第九話 孤独
半年後、学園の一ヵ月間の長期休暇となり学園寮は休業。生家であるソァーヴェ家に来ていた。珍しくお父様が私に家に帰るようにと迎えて下さった。
本来なら王太子妃候補だから王城に戻る事になるけど、国王陛下が「久しぶりの里帰りだ、実家で過ごすと良い」と許可を頂けた。
屋敷に着いて早々食事となった。食堂で家族と対面した時、私は家に帰ってきた事を後悔する。
「私達の目の届かない学園ではお前がラウレッタを守らなければならないのに他生徒達と一緒になってイジメるとは・・・恥を知れ!!」
「ラウレッタは貴方と違って庶民暮らしだったのよ!マナーなんて少しくらい大目にみてあげてちょうだい!」
予想通りの展開だった。通学しているラウレッタは他の令嬢から受けているイジメや私の小言に尾ひれをつけてお父様達に報告していたようだ。良かれと思ってした事が裏目になるなんてやり切れなくなる。
義母のそばに控えていたラウレッタは俯いていたけど、かすかに口角が上がっていた。全部この娘の思惑通り、ということか。
私も色々と反論したいところだけど、お父様だけでなく義母までが一緒に感情的になっているのでタイミングを掴めない。とりあえず受け流す事にした。
「王太子妃候補という立場なら・・・お前、何が可笑しい!!」
「はい?」
何が可笑しい・・・って別段可笑しくもなかったんだけど。
「人が真面目になっているのに・・・どうしてニヤついているのよ貴方は!」
ニヤついて・・・ああそうか、何を言われても微笑を保つのが秘訣だからふざけているように見えたのね。王宮でのマナー教育までが裏目に出てしまったか。
敢えて口元を引き締めて前を見つめる。なぜか二人とも気圧されたかのような態度を取る。
「失礼、気に障ってしまったなら申し訳ありません・・・それで私にどうするよう仰りたいのですか?」
「だ、だからだなぁ!ラウレッタがイジメられていたのなら姉であるお前が身をもって守ってやるべきだと」
「それはして参りました・・・しかし身分を盾にして相手に喰ってかかるなど令嬢としての振る舞いではありませんし、事あるごとに公爵の名を持ち出していてはお父様の名誉を傷つける事にもなります・・・ですのでラウレッタにはマナー上の注意を致しました、それをイジメと捉えてもらっては困ります」
事のあらましを包み隠さず話す。ラウレッタの礼節のない態度と公爵家の名誉のためと言われればお父様も言い返せない。
しかしラウレッタは負けじと理不尽に言い返してくる。
「ぉ、お姉様のウソツキ!助けるどころか難しいことばっかり言って私をイジメるクセに!!」
「ほ、ほら!私達の目の届かない所で好き勝手してもバレるのよ!大体庶民暮らしの長かったこの娘にマナーなんて出来るハズはないの!何でも貴族のルールで考えないでちょうだい!」
ラウレッタの反撃に同調して義母もがなり立てる。もう公爵家に入って6年以上経つというのにこの方は庶民感覚が抜け切らないようだ。
「昔はともかくもうラウレッタは公爵令嬢です、令嬢ならばマナーは身につけて当然・・・マナーが嫌だと言うなら公爵令嬢を名乗る事は許されません」
「!そ、それはっ・・・私達にこの家から出ていけと言うの?!」
「ひ、ひどい!私とは半分しか血が繋がってないからって追い出すなんてあんまりよ!!」
別に家を追い出すように言ったのではないのだけれど。この二人はこちらの言葉を飛躍して捉えるからやり難い。
そんな二人を庇うようにして立ち上がったお父様は顔を真っ赤にして怒鳴り立てる。
「お前には血も涙もないのか!王太子妃としての教育を受けさせてやったのにこんな血の通わない女になるなど・・・もういい、お前とは二度と食事を共にしない!部屋に下がりなさい!!」
私が病気で倒れてから三年も一人で食事させていた事は忘れているようね。
「承知しましたお父様・・・もう十分に頂きましたので失礼致します」
カーテシーをして食堂から下がる。一口食べただけで満足ではないけど食欲が湧かないからもうたくさんだ。
久しぶりに自分の部屋に入る。
机の中やドレッサーの中身はごっそり抜けていた。数少なかったアクセサリーにドレスは処分されていたようだ。もっとも3年以上前のものなので残していたとしても着られるものではなかったけど。
そして予想はしていた事に・・・母フランカの肖像画が処分されていた。お母様まで追い出されたようで悲しくなくなる。さっきまでは耐えていたけどもう限界だ。
「ぅ・・・・・ふぐぅぅっっっ・・・・・・」
ベッドに顔を押し付けると身体が小刻みに震え涙が後から溢れてくる。もうこの家には私の居場所がなくなってしまったのがよく分かる。
やはり家を飛び出して王太子妃教育を受けたのが間違いだったのか?でもそれはお父様のご意向だったから拒否は出来なかった事だ。
だったら・・・私がこの家にいる事が間違っている?そう、私なんていない方が三人仲良く暮らせるハズ。厚かましいけど今からでも手紙を書いて王城で部屋を貸してもらうか。しかし私的な理由で城に住まわせてもらうのも気が引ける。
更にアルカンジェロ殿下の顔が思い浮かぶ。もう婚約者となって三年以上が経つけどあの方の笑っているところを見た事が無い。不愉快にさせた覚えはないけど心底嫌われているようだ。
どうにもならない考えにイライラしてくる。寝返りをうつと目に飛び込んできたのは・・・イーゼルと使い古しの絵具だった。