表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

9 千日戦争は回避された

最終話です。

 窓も扉も開け放たれた、昼下がりの柔らかな日差しが差し込む領主館の休憩室に、城塞都市の重鎮九人、全員がそろって席についていた。

 数人が戦いに赴く戦士のごとき表情を浮かべ、ひりつく緊迫した雰囲気が、長閑(のどか)でうららかな午後を足蹴にする。


 窓から一陣の風が吹き――肥沃な黒土の色を髪に、新緑の色を瞳に持つ少年が、まず真っ先に口を開いた。


「天竜八部衆って、たしか、ブッポー(仏法)? ホトケサマ? を守るんだろ。

 だから、ホトケサマがいいと思うんだっ」

「うーん、たしかホトケサマじゃなくて、ダイニチなんちゃらとか、タイなんちゃらって名前じゃなかったかなぁ」


 優し気な顔立ちの金髪の青年が、昔聞いた話を思い出して、のんびりと口をはさむ。

 すると斜め前の、麦穂の髪を綺麗に纏め上げ、背筋をぴんっと伸ばして姿勢正しく座っていた女性が、淑やかに、そして(したた)かに微笑んだ。


「ふふっ、メシア、の方がよろしくありません?」

「むっ、(ひらめ)いた! メシアを少し捻って、メサイア……いや、さらに捻ってイリーガル・メサイアで。

 非合法の救世主(イリーガル・メサイア)、呼ぶときはフルネームで。省略して呼ぶなんてダサい真似は認めない」


 ほわほわの綿毛のような色味の薄い青年が、宝石つきペンダントをいじって俯いていた顔を上げ、声を弾ませて主張する。

 その次に、隣に座っていた黒髪の女性が、ほっそりとした白魚の指を珊瑚の唇に当て、流し目一つくれて口角を蠱惑的につり上げた。


カンノンサマ(観音様)で、カノン、はどうかしら。

 ほら、響きが可愛いでしょう?」


 流し目に、腕をあてて胸の豊かさ、もとい、スタイルの良さを強調して、唇に指をあてるというポーズ付きでのプレゼン。


「ねぇ、待って、ちょっと待ってあげて。どれもこれも、大仰すぎるんじゃない……?

 名前として、それってどうなの」

「でもお姉ちゃん、どれもかっこいいよ!」


 黒髪の姉弟が、特に弟が、目をキラキラさせて、頬を興奮に染めてはしゃいだ声を上げる。

 二人はしばらく、かっこいい? かっこいいよ! と言い合い。

 最終的に、姉の普通で一般的な感性は、弟に敗北した。


「ホトケサマ」

「メシア」

「イリーガル・メサイア」

カノン(観音)


 名前を上げた者は誰一人として譲らず、一歩どころか、どんぐり一個分も退きそうにない。

 一触即発の無言のにらみ合いがしばらく続き、どこかからか開幕のゴングが、カーン、と高らかに鳴り響くかと思われた時。


「センジュ」


 赤い髪の男が投げた名前(エサ)に、獲物は、それはもう勢いよく食いついた。



    ◇    ◇    ◇ 



 真っ暗だった空が、夜の端の方から白み始めましたね。


(……聞こえますか……今……あなたの……心に……直接……呼びかけています……)


 というわけで。

 我らが城塞都市の、領主館の屋上から。

 こんばんは、おはようございます。

 彼は誰時(かはたれどき)のあなた。


 近場の国が兵を寄越してきても、アリを蹴散らすように、ぺぺいっと撃退しましたよ、みんなが!

 こんなに超絶有能なみんなが、無力で無能なわたしを神輿(みこし)と担いでくる、この何とも言えない気持ち、わかってくださいます?


 昔、といっても、それほど昔ではないはずなんですけど。半地下掘立小屋に居ついていたわたしが、今では一国一城の主、もとい、城塞都市の主です。

 いえ、もうこれ、一国になってますね。

 岩砦(エドモン・ダンテス)のある立派な都市国家、やったね!

 ……オー、アール、ゼット、って地面に手をついていいですか?


 ほんと、なんでわたしがリーダーなんでしょうね?

 わたし、布教する以外、なにもしていないのに!

 ハブられてるみたいなお誕生日席はイヤですー。

 とは言っても、仲間(みんな)のおかげで生きてるわたしが、仲間の希望を叶えないわけもなく。

 用意された席に大人しく座ってます。


 気分は、某感染性ウィルス大流行時に銀行のイスに置いてあった、どこぞのマスコットキャラクターのお人形です。

 お(くち)バッテンなぬいぐるみでも可。



 小さい頃に捨てられたわたしは、実を言うと、今世でつけられた名前、愛着が無いを通り越して、自分の名前と認識できなくてですね。

 わたし自身が自分の名前って言われて、日本の名前を自然と思ってしまうぐらいに、覚えてません。

 なので、小さいの、とか(ちい)ちゃん的な言葉で呼ばれて、返事してたんですよ。


 この度、名づけブームが巻き起こったので、自分の名前を付け直すことになりました。

 自分で自分の名前を決めるって、昔の中国の(あざな)かと思わなくも無いですが。


 日本名はさすがにヘンすぎて悪目立ちするだけだったし、世界観さんを迷子にするわけには、って自分で却下しまして。

 じゃあ、世界観に合う普通の名前ってなに、って悩んで。

 日本令和の記憶持ちに、この世界のネーミングセンスを期待するなと逆ギレしかけましたね!


 悩みに悩んで、もうみんなに、わたしはなんでもいいよ、って言ったんです。

 言ってしまったんです。


 ごめんなさい、撤回させてください。

 

 ホトケサマ、は、あんまりです。

 生きてるのに死んでます!


 メシア(救世主)って、大層がすぎます。

 わたしに何が救えると!?


 イリーガル・メサイア。

 救世主に合法も非合法もあるんですか???


 カノン、観音様って、日常的に呼ばれるのは日本人的にイヤですー!


 だから、最後にぽろっと転がり出てきた「センジュ」に、飛びついたわたしは悪くない。

 まぁ、今考えると、センジュって、センジュってぇぇぇ! と思わなくも無いですが。

 阿修羅王を断った彼に、ラゴラを勧めたわたしが、センジュをダメだとは言えません。


 うん、直接、観音様って呼ばれるよりは、遥かに、精神的ダメージは少ない、少ない。あのラインナップの中では、比較的、名前っぽい。

 この世界の誰も、仲間のみんな以外誰も、気づかないから大丈夫!

 自分への言い訳って、大事ですよね。


 だから。

 センジュ。

 これがわたしの名前。

 この世界の家族(仲間)に、呼ばれる名前。


 大好きだと、声が枯れるまでみんなの名前を叫べば、わたしの気持ちは伝わるでしょうか。


 名前は最も短い呪であると。

 どこかのお偉い陰陽師様が言ってた台詞、もうほんと、実感しました。今までは心のどこかで、日本人のわたしがファンタジー世界に転生、ウケるー、なんて思ってたんですよ。

 わたしは、日本人だって。

 でも、名付けのおかげで、転生した令和の日本人であったわたしが、令和日本の記憶持ちのこの世界の人間になりました。

 なって、しまいました。

 だから。

 この世界に生まれ落ちたくせに、魔法一つ使えない、無力で無能な役立たずなわたしを。


 センジュと。

 名前を呼んで、そばにいるから。

 センジュと。

 名前を呼んで、そばにいたいから。


 大好き、なんていう言葉で。

 わたしの懇願はちゃんと隠されているでしょうか。


 大好き、なんていう言葉で。

 わたしの慟哭はちゃんと隠されているでしょうか。


 大好き、という気持ちだけが。

 ちゃんとみんなに伝わっているでしょうか。


 わたし一人だけが無力で無能で役立たずだと、わたしだけが思ってしまう。誰もわたしを蔑まないのに、わたし自身がわたしを(いや)しめる。

 醜いヨダカはそれでも空を飛び続け、星になりました。でも、わたしに翼はなく、飛ぶこともできず、地上にいてこのまま。


 ……なんて。

 こんな泣き言、朝が来れば見えなくなるお星さまと一緒に、清々しい朝日でさよならばいばいです。

 日に照らされるのは、大好きっていう想いだけで良いのです。



 それでも。

 羨望や執着、そんな言葉でさえ生ぬるい、みんなには明かせない目を背けたいこの感情を、誰でもない誰かに聞いてほしかったから。


 綾目(あやめ)も見えぬ暗い夜と、何もかもを白日の下に晒してしまう明るい朝、そのどちらでもない彼は誰時(かはたれどき)のあなた。

 言葉に乗せず、文字にも書かれず、誰にも知られることのないわたしの一人語りの、話し相手になってくれてありがとう。




 夜の端が白から橙、そして青へ。それから瞬く間の内に青は空全体に広がり、夜空に残っていた最後の星(彼は誰時のあなた)が朝の青に溶けていく。

 雲は夜の黒から昼の白へと色を変え、わずか残った薄闇を薙ぎ払い、(あまね)くを照らす黄金の太陽が、満を持して姿を現した。


 昨夜から続く明日の今日が、今からまた始まる。



   ◇    ◇    ◇


(エピローグ)


 国の命運を背負い、顔色を蒼白にしながらも、輿入れしてきた姫君一人。正真正銘、顔良し、器量よしの、国の誇る王の愛娘。

 黒竜に豪雨、トドメに太陽が落ちてきたかのような業火を前に、婚約は問答無用で解消された。

 そして持参金と肖像画と姫本人を持ち込みで、押しかけ婚を申し込んだのだが。


 即座に、その場で、断固として、断られた。

 それでも、国は姫を差し出した。

 妃とは言わず、寵姫でも愛妾でも端女(はしため)でもと、それはもう縋りつく勢いで納品されて。


 今、城塞都市の、帳簿を付けている。


 そして、これが終わったら、広場の青空教室なる所で、ちびっ子達に文字を教える予定で。 

 そして、またさらにその後は。


「生まれて、死んで、また生きて。何度も生まれ変わっている猫さん。

 今日で最終回。どうなるのでしょう……」


 誰もが見とれる麗しの美貌から、憂いに満ちた呟きが漏れ出る。

 城塞都市の主による、広場で恒例の、お話し会。

 手が空いている者は聞きに来て良し、と公布されている。


 王族として厳しく育てられた姫は、王国も、王国の元婚約者もきれいさっぱり忘れ去り、見たことも聞いたこともない物語の(とりこ)になっていた。


「終わりましたわ!

 さぁ、次はちびっ子さんたちです。

 今日こそ、単語を十、覚えてもらうのです!」


 昨晩の夢に、立派な王冠を被った父王が出てきた気もしましたが、お姫様はその夢の残滓を、帳簿と一緒に書類箱へと放り込み。


「これで、おしまい」


 その言葉を最後に、ぱたん、と箱の蓋が閉じられた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

懐かしい絵本を思い出す一助になれれば幸いです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と聖女の話
「だからあなたを守ります」
https://ncode.syosetu.com/n2896id/

この題名でジャンル文芸な話(ファンタジーざまあなし)
「真実の愛の国(笑)」
https://ncode.syosetu.com/n1596if/

転移系ファンタジー
「彼方にて幻を想う」
https://ncode.syosetu.com/n8732id/
― 新着の感想 ―
[良い点] ただ ただ 優しい物語だと思いました 「名前は呪」のお偉い陰陽師さんの本は全巻揃えてるし 100万回生きて愛に殉じた猫さんも大好き そして何より ヨタカは可愛いと思います!(口デカいけど…
[良い点] たくさんの物語に触れられたのが良かったです。 [気になる点] 自分ならこんなにたくさんのお話は覚えていられません……。主人公はストーリーテラーの才能があるのだと思います! [一言] 優しい…
[良い点] 穏やかで優しい文章が心地よかったです。 空や時の流れの描写がとても綺麗でした。 異世界に絵本のお話を持っていく設定、いいですね! 続きはまた明日、が自分の小さい頃を思い出して懐かしい気持ち…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ