カレクトル原則
両手を上げ、引き攣った笑みを浮かべるビリーの脳内は、この状況をどう切り抜けようかと高速回転していた。
とりあえず、無罪を主張してみよう。
「待ってくれよ。チーフ......なんだって?よく分かんねーけど、物を壊した記憶は俺の頭に入ってねえな。」
「チーフ・カレクトルだ。16体以上のカレクトルを率いる隊長格。ここまで言えば、心当たりはあるんじゃないか?」
丁寧な説明ながら、黒いロボットの話し方からは少し違和感が感じられた。
他のロボットの無機質な口調とは異なり、こいつの話し方には人間味のようなものが混じっている。
やはり、特殊な個体のようだ。
そして彼が発している『カレクトル』とは、彼ら自身の事なのだろう。
ビリーが破壊したと言われているチーフ・カレクトルは、恐らくチミーが戦ったリーダーロボット。
そうだ、アイツを倒したのはチミーじゃないか。俺じゃない。
チミーに罪をなすりつけるのは少し気が引けるが、ひとまずの時間稼ぎにはなる。
次に使うべきカードは、こいつだ。
「あー.....思い出したぜ。だがちょっと待ってくれよ?あいつを倒したのは別の奴で、俺はその場に居ただけだったはずだ。その場に居合わせただけな無辜の若人を引っ捕らえようなんて、天下のカレクトル様にしちゃあちと早計じゃあないか?」
向けられる銃口に冷や汗を流しながら、早口で無実を語る。
意外にも、その言葉を聞いたカレクトル集団は構えていた銃を下ろした。
納得してくれたか。ビリーの引き攣った笑みに、少し喜びが含まれる。
だが現実は、そうは上手く行かないようだ。
黒いカレクトルが腕を組むと、ビリーとの間に電子パネルが浮かび上がる。
流れ始めた映像はひどくぶれ、所々が欠けている始末。
そこに映る自身とチミーの姿を見て、それがチミーに倒された後のチーフ・カレクトルの視点である事に気付いたビリー。
確か、最後は.....
バランスを崩しながらも立ち上がろうとするチーフ・カレクトルの視点を見るビリーの背中には、滝のように汗が流れ始めた。
そして映像内のビリーが、こちらに気付いて素早く腰に手をやる。
直後発砲音が鳴り、映像は終了した。
「......。」
唇を内側に引き込み、への字口のままビリーが顔を硬直させる。
映像が巻き戻され、今度はスロー再生。
腰からリボルバー拳銃を引き抜き、しっかりとこちらへ弾を飛ばすビリーの動きが捉えられていた。
「................。」
ビリーの顔面は硬直したまま、何も言わぬカレクトル達の圧力に沈黙で耐え続ける。
「決定的な証拠だが、これを覆す材料はあるか?」
「............。」
映像を切り、ビリーに問いかける黒いカレクトル。
ビリーは沈黙を貫いたままだが、汗は正直に流れまくっている。
そして再び、カレクトル達は彼に銃口を向けた。
「わーーーっ!!待て!待て!」
銃口を向けられれば、流石に反応せざるを得ない。
情けなく両手を上げ、ビリーはさらなる時間稼ぎのためにゴネ始める。
「お、お前ら落ち着け。俺の後ろを見てみろ。そうだ、民家だ。」
実際には民家ではないが、今ビリーが立っている場所は飯屋の前。
退路が断たれていると考えると絶体絶命だが、ビリーはカレクトルが持つある『習性』を知っている。
この状況は、その『習性』を逆手に取るチャンスなのだ。
「この中には人がいる。仮に俺が百歩譲って罪人だとして、ここにいる人達はそうじゃねぇ。違うか?」
ビリーが早口で話す持論を、カレクトル達は黙ったまま聞いている。
やっぱり、そうだ。
「お前らは罪なき人間に危害を加えることはできねぇ。今お前らが俺に発砲すれば、後ろの民家はめちゃくちゃになる。そうなりゃ、中の人間に危害が加わっちまうかもなぁ〜?」
何度か遭遇した事で分かった事。
それはカレクトルが、滅多な事では人を傷付けないという事だ。
人間の味方なのか、それとも何か別の理由があるのか。
意味は知らないが、とにかくカレクトルは罪なき一般人に危害が及ぶマネはしない。
ビリーはその習性を、背中を飯屋に預ける事で利用したのだ。
チミーがマキシマムを見つけることができれば、ここへ帰ってくる。
十体ものカレクトルを相手にできるのは、実際に十数体ものカレクトルを殲滅していたチミーしかいない。
情けない話だが、それまでここに居座って時間を稼ぐしか手はないだろう。
.....だがその時間稼ぎも、冷静なカレクトル達の前には長くは保たなさそうだ。
「お、おい!待て待て待て!?」
ぞろぞろとカレクトル達がビリーを囲い、手を伸ばして掴みかかってくる。
銃が撃てないなら、掴めばいい。簡単な事だった。
振りほどこうと上半身に力を入れるが、まるで動かない。
複数体でパワーのあるカレクトルに掴まれているからというのもあるだろうが、まるで人体の全てを熟知しているかのように。筋繊維の一本一本が持つ機能まで知っているかのように完璧な拘束がビリーの全身にかけられていた。
「離せっ!......クソッ!!」
全く抵抗できなくなったビリーはそのまま担ぎ上げられ、半ば胴上げの形となって運ばれ始める。
「ああああああ!!!痛っっってえぇぇぇぇぇ!!!!!」
凄まじい叫び声が、寂れた町中に響きわたった。
唐突にしてとてつもないビリーの声量に、陰から見ていた人々の肩が思わず跳ねる。
叫び声を聞いたカレクトルがビリーの足を地面に戻すと、彼は崩れるように地面へと倒れた。
近付こうとするカレクトルを、駄々っ子のように手足を振り回して追い払う。
そして一体のカレクトルを指さして、ビリーが叫んだ。
「こいつだ!こいつが俺の脚を折りやがった!!痛ってえぇぇちくしょおおおおおおぉ!!!!」
痛みを訴えて地面にのたうち回るビリーと、ビリーが指をさしたカレクトルとビリーとを交互に見比べるカレクトル達。
人体を熟知し切っているかのように正確な拘束を可能とするカレクトルが、うっかり傷付けてしまうなんて失態を犯すはずがない。
勿論、これはビリーが打った大芝居である。
「下手な演技はやめろ。痛みなど....」
「あああああっっっ!!!!!!」
黒いカレクトルの冷たい言葉を、ドン引きするくらいデカい声でかき消すビリー。
彼の悪足掻きは、もう少しだけ続きそうだ。
一方。
アスファルトを強く踏み、チミーはスポーツカーの如きスピードでギルガンの背中に迫る。
マキシマムが逃げた先は比較的建物の多く並ぶ住宅街。
それを狙っていた3体のギルガンは、後ろから接近してくるチミーの存在に気付いて足を止めた。
止まったギルガンの頭部を、時速200kmを超える俊足の足が叩き潰す。
慣性に従って幅跳びのように前へ飛び、着地と同時にアスファルトに足首までめり込ませる事で強引な停止を行った。
振り返りギルガンを一瞥したチミーだったが、すぐ前方に向き直って手を伸ばす。
「ちょっと....待って!」
『永遠なる供給源』を発動し、こちらに尻を向けて駆けていくマキシマムのエネルギーを掴む。
マキシマムの体はまるで金縛りでも受けたかのように、前脚を上げたまま硬直した。
「ギャウヴ!!」
隙を見せたとギルガンが接近する。
「もうっ!」
内の一体を面倒臭そうに脚で止め、もう片方の足で側頭部を蹴り飛ばす。
浮いた体を翻らせ、掴んでいたマキシマムのエネルギーを引き寄せた。
後脚で踏ん張っていたマキシマムの努力もむなしく、500kgの体重は軽々と宙へ投げ出される。
片足で着地し、上半身を反らすことでギルガンの放った拳を回避。
もう片方の足を踏み込んで、拳を握り締めた。
操るのは、運動エネルギー。
「おぉ、らぁ!!」
腰を捻って拳を突き出し、ギルガンの顔面に突っ込んだ。
大気が爆発するかのような衝撃がギルガンの後頭部を抜け、一つ遅れてギルガンが吹き飛ぶ。
「よし。」
2体のギルガンを派手に倒したチミーが上を向くと、先ほど投げ飛ばしたマキシマムがちょうど空から降ってきた。
手のひらを向け、再び能力を発動。
落下するマキシマムの運動エネルギーを掴み、ふわりと静かに着地させる。
「まっ、待って待って待って!」
着地するや否や即座に逃げ出そうとするマキシマムの尻を掴み、逃走を食い止めた。
全力で地を蹴ったマキシマムの足は空回り、ただ砂を掻くだけである。
マキシマムからの印象は最悪だが、ひとまず目的は達成する事ができた。
あとはビリーの元へ、連れて帰るのみだ。