逢いに行けるわ。」
いやん…よかったぁ…。コノヒトムズカスィ…。ヤリモクムズカスィ…。(泣)
完