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5 届け、この想い!

 二十歳前ぐらいの青年が、ぱんぱん、と両手を打ち鳴らし、手を合わせたまま、頭を下げる。

 陽に透ける金髪がさらりと流れ、無造作に束ねた一(くく)りが、馬の尻尾のようにゆらりと揺れた。

 よくよく見れば整った顔立ちをしているのだが、少しの垂れ目と朗らかな雰囲気がどこか牧歌的で、麦畑でわら束抱えているのが似合いそうな青年だった。


「今後は、エレ、と名乗ろうと思います。

 お嬢様、今日も、そしてこれからも、どうぞ宜しくお願いします」

 

 城塞都市のその領主館の中でも、特に皆がよく好んで集まる休憩室。

 その部屋の窓近くの棚の上、いくつかの色石が中に入った、色も剥げ、金具も外れた年代物の宝石箱に。

 青年は毎日、誰に何と言われようとも、欠かすことなく礼拝を続けた。



   ◇   ◇   ◇  



 オコメ(お米)、なるものには、七人の神様が宿っている、らしい。

 じゃあ、小麦には、何人の精霊様が宿っているんだろう。


 そんなことを思ってたら。

 小麦だけじゃなくて、いろんなものに、神様、精霊様が宿っている、らしい。

 そんなの、俺、初めて聞いたよ?




 一番の古株が、ウサギじゃなくて、大イノシシを狩ってくるようになって。

 二番手の男の子がなんでか大地を鳴動させることができるようになって、三番手の女の子が激流で大抵のものは押し流せるようになって。


 その頃になってやっと、もういいかな、って俺は思った。


 夏の市で、毛皮とか干した果物とか、俺たちの手持ちを売って。

 代わりに、女の子用の古着と、赤や黄色の色鮮やかなリボンをいくつか買った。


 煤と灰で隠さなくても、もう、守ってやれるんじゃないかなって。

 ……いや、どっちかというと、俺が守られてるんだけどね!


 時々、町の女の子たちを羨ましそうに見てたから。

 喜んでくれるといいんだけどなー、と単純に思っただけ。

 それで、古着の店は、他にもちょっとずついろんなのを売ってて。

 そのうちの一つ。


 色も剝げて、金具も外れて、飾りもない小さめの古い箱が台の上に置いてあった。


 よく見たら、飾りが無いんじゃなくて。

 たぶん、嵌めてあった飾りが無理やり剥ぎ取られたのかな、って感じだった。

 聞いてみたら、元々は由緒あるお貴族様の、宝石箱だったらしい。

 装飾の銀も、縁取りの金も、裏打ちの布も剥ぎ取られて、もう見すぼらしさ極まれりって感じだったけど。


 蓋にはコップみたいなかわいらしい……たぶん、かわいらしい花の彫刻がまだ見て取れて。

 雰囲気はあるし、ついでに、って買った。

 古着と一緒だったし、ここぞとばかりに値切りに値切ったよね!


 それで。

 いろんなものに、神様、精霊様って、宿っている、らしい、けど。


 人が作った箱にも、精霊様って宿るものなの?

 そんなの、俺、初めて聞いたよ?



    ◇    ◇    ◇



 宝石箱の精霊様を、俺たちは「お嬢様」って呼んだ。

 手の平二つ分ぐらいの身長で、亜麻色の長い髪にふわっふわの大きな帽子。蓋のコップみたいな花の彫刻は、帽子の飾りになってた。

 綺麗でかわいい、お人形みたいな「お嬢様」。

 口調はさすがに昔の人の古めかしい口調で、可愛らしくはなかったけど。


 ただ、ドレスは残念なことに飾り一つないし、ボロボロで。しかも、けっこう汚れてて。

 もしや、と思って慌てて宝石箱を綺麗に拭って、買ってきたリボンを剥ぎ取られた装飾の代わりに巻いたよね。

 そして中には宝石の代わりに、河原で拾って磨いた綺麗な色石を入れて、できるだけ宝石箱っぽくしてみた。


 そしたら思った通り、ボロボロのドレスはそのままだったけれど、ちょっとは汚れがマシになったし、リボンと色石が飾りになった。


 前の持ち主だったお嬢様の姿を模した「お嬢様」は、俺たちにいろんなこと――様々なことを教えてくれた。

 文字に言葉、礼儀作法。


 そして。

 友達を、紹介してくれた。


 俺が買ったから、俺が「お嬢様」の持ち主で。

 コレが今代の持ち主だと、俺を指さして。

 リボンと色石で精一杯着飾ったお嬢様は、朗らかに友達に――精霊様に、俺を紹介してくれた。


 おかげで今俺は、「お嬢様」以外にも、多くの精霊様と付き合いがある。

 そして頼めば、気の良い精霊様がそのお力を貸してくれる。


 精霊と契約して、強大な力を振るうのが精霊術師。

 でもたぶん、いや、絶対に、俺は精霊術師じゃない。


 だって、俺は、契約してない。

 俺がしてることは。


 話して、頼んで、お願いして。


 精霊語だって話せやしない、俺が俺の言葉でただ話してるだけ。


 だからせめてもの代わりに。

 紹介してくれた精霊様のお手伝いが。

 前にも来てくれた精霊様の助けが。


 楽しかった、嬉しかった、今日はこんなことがあったのだと。

 宝石箱の「お嬢様」に、毎日毎日、事あるごとに、話して伝えてるだけだ。


 だから、こんな俺が精霊術師だなんて、名乗るのも烏滸(おこ)がましいのだろうけれど。


 エレメンタラー。

 あの子が話してくれた物語(ゲーム)の中で、数多の精霊を従えた偉大な精霊術師が、そう名乗っていたから。

 少しだけ、真似をさせてもらおうかと思った。



「今後は、エレ、と名乗ろうと思います。

 お嬢様、これからも宜しくお願いします」


 ぱんぱん、と手を合わせて礼拝する。


 ――良い名であるな。

   しかし、毎回のことだが。

   落ちぶれたわたくしを、再び飾ってくれたのはそなた。

   それほど畏まることはないと申すに。


「とんでもありません。

 お嬢様に、俺が、俺たちがどれだけ助けてもらってるか。

 また夜に、今日あったことを話しに来ます。

 楽しみにしていてください」


 にっこりと笑って、宝石箱に座る「お嬢様」に、有無を言わさず約束を取り付ける。

 エレは毎日、誰に何と――「お嬢様」に何と言われようとも、欠かすことなく礼拝を続けた。



   ◇    ◇    ◇



 ある昼の、食堂で。


「……あとはイチヂク、オレンジ。これでどうかな、干し果物(ドライフルーツ)盛りにしてこんな感じで」

「まぁ、彩りがなんて鮮やかなんでしょう。綺麗に盛りつけましたわね。これなら、気に入って下さるんじゃないかしら」


「あれ、エレ、どこ行く……って、うまそー、俺も欲しい!」

「だーめ。これはこの前、手伝ってもらった土の精霊様の分。

 ええと、オソナエモノ、カゲゼン、だから、また今度なー」


「あらあら、お腹すきましたの?

 厨房に、まだ少しだけなら残ってましてよ」

「おお、ありがと! リューも行こうぜ!」

「行く、行く、やったぁ」

「ちょっとリュー、食べすぎるんじゃないわよ」


「エレ、私も行くわ。沈ませるの、楽にできたもの。

 私からもお礼を言わせて。

 あと、綺麗なリボンを見つけたの。お嬢様にどうかしら」

「いる、いります、ありがとう、セイレーン!

 お嬢様、きっと喜ぶよ」


 外へ、厨房へ、食堂から次々と出て行く様は、声だけでなく、足音までも賑やかで。

 そして後に残された、一人もいなくなった食堂は、ただただ静寂だけが横たわり。

 また食事時に、騒がしさが戻ってくるまで、ぱたん、と扉が閉じられた。


没サブタイトル「付喪った!?」でした。

架空自分辞典「付喪る(つくもる)」(動詞)


お土産用の新しいリボンは、ちゃんと買い直しました。


本日2話更新で、次の5.5話で絵本ネタ入れます。


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