コンマ1秒の遅れさえも許されねえ
溢れ出る血液が、チミーの体力を少しずつ、しかし確実に奪っていた。
撃たれたのは恐らくベネディクトの仕業だが、チミーが動揺したのは撃たれた事そのものではない。
自身の能力が、弱っている事に気付いたからである。
「急いで起きたことで、毒が再発してるのよ。毒を治癒するための専用の服も用意してたんだけど……慌てて見てなかったようね」
ベネディクトは安心したように息を吐きながら、得意気にそう説明した。
チミーは撃たれた箇所を強く握りしめ、どくどくと溢れ出る血液を抑え込む。
自身の輪郭を形成している埃を払ったベネディクトは、再び闇へと溶け込んだ。
「最初はあなた達に協力してあげようと思ってた。ホントよ? けど、人を憎む気持ちの方が上回ってたの」
姿は見えないが、強烈な殺意だけがチミーの周囲を歩いている。
次で確実に仕留めるつもりだ。
チミーは何とか能力によって探知を行おうとするも、ただでさえ見えない相手に怪我を負った状態では捉えられない。
どうすれば。
確実に死が近付いている実感に悪い汗を垂らした、その瞬間。
「出てこい透明女。俺はまだ、生きてるぜ」
苦しみに耐えながら絞り出されたような、されど軽快な口調が廊下に響いた。
振り返ると、追いついたビリーが壁に寄りかかって立っている。
途端、チミーの周囲に漂っていた空気がスッと移動した気がした。
ベネディクトは、ビリーの方へ向かっていったのである。
「しぶとく生きてるなんて。そういう人間の精神力は大好きだけど、今は煩わしいだけね」
どこからともなく、呆れたようなベネディクトの声が響いた。
声はビリーを取り囲むように聞こえ、既に周囲で歩いていることを実感させられる。
血塗れになりながらも、ビリーは腰のリボルバー拳銃に手をかけていた。
素の力では圧倒的にベネディクトの方が上である。
だがテンガロンハットで目を隠した彼の口元は、ニイと笑みを浮かべていた。
途端。
突如振り返ったビリーの手元が爆発する。
否。ビリーがいつの間にか抜いていた、リボルバー拳銃が火を吹いたのだ。
銃口の先で、宙を這う血液が現れる。
「ガンマンってのは、コンマ1秒の遅れさえも許されねえ。引き金を引くべき瞬間を聞く集中力は、誰にも負けねぇつもりだ」
そう言ってビリーはくるくると拳銃を回し、腰のホルスターへ勢いよく押し込んだ。
そんな彼の目の前に、透明化していたベネディクトの装甲が姿を現す。
兜を解除した彼女は目を見開き、顎を震わせて動揺していた。
硬直した体が、ビリーの放った弾丸が致命傷だったことを表している。
「嘘っ……。人間の事は、誰よりも知っていたはずだったのに……」
「人間にはデータだけじゃ分からない、飛び抜けた技術ってもんが存在する。今回はたまたま、俺が"早撃ち"の技術を持っていた。それだけだ」
ベネディクトがトドメを刺そうと距離を詰めてきた際、僅かに発生した鎧の擦れる音をビリーは聞いていたのだ。
そしてほんの僅かな一瞬で拳銃を抜き、装甲の隙間を音だけで探り当てて銃口を差し込んだのである。
凄まじい技術であった。
「……」
倒れていくベネディクトとビリーとを見比べ、チミーとアリスはポカンとした表情を浮かべている。
そんな彼女たちを見たビリーは、怪我なんて忘れてしまったかのように上機嫌となった。
「どーだぁ? 見たかお前ら! この! ビリー・クック様が! マスター・カレクトルを撃破したんだ! お前らの命を救ってやったんだ、偉業だぜ?」
「あはは……元気そうで何より」
マスター・カレクトルを倒すという大戦果を上げた事で子供のようにはしゃぐビリーに、アリスは苦笑いしつつほっと安堵の息をつく。
チミーも安心によって体の力が抜け、その場で仰向けに倒れてしまった。
「チミーちゃん!」
「おい、あんまり無理すんな」
自分たちの方が危険な状態だろうに、アリスとビリーは倒れたチミーを心配して駆け寄っていく。
出血量はそこそこあるが、致命傷ではなさそうだ。
ぐったりしつつも息を安定させている様子に、2人は安堵する。
そんな彼女らの背後で、横たわっていた影が蠢いていた。
ビリーに胸部を撃ち抜かれたベネディクトだったが、奇跡的に急所を外していたのである。
「!」
アリスたちが気付いた時には既に、ベネディクトは片膝を立てて立ち上がりかけていた。
血塗れになりながらも上半身を持ち上げ、再び鎧による透明化を行おうとする。
思わず銃を構えたアリスとビリーだったが、目に映ったさらなる出来事に手を止めてしまう。
「!」
ベネディクトもそれに気付いたようで、ゆっくりと背後を振り向いた。
「来てみれば、ひどい有様だ」
ベネディクトの背後に立っていた、新たなカレクトルがそう呟く。
複雑なパーツで構成されているものの、どこか洗練された雰囲気を纏うその形態。
青と紺を基調とした纏まりのあるカラーリングは、無駄のなさを表しているようだった。
その姿を見たベネディクトは、目の前に立っているカレクトルの名を口にする。
「そ、『創造主』ガンロイド……!」




