2 今日から始める 自己紹介
青年と呼ぶには早い、まだギリギリ少年、ぐらいの年頃の。
肥沃な黒土のような豊かな黒髪に、新緑の瞳をした少年が、片方の拳を天へ突き上げ、宣言した。
「今日から、俺は、デュマになる!」
魔の森とも忌み嫌われ、人とも獣とも非ぬ魔獣が多く生息し、遥か昔には魔王さえもが生まれた土地。
そして、御伽噺の勇者によって討伐され、聖女に浄化されてなお、いまだ暗く歪な忌まわしき魔の森の。
人界との境に、城塞都市があった。
大きくそびえ立つ岩壁を幾重にも重ねて、人の住む世界と、魔の住む世界を分け隔て。
人も、魔も、仰ぎ見る者たちの覚悟を問うかのような峻厳な。
そんな城塞都市の、名前よりも。
『この岩砦を エドモン・ダンテスと名付ける!
異論は認めない!
デュマ』
魔の森出入口側に築かれた、ごつごつしい岩石を積み上げた岩砦の正面の岩壁に、その名は大きく彫られていた。
文字通り、刻み込まれた大きな主張により。
岩砦は、デュマのエドモン・ダンテスと呼ばれた。
ちなみに、人界側の山稜のごとき大門は、無銘である。
◇ ◇ ◇
たくさんの、たくさんの物語を語ってもらった。それこそ、千夜一夜なんか目じゃないぐらい、たくさん。
かっこいい英雄譚から、夢みたいな御伽噺まで。
続きは、って聞いたら、また明日って言われて。
寒いしお腹がすいて、今日と同じ明日なんかぜんっぜん来てほしくないし、毎日毎日、不安で怖くて嫌だったけど。
続きが聞けるなら、明日が来てもいいかなって、思えた。
続きが聞ける今日と違う明日なら、明日が待ち遠しいって、初めて思えた。
物語が終わっても、また別の話が始まって。
そして続きはまた明日って。
その、繰り返し。
あの子はまだ本当に小さくて、俺の方がよっぽど大きくて。
俺が魔法で小石を跳ねさせるたけで、手を叩いて大喜びではしゃいでくれた。
気を良くして小石を跳ねさせてたら、砂粒も動かせるのかと聞いてきた。
砂粒?
俺は役立たずで、家族に捨てられた。
小石は動かせても土なんて動かせないし。
火だって火花を散らす程度しかできなくて、満足に薪に火を点けることもできなくて。
でも。
小さな小さな砂粒なら。
砂粒を、一粒一粒、丁寧に動かした。
小石よりも小さくて。
跳ねさせなくていいから、ずらすだけ。
そうして、一粒一粒、ゆっくりでいいから動かしてたら。
土が、動いた。
――大地が、俺の手で、動いた。
すごいすごいとはしゃぐ声が、本当に俺がやったことだと教えてくれた。
それが、俺の始まり。
俺たちの、俺たちによる、俺たちのための村。
相変わらずあの子はすごくて、すごいことを言う。
考えたこともなかったけど、町を出た俺たちの家を、自分たちで作ったら、それは俺たちの家になるよな、ってそう思った。
みんなも同じように思ったみたいで。
だから俺たちはがんばった。
ちょっと、家にしては大きくなったけど、あれだ。
大は小を兼ねる、っていうやつだ。
それで、だ。
家が新しくなって、みんなで住むようになって。
俺たち、なんか引っ越してきたばっかりの家族っぽいなって、俺は思ったんだ。
そして、閃いた。
あいつらに付けられた名前なんか捨てて、名前を新しくして、家族になろうって。
俺が好きなのは、四人の銃士(ジューシが何なのか知らないけど)の物語と、騙されて投獄されたけど、脱獄してお宝見つけて、きっちり復讐する物語。
だから、名前の候補は物語からの二つと。実はもう一つ、抜群に心惹かれる候補があって。
ティーン・フォー・エターナル。
あの子から教えてもらった、永遠の十四歳。
その別の言い方が、エターナルフォーティーンらしい。
だから、あえて、並べ替えてティーン・フォー・エターナル。
なんかカッコいい気がする。
まずはこのイチオシの名前から相談だ。
…………。
なんだかわからないけど、即座に却下された。
でもなー、銃士の話と復讐の話は、どっちも好きで選べられない……。
そう思って、もう一回相談に行ったら。
俺の好きな話、作者が一緒なんだって!
だったら、その作者の名前をもらったらどうかだって!
「今日から、俺は、デュマになる!」
よっしゃ、お披露目も兼ねて、みんなに自慢してこよっと。
そうだ。
ついでに、森側に岩を集めて作った砦、もっと積み上げて、ごてごてにして、もっともっと岩屋っぽくしよう。
そう――岩窟っぽく!
そして名前、目立つようにでっかく彫ろう。
誰が何と言ったって、岩窟はエドモン・ダンテス!
言った者勝ちだ。
◇ ◇ ◇
ある夜の、どこかの部屋で。
「俺たち八人、八部衆。かっこ良かろ?
あの子を頭にして、俺たち八部衆、見・参!
そして、俺は一番手で、デュマ!」
「八部衆とデュマって何も関係ないよな。
天竜八部衆――テンオウ、リュウオウ、どこいった。
最初から、明後日の方向に飛び去ってるぞ?」
「かっこいいはジャスティス。
そうだ、精霊の力借りたい。岩壁に名前彫るの手伝って!」
「わかった、わかった。じゃ、俺は名前の相談は後で」
「それなら、あたしは相談してこようかな。
あ、みんな、順番にね。みんないっぺんに言い始めたら、あの子も困るでしょ」
「僕は、名乗りたい名前は熟考したい。もう少し後で」
「オレも名前は後で――護衛交代の時でいい。
だから、ほら、行ってこい」
「え、いいの? ありがとう。
じゃあ、ぼく、相談してくるね。お姉ちゃん、一緒に行こう?」
楽し気な声が真っ先に部屋を飛び出し、それを軽やかな足音が追いかけていき。
姉と弟が手を繋いで、歩みを揃えて笑いながら部屋を出て。
四人の後ろ姿を見送り、ぱたん、と扉が閉じられた。
読んでいただき、ありがとうございました。
三話以降は、ゆっくり更新(一週間に一度ぐらい)、していこうと思います。