6.5 連想の結果
まだ町外れにいた頃の、過去の思い出話です。
ジャンヌと出会った、というより、運び込まれた時は全身血だらけの大怪我で、動揺したわたしは。
白血球ちゃん、君は真面目で頑張れる子、わたし知ってる!
赤血球くん、君はやる時はやる子だって、わたし知ってる!
だから、がんばれ! 働け、細胞!
そんな風に声をかけてしまったのが、悪かったのでしょうか。
それとも、わたしの布教が、間違った方向に進ませてしまったのでしょうか。
歩く姿は百合の花、そんな言葉が似あう娘さんが、どうしてベンケイやカンウに憧れるのか。
理想の男性、の憧れじゃなくて。
ああいう肉体になりたい、という憧れ。
せめてコスプレ程度で収まってくれれば良かったのに。
こんばんは、陽は沈みましたが、まだ夜は来ていない夕暮れのこの時間。
こんな時間には、つい、まだ壊れかけの掘っ立て小屋にいた頃のことを思い出します。
灯りなんてなかったわたしたちは、世界が薄蒼に包まれるわずかな時間、昼でも夜でもない誰そ彼時を、眠る前のお話時間にしてました。
聞いて下さいますか?
まぁ、返事なんか聞かずに、語ってしまいますけどね!
◇ ◇ ◇
夕暮れの残照も駆け足で逃げ去って、ほとんど蒼、でもまだかすかに青が残ってるぐらいで話の前半を語り終えたら。
今ではデュマと名乗るようになった子が、今日はここまで、の合図で感想を言い始めたんですよ。
本当に、この子は素直に言葉を口にするから、話し甲斐があります。
「今、話してるのって、ラブストーリーじゃん。
一目ぼれした男に、会いたいって話でさ。
恋人、まだ恋人じゃないけど、男も早く会いに来いよ、って思うけど」
「うーん、でもなぁ。会いたいからって、火付けはどうかと。
でも、恋人予定の男とは、俺も早くくっついてほしいなー」
つられて、みんなも感想を口々に言い始めて。
――お七は初恋で、いやでも火付けは、待って男の方は何してるの――
ひとしきり、みんなが団子になって言い合って。
静かになって区切りがついたと思ったら、八人の顔が、くるりと一斉にわたしの方を向きました。
圧が強い、強いけれども。
「続きは、また明日ね」
あえて、にっこり笑ってそう言ってみせました。
ネタバレしなかったわたしを、褒めてください。
そしたらデュマが、次のリクエストをしてきたんですよね。
「じゃあさ、明日で今の話、最終回なら。
どうせ、お七が恋人予定男とくっついてハッピーエンドだろ。
だから、次のは、なんかこう、かっけぇ話がいい!」
「あ、ぼくも。次のお話は、動物が出てくるのがいいなぁ」
動物好きのリューは、隙あれば動物の話、とせがんでくるのですが。
……動物が出てくる話って、切ない話、高確率で最後に死んでしまう話も多いのに。
泣いても泣いても、懲りずにせがんでくるのは、本当に動物が好きなのでしょうか。
ちょっと心配になります。
それはさておき、次。
かっこよくて、動物。
うん、なるべく動物で、死なない話にしましょう。
そして、かっこよさ、にも種類がありまして。
――白鳥や 哀しからずや 空の青 海の青にも 染まず漂う
「孤高っぽい! 切ない、哀しい、けど孤高!
そう、そんな感じのかっこ良さもいいな!」
「まぁ、なんて素敵な雰囲気。孤立無援、漂泊の孤人、ストイックな強さって、憧れます」
好評っぽい。
もう真っ暗で、顔も見えなくなってしまったけれども。
声の調子から判断すると、良い感じです。
最後の声は、なにかとカッコいい話を好むジャンヌらしい。
一羽。
ただ一羽で、ただひたすらに、空を飛ぶ鳥。
というわけで。
八百屋お七の次に話すのは。
「よだかの星」にしましょう。
後日。
「どっちの話も、思ってたのとちがう!!!
でもすごい話だった!」
デュマが号泣しながらも、ちゃんと感想を伝えてくれました。
ほかのみんなはまだ泣いてるから、感想は、また明日、かな。
八百屋お七、ラブストーリーは必ずしもハッピーエンドではないというお話。
そして、よだかの星。どうして宮沢賢治作の童話は、美しいけれども、なんともいえない話になるのでしょうね。
と、こういう話を布教されて、洞穴の子たちは情緒が育っていきました。
約一名、自分の理想像が、大変に高くなってしまいましたが。
「白鳥~」は若山牧水の作です。