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5.5  お嬢様は王子様

 休憩室の、窓近くの棚の上。

 お昼少し前の今は、扉も窓も開けっ放しで、風を通してる。ついでに、柔らかい陽も差し込んで、休憩室は明るくて良い雰囲気。


 そんな風も通って、日差しも明るくて気持ちがいい場所に、「お嬢様」の宝石箱を置いている。


 手の平二つ分ぐらいのお人形みたいな「お嬢様」は、元々はお貴族様の持ち物で、なんと八人以上も持ち主が代わったらしい。

 娘が嫁に行く時に、嫁入り道具として代々受け継がれた宝石箱、それが「お嬢様」。

 ふわっふわの帽子を飾るのは、蓋に彫刻されてるチューリップの花――うん、当然、「お嬢様」から教えてもらったよ。俺が、花の名前なんて知るわけない。


 みんなにも、アレはチューリップっていう可愛い花、ってすぐに伝えた。だって、あの花は、「お嬢様」にたった一つ残された飾りだったから。


 そう、本来なら、箱を飾っていただろう宝石も、装飾の銀も、縁取りの金も、なんなら裏打ちの布さえも、すべて剥ぎ取られていた。

 当然、中身なんか空っぽだし、鍵部分まで鉄目当てで取られてた。

 壊されて、薪の足しにされてなかったのが不思議なくらい。

 古さも相まって、ガラクタ一歩手前だったよね、っていう。


 それで、城塞都市にも職人が住むようになったから、金銀象嵌とか宝石細工の装飾はまだ無理だけど、鍵とか蝶番なんかは鍛冶屋に頼んだらなんとかなるかな、て思ったのだけど。

 当の本人から、やんわりとお断りされた。


 どうも、今の、誰がどう見てもみすぼらしい状態に、納得している、らしい。

 なんで?


 ――わたくしは、伯爵夫人が嫁に行ってしまう娘に、お守りとして渡した宝石箱であるがゆえに。



 万が一の時には、この箱を使いなさい。

 同盟の証として嫁ぎ、役目を果たすのは当然ですが。

 戦の勝敗、宮中の政変、いわんや担いだ神輿が落馬であっけなく散ることもありましょう。

 城館を捨てて、落ち延びることがあるやもしれません。

 その時、母はもう、あなたの手を引き、背中を押して、逃がしてやることができないのです。


 銀の葉、オパールの滴、ルビーの花びら、金の縁取り、この金銀宝石で煌めくこの宝石箱、一度にすべて売ってはなりません。


 (オパール)を一つ外し、二つ外し、花びら(ルビー)を一枚ちぎり、二枚ちぎり……そしてすべての宝石を少しずつ売った後は、縁取りの金を剥がし、装飾の銀を剥がし、最後は裏張りの布を剥ぎ取ってすべて売り払いなさい。

 そして少しずつ路銀を稼ぎながら、安全な場所まで逃げ延びるのです。


 領民に愛され、新しき父母に愛され、旦那様に愛されたとしても、どうにもならないことが、時にはあります。

 だから、この箱はお守りです。

 そして、この箱が使われることがないことを、母は切に願っています。

 どうか、どうか、幸せに――。



 ――そうやって、母から娘に、そしてまたその娘にと。これがわたくしの持ち主たち。


 ――五人目の持ち主の時に、わたくしはお守りとして使われた。


 ――味方の裏切り、城館から子連れの逃避行。


 ――わたくしは娘と子を、無事に遠戚の下に送り届けることができた。


 ――裏張りの布どころか、鍵の鉄まで剥がされはしたが。


 ――わたくしは守るべき者を守った、最後まで守りきれた。役目を果たすことができた結果のこの姿に、何の悔いがあろうか。



 微笑んで、少し古風な口調で語る「お嬢様」。

 装飾の剥がれた姿は、誇らしげで。


 ――その後、八代目ぐらいまでは、その逸話故に大事にされはしたが。さすがにそれ以降は忘れ去られてしまったのぅ。ふふっ、それも善きこと……平和の証であることよ。

 

 娘、孫、ひ孫ぐらいまでは、おばーちゃんの大事な箱って、覚えてそうだけど。それ以上になると、もう「遠い話」になるかな。


 でも。

 そんなことよりも、俺は。


「お嬢様、王子様じゃないですか!

 あのぜんっぜん幸せじゃない『幸福な王子』様!!!」


 宝石も、金も銀もぜんぶ、町の人にあげちゃった王子様!

 そして、みすぼらしくなったら、(ほどこ)した当の町の人に溶かされて、最後はゴミとして捨てられた王子様!

 まんま、お嬢様じゃないか!


「俺、ぜったいにお嬢様を薪にしないし、捨てないから!

 捨てられそうになったら、俺、捨てないでって縋りつくよ!

 ……あ、もしや、俺が死んだら、お嬢様の心臓、真っ二つ!?

 宝石箱の心臓って、なにか知らないけど。

 そうだ、ツバメがいるからダメなんだ。

 お嬢様、ツバメ(はべ)らすの禁止!

 そして、俺はぜったいにお嬢様のツバメにならないから!」


 ――落ち着かんか、この小童(こわっぱ)が。外聞に悪い言い回しをするでないわ。


 (まく)し立てる俺に、お嬢様が引きつった表情で黙るように言ってくるけど。

 いやいや、お嬢様が王子様だとしたら、それこそ元通りの、幸福な状態に戻してあげたい。

 今の状態に満足してるって言っても、リボンは喜んでくれたし、着飾るのがキライなわけじゃないと思うんだよね。 

 

 もし、もしも。

 俺たちの誰かが結婚して、嫁入り道具になってほしいって頼んだら、頷いてくれるかな。

 もう一度、守り箱になってもらえるなら、修理して元のキラキラしい姿に戻ってもらうのはあり?


 どうでしょうか、お嬢様。


 ――わたくしの持ち主は、そなた。「俺たちの誰か」などと弱気になるでない。そなたの嫁に渡す気概を持て。


 藪蛇だった。


「……もしや、バレてます?」


 ――わたくしは八人の持ち主を、嫁入りして妻となった娘を見守ってきたといったであろう。それすなわち、そばにいる夫も見てきたということ。いくら忍ぼうとも、見る者が見れば、わかるものであるな。


「うわぁ、そうですかー……」


 ちょっと頭を抱えそうになる。

 察しの良い仲間の何人かが、頭をよぎる。

 そっか、バレてるのかー……。


 ――ヤシャなんぞは、わたくしに相談しに来たぞ。口出しした方がいいのか、黙って見守っている方が良いのか、と。


 お嬢様、追撃はやめてください!


「強くなろうと、健気にがんばってるのが可愛くて。

 いかにも恐ろしい女ですよって、がんばってるのが可愛くて。

 綺麗になろうとオシャレとか、がんばってるのが可愛くて。

 つまりは、頑張り屋さんな可愛い子なんですが。

 ……脈、あると思います?」


 ――まずは行動してみせよ。でなければ、始まるものも始まらぬわ。


 お嬢様が小さな手をひらひらと振って、ほれ行って来いと促してくる。

 しっしっ、と、あっち行けと、邪険にしてるわけじゃないと思いたい。


「ええと、じゃあ。

 申し込みは、『結婚してください、そしてお嬢様を幸せな王子様にしましょう』でどうでしょうか」


 ――待ちや。わたくしを幸せにしてどうする。そして、王子でもないわ!


「じゃあ。『結婚してください、そして元通り綺麗に直ったお嬢様を贈らせてください』で」


 ――わたくしから離れろと申しておる。なぜそなたの結婚の申し込みに、一々、わたくしを引き合いに出すのか!


「え、だって。結婚して、奥さんに綺麗なお嬢様を贈るまでがセットなんですよ? 結婚してから、後出しで条件出すのは絶対にダメでしょう」


 結婚した後、実は条件が、とか、〇〇しないといけないんだ、とか言い出す奴のクズさ加減。

 お話、特にドアマットヒロイン関係の話で、たくさん聞いた。

 俺は絶対、そんな奴にはならない!

 

 ――そもそも、まずは告白して、婚約、恋人からではないのか。わたくしの前の持ち主たちは、まずは婚約してから結婚、であったのだが。


「婚約も何も、俺たち、家族だし。誰の許可もいらないし、しいて言えば、本人の許可?

 それに、俺、家族としては当然、好かれてるから、後は恋愛感情で夫婦になってくれるかどうかが問題なだけなんですよ。

 なので、結婚の申し込みなんですけど」


 違うのかな。確かに俺たちみんな、一般からは外れた生い立ちだから、間違ってるかどうかが、よくわからない。

 そこらへんをお嬢様が指摘してくれて、リューなんかは「お嬢様先生」って呼んでるぐらい、教えてもらってる。


 ――理路整然と話せるようになって、わたくしも教えた甲斐があって嬉しく思う。思うが、せっかくの結婚の申し込み、もう少し何とかならんか……あ。


 もうちょっと何とか? と考えていたら、お嬢様の視線が、俺の背後に向いた。


 ここは休憩室。

 昼の今は、扉も窓も開けっ放しで。

 風が通って気持ちがいいし、陽が差し込んで明るくて良い雰囲気。


「…………」




 お昼ご飯、呼びに来てくれたんだ、ありがとう、セイレーン。

 

 ところで、どこから聞いてましたか?

 うずくまって、顔を抑えて、震えてますが。


 それは抱腹絶倒を(こら)えてでしょうか。

 それとも羞恥からでしょうか。


 とりあえず、俺も、ここから逃げ出したい衝動を堪えてるんですが。

 でも、もしも、良かったら。


 一緒にお嬢様を幸せに王子様にしてくれませんか?





 あまりに遅いと、ヤシャが呼びに来て。


 床に手をついて崩れ落ちている俺。

 両手で顔を抑えてうずくまってるセイレーン。


 呆れかえってるお嬢様から、一連の流れを聞いて。

 ヤシャの取り成しで、もう一度、結婚の申し込みを、やり直すことになった。


 ……やり直し、しても良いって言ってくれた。


 だから、続きは、また明日。



オスカー・ワイルド「幸福な王子」、有名どころですね。

サファイアの瞳を、見ている方がつらいからと貧しい人へ贈り(自分は盲目になって)、そうやってぜんぶ渡していって、最後は溶鉱炉で溶かされるんですよ。そして鉛の心臓は溶けないからって、ツバメの亡きがらと一緒にゴミと捨てられ。……天上の楽園で王子とツバメ、幸せになったそうですけどね!!! これが童話、らしいですよ、ふふ。


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